第10話 数的優位の妖魔帝国軍に対し、二カ国軍の選択は
・・10・・
7の月19の日
法国軍が戦いを繰り広げているブカレシタに対して妖魔帝国軍の大軍勢約三十万が迫りつつある中、さらに僕達人類諸国軍に凶報が入ったのはそれからすぐだった。
二カ国軍は法国軍へすぐさま合流しようと考えていたが、それを阻んだのは法国軍より早く導入した協商連合軍召喚士偵察飛行隊が発見したもう一つの大軍勢だった。
ブカレシタより北東百五十キーラにて、新たなる妖魔帝国軍二十五万が北西方向に進軍中。想定される侵攻地点は制圧したばかりのキシュナウ。
予定より早かったとはいえようやくキシュナウの戦いを終えた直後の僕達にとって、三十万の増援だけでも次の策を考えなければならなかったのに、そこへ新しい妖魔帝国軍の軍勢。数が二十五万とこちら側を上回っているだけでなく、その内訳は魔物軍団五万と魔人編成師団が二十個の二十万。いつかは訪れるだろうと思っていた魔人中心編成の軍がここに来て現れてしまった。
その二十五万の妖魔帝国軍を僕は、単眼鏡を通してこの目で見つめていた。
「流石に魔人中心編成ともなると、一気に近代化されたって感じがするね……」
「召喚士偵察飛行隊の報告通りね。今までのような前時代的な軍集団じゃなくて、近代的な軍だわ。魔法が使えない魔人には見たことがないけれど、こちらに似ているタイプのライフル。魔法が使える魔人には魔法銃。そしてあれは竜騎兵ね。他にもキシュナウの時とは形の違う野砲まであるわ」
「現在展開している妖魔帝国軍の装備はワタクシ達二カ国軍に類似するものが多数。ジドゥーミラ・レポートではこちらに比べれば技術水準が劣る為装備面の優位はワタクシ達にあるものの、これまでに比べてその差は大幅に縮まったと考えられます。推測、対峙している妖魔帝国軍は粛清や差別対象が中心の西方軍ではなく本国軍」
「いよいよ本国軍のおでましってことかあ……」
隣に立って同じように単眼鏡で敵を観察しているリイナが改めて報告をし、敵軍のデータ収集を既に終えたエイジスが言葉だけでなく僕が見ることの出来る拡張現実にそのデータを送りながら言う。僕はそれに対して、ついにきたかという様子で返した。
だけど、報告直後のような動揺はしていない。
「質的優勢が少なくなるのは数的不利に立たされている僕達には良くない。けれど、だからって負けるつもりはないよ。想定していないわけでは無かったんだから」
今、僕達二カ国軍がいるのはキシュナウから南東約七十キーラ地点に位置するシューロウ高地。
なぜシューロウ高地に展開しているのかは、今日より十八日前に遡る。
・・Φ・・
7の月1の日
午前10時10分
キシュナウ市・二カ国軍仮設総司令部テント
「恐れていた事態が起きてしまったと言ってもいい。妖魔帝国軍はイリス法国軍が戦闘中のブカレシタへ三十万もの大援軍を送り出しただけでなく、我々がいるキシュナウへも二十五万が進軍中とのことだ。これを早期に発見した協商連合軍召喚士偵察飛行隊には最大限の感謝をしたい。発見が遅れれば対応も後手に回っていたからな」
「マーチス大将閣下。礼はこやつらをどうにかしてからで構いませぬぞ。しかし、良くやってくれたと思っておりまする」
「ああ、そうだな。まずは数に勝るこいつらを返り討ちにしてからだ。さて諸君。召喚士偵察飛行隊の絶え間ない偵察とエイジスによる精密な推測によれば、敵軍は長駆がけの影響もあり長めの補給と休息を踏まえても十九の日にはここキシュナウへ到達する。よって我々の選択肢は二つ。この地で防衛戦をするか、キシュナウを出て迎え撃つか、だ」
マーチス侯爵はいつも以上に真剣な面持ちで、ここにいる師団長や参謀など将官級や大佐の階級にある面々に問いかける。
問われた方は、早速活発に意見が出された。優勢なのはキシュナウを出て迎え撃つという方。というのも、キシュナウは激しい約一ヶ月に及ぶ激しい市街戦で街の至る所は破壊されており、防衛戦をするには不向きな状態であるからだ。
そうなると自ずと迎え撃つ方に傾くのだけれど、問題はどこでという事だ。案の定場所の選定には複数案が上がり、大テントの前方に貼られた地図に次々と候補地が書き上げられていく。
どれも迎え撃つには適切な地であるのだけれど、僕が注目したのはとある地点だった。ここキシュナウに持ち込んでおり、今も続々と到着しているものが使えるからだ。
マーチス侯爵は僕が喋らないままで、地図をずっと見ているのに気付いたのか声を掛けてきた。
「アカツキ少将。何か案はあるか? もし良い考えがあるのならば、大まかなものでもいい。話してくれ。貴官は類まれなる功績があり、我が軍の頭脳だ。誰もが真剣に耳にするだろう」
マーチス侯爵の言葉に、この場にいる全員が頷く。中には自分の提案と一致しないだろうかと期待する眼差しもあった。逆の立場なら僕もそうするだろうけれど、かなり信用されているのだと感じる。
「旦那様、昨日の夜に考え込んでいた仮案なら紙にまとめてあるわよ。どうぞ」
「さすがリイナ。有難く使わさせてもらうよ」
「どうやら名案があるようだな? 寝不足気味に見えるのはその為か?」
「はっ、マーチス大将閣下。自信があるかと言われるとまだ怪しいのですが、一応最有力候補は挙げております」
「はははっ。貴官が自信が無いなんて言ってしまうと我々はもっと自信が無いぞ? 何せ昨日の今日だ。気にせず言え」
「了解しました。――それでは皆様、地図にご注目下さい」
僕は席を立つと、リイナから受け取ったメモ書きを持って地図の横に立つ。するとこの場にいる全員が僕に注目し、一言も漏らさず聞き取る姿勢を作っていた。
「まず、私はキシュナウから出て迎え撃つ側に賛成致します。理由は既に皆様の中でも複数の方が仰る通り、キシュナウは未だに復旧途上であって半月では突貫工事をしても防衛戦には心許ない形でしか作り上げられないからであります。そして、迎え撃つ地点ですが……。――ここ、シューロウ高地の中央地点です」
シューロウ高地とは、キシュナウとブカレシタのややキシュナウ寄りにあり、東西に広がっている高地だ。海に近いブカレシタ側の方が標高が低く、キシュナウ側の方が高い。
ただ旧東方領は広大な森林と平原が広がる地で、このシューロウ高地も平原が中心でしかもなだらか。中央地点自体も南に流れているレーゼウ川から頂上地点までの高低差は百二十メーラ程度。相対距離は十キーラもあるのにだ。もし平和な地ならばさぞかし放牧が盛んになっていただろう。
「おお、シューロウ高地中央地点か。挙げられた案の中でも比較的多数あった場所だな」
「アカツキ少将にしては意外だ。もっと奇抜な所を選ぶと思っていた」
「いや、ここ以上に適する地はあるまいて。彼とて時には王道を往くのだろうよ」
僕がシューロウ高地中央地点という場所を言葉で発すると、自分と一致していてしたり顔をしている人や意外そうな顔で語る人などがいた。彼等の中でどれだけかが言っていた通り、迎え撃つにはまさに王道の箇所だからだ。どうやら僕と言えば奇想天外な発想というイメージがついているらしい。この世界においては僕のそれは半分正解で半分は違うんだけど、今は置いておこう。
「ふむ。シューロウ高地中央地点というと、妖魔軍共が輸送にも使っておった街道がある場所じゃな。ちょうど高地の中でも最も緩やかな坂のある場所じゃったか。彼かの地であれば軍を左右に展開しやすく、しかも儂らは見晴らしの良い高地を取っておるのじゃから敵の監視もしやすいのお。有利な地を確保することになるわけじゃな」
「はい、ラットン中将閣下」
「して、どれほどの軍勢で迎え撃つのじゃ?」
「キシュナウで消耗しており休息が必要な兵達も大勢おりますので、十万です。温存していた師団を優先して抽出します。これならば速やかに動かせるかと。なお、該当地点はキシュナウより南東七十キーラ地点となりますので補給の関係もありますからこれ以上で迎え撃つには適さないと考えました」
「なるほどの。彼我の戦力差は二倍強となるが、大丈夫なのかの?」
ラットン中将は納得しながらも敵軍に比べて半分以下の軍勢で迎え撃つ点に不安を覚えたのか、やはりその点を質問してきた。
もちろん、策は講じてある。
「遺憾ながら、敵軍はこれまでとは違い近代化された魔人中心の編成です。ほぼ間違いなく今までのようにはいかないでしょう。しかし、この点はそれでも質的優位を保っている事と、貴国と我が国それぞれの新兵器で対処します。あとはそうですね……、心理戦でしょうか」
「ほほう。また面白そうな事を考えていそうじゃの?」
ラットン中将は既に僕が言いたいことの一部を理解したらしく、普段の温厚とはかけ離れた悪役のような笑みを浮かべていた。
マーチス侯爵は続きが聞きたいのだろうか、興味津々な様子で、
「アカツキ少将、オレが許可する。貴官の策を続けて話せ」
「はっ、マーチス侯爵閣下」
それから僕は十万の軍で二倍以上の敵を打ち崩す策を話す。
それを終えた頃には、周りからは勝利を確信したような空気になっていた。
「ふぉっふぉっふおっ! それは痛快愉快! 素晴らしいのお!」
「そうだろう、ラットン中将。これが我らが連合王国軍が誇るアカツキ少将なのだからな」
「光栄です、マーチス侯爵閣下。今回も兵站部門の者達には負担をかけてしまいますが、そこはキシュナウに置くことにしている防衛担当師団などにも協力してもらいます」
「なに、兵站にも理解があるお前が無茶を承知でと言っても彼等なら仕事を果たしてくれる。これまでに比べて格段に楽になっているのだし、何よりも貴官の案ならば喜んで働いてくれるだろう」
「ありがとうございます。それと、マーチス大将閣下やラットン中将閣下にもどうかご尽力していただきたく」
「気にするでない、アカツキ少将。儂もついに、となれば魔力が漲るというものじゃ」
「ああ。総司令官自らというのもたまには悪くない。快諾しよう」
二人の声に、司令部内テントからは歓声が上がる。
「これまで連合王国軍ばかり活躍していたからな。我が協商連合軍の強さも是非連合王国軍の方達にもお見せしたいものだ!」
「おお、それは楽しみだ! 互いに力を尽くそうではないか!」
「かなり急な作戦になるが、こういうのも悪くないな!」
「ロイヤル・アルネシアにさらなる栄光を!」
「人類は重ねて勝利をする! 魔人なぞに恐れるものか!」
昨日までの動揺は既にどこへやら。魔人中心の編成という相手に対して誰も臆している者はいなかった。せっかくの快進撃に水をさされていて、士気にも悪影響を及ぼしていたけれどこれなら問題なさそうだ。
そうして僕達は、決戦の日を迎える。
・・Φ・・
7の月19の日
シューロウ高地中央地点・頂上部
眼前に広がるは妖魔帝国軍の大軍勢、二十五万。最前方にいる魔物軍団五万を除けば諸兵科連合だ。
今やシューロウ高地の南にあるレーゼウ川――ここしばらく天候が良かったからか水深は浅く、しかしそれでも太腿くらいまでの深さはある――の手前にまで到達して数に勝るからとこちらを威圧するかのように複数の横列で展開していた。僕達が高地側に陣取ったからか架橋は諦めたのかな。ああでも、激戦中に魔法障壁の重点防御で応急的に作るのかもしれない。それらしき資材も確認出来るし。ただ、数が足らないのでかなりの数はそのまま川を越えてくるだろう。歩けない訳では無いし。
対して僕達二カ国軍は十万でこちらも諸兵科連合。ただし騎兵の運用はあちらと違い偵察と哨戒中心であり、敵騎兵に対しては二倍強の敵に対しても存分に戦い合える高火力志向型だ。
川の北には、川より三キーラ半ほど空間と馬防柵を空けてその手前には野砲とガトリング砲に連合王国軍はD1836を装備し、協商連合軍制式採用後装式ライフルL1837を装備した四万。これには僕の旅団も半数含まれていて、魔法銃による濃密な火線が期待出来る。
高地の中腹にも同様の兵装に加えてカノン砲――連合王国軍のドルノワ工廠製最新カノン砲DC1839の他に、協商連合軍には最新式カノン砲ELC1839も配備。ただしいずれも各十数門程度の少数――もある四万。ただしこちらには突貫作業ではあるけれどとある兵器を隠蔽する為にある程度掘った箇所が多数あり、あえてその部分には前方の味方は位置していない。
そして頂上には総司令部を含んだ二万。僕達からは視認出来るけれど、あちらからは見えないようにしてある連合王国軍がある兵器を応用して開発した兵器が多数設置してあった。いずれの新兵器にせよ追加配備されたカノン砲にせよ、間に合ったのは後方のたゆまぬ努力のお陰だ。
それらを見つめて、リイナはこう言った。
「私、いつも思うわ。旦那様といると負ける気がしないって」
「僕は周りの人達、指揮官級から末端の兵士に至るまで努力していた事を実現させたいだけさ。それが、危急の事態を打開するのならばね」
「リイナ様に同意。マスターの考えられる作戦及びその思考回路には大変興味深く思います」
「全ては勝つため。後世に平和をもたらすためだよ、エイジス。まあ、こんな大げさな事を言っているけれど、僕が一番守りたいのは大切な人だ」
まあ、嬉しい。と言うリイナの横で、僕は誰にも聞こえない声で、あの人もそう言っていたし、今なら僕もそう言えるから。と呟く。
そして、一息置いて僕は言う。
「さあ、この地でも戦争をしようじゃないか妖魔帝国軍。今回も、勝つのは僕達だ」
「ええ。大軍でかかってこようと、私達は勝利を掴むわ」
「マスターのいるワタクシ達に負けは有り得ません。勝つのはワタクシ達。これは演算するまでもない確定事項です」
後に、シューロウ高地の戦いと呼ばれる大戦闘は間もなく始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます