第11話 勝利を確信していた妖魔帝国軍に襲うは二つの新兵器

・・11・・

 午前11時10分

 妖魔帝国軍・南西軍管区第12軍集団野戦総司令部


 アカツキ達がレーゼウ川から北にあるシューロウ高地中央地点に展開しているのに対し、妖魔帝国軍南西軍管区第十二軍集団二十五万はレーゼウ川の南に陣取って相対していた。

 南西軍管区第十二軍集団はこれまでのような粛清対象者や非迫害者、魔物で構成されていた西方軍とは違い、れっきとした本国の近代化された軍である。二カ国軍に比べれば兵器の技術水準は遅れているものの現皇帝レオニードが推進した改革により幾分か装備面はマシになっており、アカツキが評したように二カ国軍に対して兵卒に至るまでそれなりには戦える兵器を装備していた。

 その軍集団を率いるのは、南西軍管区第十二軍集団の頂点に君臨しているノマロフ・レドべージェフ陸軍大将。見た目は人間換算で五十代初頭の中年と老齢の中間にいるくらいの男性で、頭髪は暗めの短い茶髪である。能力を解放している訳ではないので今は姿に出ていないが四枚羽を持つ由緒正しき血統を持つ悪魔族だ。身に纏う軍服は本国軍の大将に相応しく過剰な装飾が施されており勲章の数々が付けられていた。


 「人間共め、我が大軍に怯えてキシュナウに籠ると思っていたが随分と勇ましいのだな。まさかここシューロウ高地まで展開してくるとはその勇気だけは認めてやらんことはない」


 「やはり連合王国軍と協商連合軍は人間共の中ではそれなりにやるだけあるようですね。シューロウ高地という高台を取られたのは手痛いですが、しかしおそるるに足らないでしょう」


 レドべージェフ大将の隣に控えておりそう言ったのは副司令官のユーコフ・ブズニキン中将。一回り年下に見える彼はレドべージェフ大将の右腕である。彼は視線の先にある二カ国軍の推定勢力数を見て率直に感想を述べた。

 というのも、妖魔帝国軍が二十五万なのに対して二カ国軍はせいぜいが十万程度にしか見えないからだ。

 確かに地形条件では自分達が高地の下にいるのだから不利かもしれないが、それを補うにあまりある二倍以上の兵力差である。故にブズニキン中将は勝ったも同然と考えていたのだ。


 「ああ、お前の言うようにこの戦い、勝ったな。連合王国軍と協商連合軍の二カ国軍は確かに人間共の国の中ではやる方かもしれん。とはいえ、所詮は魔力に劣る人間だ。そもそも奴らが今まで戦ってきたのは口減らし共で辺境の西方軍。兵器から士気から全てが劣りに劣る時代錯誤甚だしい雑魚共だ。今はその雑魚共に連戦連勝していい気分かもしれないが、なあに、すぐに夢から覚めるだろうよ」


 顎にたくわえた整えられた髭を触りながら、レドべージェフ大将は自信に満ちた表情で語る。

 彼は妖魔帝国軍本国軍で大将にまで上り詰めた、貴族であり軍人であるいわゆる特権階級者だ。多くの者がそうであるように、彼も魔人至上主義の持ち主であり人間を見下している。我々より魔力は平均五分の一、魔法を使える者も国によって差異があるとはいえ妖魔帝国の魔人が大体半数が使えるのに対して例えば連合王国なら二割と半分以下で、法国がやっと数だけなら自分達と同じ程度。負けるはずがないと考えているのだ。

 しかし、彼の評価すべき点は魔人至上主義とはいえ人間を過小評価し過ぎない――あくまでし過ぎないだけだが――所である。

 なぜならば、自らが大軍を率いて相手するのを任せられたのは人間の中でも注意しなければならない部分が多いあの二カ国軍である。しかも要注意人物であるマーチス、ラットン、そしてアカツキまでもがいる。だから彼は決して相対している二カ国軍十万を侮っている訳ではなかった。もっとも、魔人至上主義に毒されすぎているのだが。


 「そういえば、わざわざ送ってやった降伏文書はどうだった? 無能のモドルブが相手にしているイリス法国軍に比べると、偉大なる皇帝陛下も『一応』は認める連合王国軍と協商連合軍である。対等な相手として扱ってやったわけだが」


 「当たり前ですが、拒否されました」


 「だろうな。ここで降伏なぞするわけがない。何せ、悔しい上に腹立たしいが兵器の質にせよ兵士の質にせよ我が栄光なる本国軍ですらあちらの方が優れているのだからな」


 「特に野砲と重砲の類は脅威です。故に川からかなり距離を取らされましたから」


 「まったくだ。それにしても無能のモドルブめ、たかだか法国軍相手に苦戦しおって。しかも我より多い軍を持っているのにだぞ」


 「腹が立ちますね。我々が相手にしているのは、イリス法国より優れてはいる二カ国軍なのにです」


 レドべージェフ大将は不満げに言うと、副司令官は同意する。

 西方軍と違い本国軍の将官クラスには皇帝お抱えの情報機関から二カ国軍の情報が与えられていた。兵士個々の魔力量という面では妖魔帝国軍が優位に立っているが、代わりに魔法が使えない者の方が多い人類側は一般火器において優れている。会話には出ていないが小銃一丁の性能についてもそうだ。妖魔帝国軍が制式採用している後装式ライフルは恐らく連合王国軍が保有しているそれに劣っている。鹵獲をしたわけではないから正確な数値まで分からないが、もたらされた情報だけでレドべージェフ大将は気付いた。

 それと、将兵の練度も向こうが勝っているとも彼は考えていた。彼は確かに魔人至上主義者がではあるが、それに陶酔しきっている訳では無い。作戦本部や大多数の魔人将官のように人類等を舐めきった姿勢では見ずに正しい戦略眼で分析していた。

 というのも、得られた情報からして連合王国軍や協商連合軍は数で不利と分かっているから質を高めているのが会戦一つ取っても目に見えて分かるからだ。

 対して妖魔帝国軍は急激な軍拡と先代皇帝の腐敗しきった政治の後遺症のせいで軍が弱体化している。さらには現皇帝の粛清もあって優秀だが刃向かった将校が纏めて消えている。末端に至る兵士までにおいても指揮する者がこの有様だし、無理矢理徴兵された者もいると聞くし、そもそも今回はかなりの長征だった。なるべく休ませたつもりだが、慣れぬ気候のせいで完全回復とまではいかなかった。

 それもこれも、皇帝の采配によるものである。だからこそ、レドべージェフ大将はこう思ってしまっていた。


 「陛下は戦争を盤上遊戯か何かと勘違いしていらっしゃるな……」


 「大将閣下。いくら遠方地とはいえそれはお控えください」


 「ああ、すまんな。何、我も人間共を蹂躙するつもりだ。この兵力差ならば、負けるはずもない」


 しかし、やはり彼も魔人至上主義者である。人間に対して小なりとはいえ侮っていた。


 「はい、大将閣下。雑魚共とは違う本国軍の力を見せつけ、震え上がらせてやりましょう」


 「うむ」


 レドべージェフ大将はそう返すと、単眼鏡で最前方にいる味方やその先を観察する。時刻はまもなく正午を迎える。そろそろ頃合だろう。

 そう決心したレドべージェフ大将は大号令を発した。


 「前進を開始せよ。威容を見せつけつつ、渡河を始めろ。重砲類の為の架橋には敵の攻撃を防ぎつつ、汚らわしい魔物共を盾にして進軍させよ。氷魔法と土魔法で渡らせればよかろう」


 「了解しました。前進を開始します」


 かくして総司令官レドべージェフ大将の命令によりついに進軍を開始した。

 先鋒は肉壁の魔物軍団五万と魔人編成の五万で計十万。それらが一斉に動き出すのは圧巻の光景であった。戦場には威圧と鼓舞を兼ねたラッパの音が響き渡る。

 しかし彼等の予想に反して、二カ国軍の動きはなかった。間もなく自然堤防部に到達するというのに、一切撃ってこないのである。


 「おかしいですね。連中撃ってきませんよ」


 「まさか縮み上がっているのではあるまいな。流石に二十五万相手だからか?」


 「だとしたらこれほど有難い事はありませんが」


 レドべージェフ大将にせよ副司令官のブズニキン中将にせよ、現状を怪しんでいた。情報からしたら野砲やカノン砲はとっくに射程内にあるはずなのにだ。

 まあいい。と彼は思考を切り替える。ならば真ん中にいる十万とこの総司令部を含めた五万も前進させればいいだけだ。

 彼はそれについても命令を下すと、引き続き単眼鏡で観察していた。

 ついに最前方部隊は堤防部に到達した。魔物を使役して架橋を始め、そこを守るように魔法能力者の兵士は魔法障壁を展開。さらに渡河を容易くするためにまずは川を凍結させて補強に土魔法も行使し始めた。

 川の水深は浅いので氷魔法も分厚いものは張れない。上流は水のままだからこの辺りだけ凍らせてもそれらは流れてしまう。本来水のない所に流れ始める量は減らしたいし、溢れても困る。なので水深の半分は流れるように残さねばならないのだ。だから土魔法の補強は多めにしてあるはず。

 さて、いよいよ渡河が始まったがそれでも二カ国軍は撃ってこない。既に魔物軍団は自然堤防部に到着して前進を始めているのにだ。

 しかし、静寂は打ち破られる。

 架橋資材が積み上がりつつあり、渡河の為に構築した魔法による通り道が七割ほど完成した時だった。

 二カ国軍のカノン砲と野砲は火を噴き、猛威を振るい始めたのだ。


 「なるほど、最大射程ではなく命中力重視で待っていたのか。小賢しい真似を」


 カノン砲は集中的に架橋中の部隊を狙い、野砲は渡河中の魔物軍団を狙っていた。

 特に脅威なのはカノン砲だ。いくら魔法障壁とはいえども物理エネルギーを防ぐには限界がある。何度も何度も狙われれば破壊されるし、投射量が多ければ再構築も間に合わなくなる。


 「やたら正確だな……。あの練度まで高めるのにはかなり苦労するはずだが」


 妖魔帝国軍にとって厄介なのは彼が語るようにカノン砲の命中率が異様に高い事である。お陰でついに魔法障壁の一部が破られて弾着していた。カノン砲の破壊力は凄まじくせっかく用意して集積を始めていた資材が吹き飛ぶだけでなく、兵士も肉塊に変わっていた。


 「しかし、十万の兵力の火力です。限界はあるようで」


 「そうだ。最悪架橋はこちらが有利になってから進めればいい。まずは人間共を食い破る尖兵が届けばいい」


 とはいえ二カ国軍にだって限度がある。大軍で押し寄せられているからこそ、撃ち漏らしもあり、魔法による通り道は破壊されつつも魔物軍団の一部は川を越えていた。それらはまさに数に任せての作戦を語っていた。


 「あちらだって遠征だ。砲弾を使いまくれ。銃弾を使いまくれ。撃ち切った時が貴様等の死の瞬間だ」


 「いくらかが渡河を完了しました。間もなく防柵に到達」


 「いいや、あれがお出ましになるぞ。魔物共は吹き飛ぶだろうな」


 彼がニヤついて言った瞬間、柵があった付近からけたたましい大爆音が連鎖的に発生した。レドべージェフ大将の予想通り、二カ国軍が用意した遠隔作動式の魔石地雷が発破したのである。

 土煙と衝撃波が戦場に巻き起こる。その瞬間は二カ国軍の火砲も発射をやめていた。


 「くっくっくっ。くははははっ! 人間共め! その手は既に読めておるわ! だから魔物軍団を肉壁にしたわけよ!」


 レドべージェフ大将は二カ国軍が自分の読み通りに動いてくれた事に、つまり自分の戦術眼が的中したことに少しだが快感を覚えていた。これで二カ国軍を守る盾の一つは無くなったのだから。


 「だが、やはり油断ならんな。十万にしては確かに火力が桁違いだ。多少の損害は覚悟してすり潰すか」


 地雷が大爆発した事で、小規模のクレーターが各所に発生していた。そこへ生き残った魔物軍団は突撃し、さらには後ろに控えていた魔人の兵士達も続く。

 当然やられまいと二カ国軍は速射性に優れた野砲をそちらに向けた。さらに渡河した妖魔帝国軍兵が増えた頃から、火力は増す。一般火力ではなく魔法火力だった。


 「ほう。あれが人間共の魔法銃か。少数生産と聞いていたが、投入はしているよな」


 「量こそ少ないですが、質は高そうですね。こちらの魔法銃はあれほど火力はありません。専門の士官によれば内包の魔法式を簡略化しているのではないかと」


 「面白いじゃないか人間共。だが、数が無くては意味が無いぞ?」


 レドべージェフ大将達が目にしたのは、アカツキが直轄指揮している旅団兵力の半数による、小さな野砲たる魔法銃の統制射撃だった。第一射は魔法障壁を破るのを目的として、それ以降は速射にて攻撃という手順だった。やはりここにも練度の差が現れており、レドべージェフ大将が感心するくらいには早かった。

 相変わらずカノン砲と野砲の火力は凄まじい。接近を始めていた相手に対しては魔法銃の攻撃があった。

 しかし、ここでもレドべージェフ大将達は違和感を抱く。


 「歩兵が突撃してこんな。どういう事だ」


 「引きつけるにしてはやりすぎでは。――いや、待ってください。あれはなんだ?」


 「どうした? 何があった」


 「人間共がいる中腹あたりです。何か得体の知れないモノが出てきました」


 「…………なんだあれは。情報にないぞ」


 レドべージェフ大将が単眼鏡を動かしてその部分を見ると、そこにはかなり大型の球形物体があった。見た事もないモノだった。それもかなりの数。こちらは野砲の準備にも苦労しているし、魔法や魔法銃、小銃ではとても届かない。

 それは用意されると、高地の中腹から転がり始めたのである。


 「味方がいるのにあんなものを転がして轢き殺され、いや、違う。だから不審な空間を作っていたのか!」


 「まさか我らを轢き殺す為だけに? 愚かな! 我が軍を舐め切ってもらって、はぁぁぁぁ!?」


 「大爆発!? あれが爆弾だと!? それもかなりのだぞ!?」


 その球形物体は魔物軍団を轢殺せんとする前に突如目の前で大爆発を引き起こした。総司令部からは彼等の距離単位でいう十数キルラあるとはいえ、単眼鏡で観測しているのだ。魔物が宙に吹き飛ぶ凄惨な光景が各所で繰り広げられる。中には魔人兵士がいる部分まで到達して爆発するものもあり、その爆発エネルギーによって魔法障壁は容易く破壊されて魔人兵士は魔物と同じ運命を辿っていった。

 レドべージェフ大将などは聞こえるわけが無かったが、現場は悲惨であった。


 「なんだあれはぁぁぁぁ!!」


 「来るな、来るなぁぁぁぁぁ!!」


 「魔法障壁を……!」


 「大丈夫だ、防ぎきる!」


 「ぐぅぅぅぅ!! 障壁が全部持っていかれた!!」


 「あぁ、あああああ!! 砲弾がぁぁぁぁ!!」


 爆発した球形物体によって爆殺される兵士達。よしんば防ぎきったとて、今度は野砲が命中して残酷な末路を辿っていく。突撃形態は各地で崩れ始めてしまっていた。

 彼等が目撃した巨大な球形物体は、アカツキが前世の知識でよく知っているパンジャンドラムにそっくりな、『ボビンドラム』であった。あれからある程度の期間があり、それなりの数が生産されていてこの地で初実戦を迎えたのである。

 前世、パンジャンドラムは使いようもない珍兵器扱いであった。とても実戦では使えない役に立たない兵器であった。ところが、魔法があるこの世界において叡智を結集した結果が兵器として立派に成立する代物へと変化した。いや、兵士に被害を与えるだけでなく巨大な物体が転がってくる恐怖心を与え士気に大いなる影響を生じさせているのだから名兵器といってもいいだろう。もし前世でパンジャンドラムを開発してしまった技術者達がこの景色を目撃したのならば、ティーカップを落として驚愕するであろう。

 とにもかくにも、『ボビンドラム』の効力は絶大だった。未だ二カ国軍が一兵たりとも動いていないのに妖魔帝国軍が渡河した瞬間この有様なのだから。

 当然、これを好機と見逃すはずもなく陣形が崩れていた妖魔帝国軍に二カ国軍の前方四万が『ボビンドラム』第三波通過と同時に動き出した。背後には第四波が控えている。四万はその空間を開けて突撃していった。


 「小癪な! あの球形物体をどうにかしろ!」


 レドべージェフ大将は早くも苛立っていた。初戦から相手を崩壊させるために突撃する作戦は水泡と帰し、逆に数に劣る四万の敵軍が突っ込んで来たのである。

 ボビンドラムが猛威を振るい、防御態勢もまばらになったところへ野砲とガトリング砲の後方支援射撃が襲い、歩兵銃が大量に放たれて白兵戦だ。魔力量こそ優れているが、魔法が使える魔人兵士は魔法重点で近接戦の訓練はほとんどしていない。にも関わらず、魔法が使えない敵兵士は勿論の事、敵のどれだけの魔法能力者は接近されても近接戦を十分にしているのだ。レドべージェフ大将達からしたら理解出来ない光景だった。


 「第二十二師団から連絡! 早くも肉壁は著しく減少し使い物にならないと!」


 「第二十四師団は最前線が混乱している! とても統制の取れた反攻は出来ないとのこと!」


 「あの兵器はなんだととの問い合わせ多数! 未確認兵器とは理解しているがあんなものを転がされ続ければ突撃は不可能と!」


 「第二十師団は全面の連隊が既に壊滅と通報! 敵火砲が凄まじく友軍の後方支援砲撃を求むと!」


 総司令部の魔法無線装置による最前線からの報告は混乱を極めていた。

 魔物軍団は五万もあったに関わらず開戦より三時間の午後三時前で既に的当てのようにされて使い潰し、魔人編成師団にも損害が生じていた。

 さらには二カ国軍の火砲の勢いが凄まじく、架橋は思うように進まないし、川南の自然堤防部に野砲を設置してもすぐに狙われるのだ。狙われなかったとしても、妖魔帝国軍側の野砲は射程距離と分速投射量、それを扱う砲兵の練度が芳しくないために後方支援としては心許ない。

 師団単位火力、練度、士気。これらに劣る妖魔帝国軍にとっては不利な地形も相まって戦う前の勢いは大半が殺されてしまっていた。懸念していた敵召喚士攻撃飛行隊による爆撃が『今の所は』ないのは唯一の救いかもしれない。

 だが、妖魔帝国軍にとっての悪夢は続く。

 それは丁度午後三時になった時だった。


 「……! 大将閣下! あれを! 単眼鏡でご確認を!」


 「次はなんだというのだ!」


 「例の人形が……!」


 「なんだと!?」


 魔物軍団を肉壁として竜騎兵による突撃も最早意味を成さなくなった点など、とにかく苛立ちを隠せないレドべージェフ大将にさらなる続報が副司令官の中将に伝えられる。

 例の人形。要警戒すべきそれが現れたというのだ。

 レドべージェフ大将が単眼鏡にて言われた方を見やると、そこには妖魔帝国軍にとっては何度も敗北を味合わされる原因を作っていた元凶、自動人形のエイジスがいた。


 「この状況で札を切ってくるとは、やはりアカツキ・ノースロードとやらはとことん厄介な存在であるな……」


 レドべージェフ大将は唇を噛んで単眼鏡越しにエイジスを睨む。

 すると、エイジスは意図的なのか偶然なのか定かではないが、歪に口角を曲げて恐怖を抱かせる程の笑みを見せていた。


 「ひっ!?」


 「ひぃ!? 人形が嗤った……!?」


 「こちらが、見えているというのか……!」


 同じように単眼鏡で観察していた参謀長や副司令官は心臓を直に掴まれたような気分になり、レドべージェフ大将ですらも背筋に寒気を感じる。

 そしてエイジスはというと、嘲笑うかのように上空に何やら魔法で文字を書き始めた。大きく、戦場の誰にでも伝わるような巨大な文字で文章だった。

 この世界の言語体系は距離や重さの単位の言い方に差はあれど、言語そのものはほぼ同じである。だからレドべージェフ大将や戦場において識字可能な士官などはそれを読めてしまった。

 上空に書かれた文章は以下のようであった。


『我は貴様等に天罰を下す自動人形なり。貴様等が異教徒神と呼ぶ神の使いなり。そして今、ここにいる全ての者は我が下す天罰の届く範囲にあり。主に仇なす不埒な輩よ、恐怖せよ。絶望せよ。貴様等に下すは、神の鉄槌なり』


 エイジスはまるで自身が神の使いのように振る舞い、左手を、右手を悠然と広げた。さらに高地の頂上部には横に並ぶ大量の魔法陣。

 魔神に畏敬の念を抱きつつ崇拝している魔人達にとって、確かにそれは人類にとっての神、異教徒神の使いが何かをしているように見えてしまっていた。

 だが、レドべージェフ大将は怒りに震えていた。将官等一部の本国軍軍人はエイジスの正体を知っているからだ。


 「小癪な……! 小癪な小癪な小癪な! 何が神の使いだ! 所詮はアカツキ・ノースロードの召喚武器とやらではないか! 我々を舐めるのもいい加減に……!?」


 「大将閣下、魔法陣から何か大量に射出され、いや、魔法陣からではなく、どういうことだ!?」


 レドべージェフ大将が驚愕し、副司令官ブズニキン中将が魔法陣の内側から何かが射出された事から今見ているのが魔法なのか魔法ではないナニかなのかに混乱する。

 高地頂上から多数飛び出した小さく槍のような物体は、高く、高く空を翔ぶ。


 「どれだけ高く飛翔しているのだ……!?」


 「分かりません! が、もしや無傷の中央にいる部隊に対しての攻撃でしょうか!?」


 「だとしたら面倒この上ないぞ! 注意を促せ!」


 「…………いや、違います! あれは、あれは!? まさかこちらに!?」


 ブズニキン中将が飛翔した物体の真意に気付いた頃には既にもう遅かった。高く飛んだそれは放物線を描き、下降した瞬間に一気に加速したのだ。光り方からしてそれは風魔法による推進であり自由落下を加速させるものだった。

 そう、大量の飛翔物体の目標は中央にいる友軍ではなく、ここ総司令部がある後方地点だったのだ。


 「しまっ――」


 「魔法障壁緊急展――」


 レドべージェフ大将など司令部の面々が見上げる先には空から降り注いだ槍。先端に付属していたのは地球の単位で数十キログラムはありそうな爆発物。

 レドべージェフ大将がこの先どうなるのかを知ってしまい、ブズニキン中将が魔法障壁展開を命じようと、自身も魔法障壁を展開しようとしたが間に合わない。

 瞬間、数百もの爆発物を伴った槍は一斉に大爆発。妖魔帝国軍の総司令部は幾百もの爆炎に包まれた。

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