第3話 帰郷にもなった視察は事態急変す

・・3・・

 3の月3の日

 午後4時35分

 ノイシュランデ市・陸軍第5師団司令部正面玄関


 二の日に無事新戦争計画の講習会の司会役を終えた次の日。僕とリイナはアレン大尉達二十五名や参謀本部の部下数名を伴ってノイシュランデに視察に訪れていた。

 目的は来月下旬に始まる春季第二攻勢に参加する第五師団の練度確認、ノイシュランデにある兵器工廠にて工員達の激励を兼ねた生産状況の確認及びさらなる増産計画の通知などだ。

 軍専用列車に早朝に乗ってノイシュランデに到着したのは昼頃。結婚式後初の帰郷だけあって市民達に歓迎される中で第五師団司令部に直行し、師団長への挨拶や明日のスケジュールの確認などを終えたらあっという間に四時半になっていた。

 この日の予定は全て終え師団司令部正面玄関で見送りを受けた後、僕とリイナは馬車に乗ってノースロード家の屋敷へ向かっていた。僕にとっては久しぶりの実家帰りで、リイナにとっては初めての僕の家に行くことになるわけだね。


 「ふわぁあ、朝がすごく早かったからいくら列車の中で少し寝たといっても流石に眠いや……」


 「私も……。五時半出発だと起床は三時だなんて信じられない時刻だったものね。前日は早めに就寝しても厳しかったわ。昼過ぎからは眠気との戦いだったし」


 「マスターもリイナ様も休憩時間中にうつらうつらとしていました。本日は早めに寝床につく事を推奨」


 「そうだねえ……。せっかくの帰省だけど、お酒は控えめにしないと酔いが回るのが早くなりそうだ……」


 「旦那様の御両親だけじゃなくてお爺様も優しいお方だったから、配慮なさってくれる筈だわ。それにしてもアルヴィンちゅうじょ、おじ様は残念だったわね」


 「別に今は仕事中じゃないしおじ様でいいと思うよ。リイナもノースロードなんだし」


 「それもそうね。アルヴィンおじ様、ちくしょー俺も実家に帰りたかったぜなんて言っていたわ」


 「来月下旬があるからなあ。僕の場合は視察がたまたまノイシュランデだったから帰郷出来ただけで、これが無かったらそれこそいつになったか……」


 「攻勢が始まったら次なんてどうなるか分からないものね」


 「全くだよ。だからリイナ、軍務でとはいえリイナにとっては初めての僕の故郷来訪になるんだし堪能していってよ。そうだ、もし時間に余裕があったら僕オススメの洋菓子店にも行かない?」


 「とっても素敵な提案ね! 旦那様オススメなら絶品なのは間違いなもの!」


 「はははっ、リイナにそう言ってもらえるのならあの店の店長は喜びそうだね」


 「推測。以前マスターが話していた洋菓子店の事ですか?」


 「そうそう。ケーキがとっても美味しくてさあ。紅茶も一級品を揃えているから至福のひと時が味わえるんだよね」


 「旦那様、絶対に時間を作りましょう。今から楽しみで仕方なくなってきたわ」


 「肯定。ワタクシは食物摂取を必要としませんがマスターがそこまで評価なさるお店はとても気になります」


 「そうだなあ、スケジュールをなんとか調整してみるかー」


 「ええ必ず!」


 視察は明日を含めれば三日間で最終日は昼くらいには終わるはず。王都へ戻るのはその翌日だから、やりくりすればどうにかなるかな?

 なんて思いながら僕はリイナやエイジスとしばし歓談を楽しむ。

 そうしている内に景色は変わりノイシュランデ市旧市街地へ。さらに進むと、おお、久しぶりの実家だ!


 「アカツキ様、ご自宅へ到着致しました」


 「うん、ありがとう。久方ぶりの君の馬車、やっぱり乗り心地がいいね」


 「感謝の極みにございます。アカツキ様、リイナ様。おかえりなさいませ。どうぞごゆるりとお過ごしください」


 「君もね」


 「はっ」


 師団司令部からここまで送ってくれたのはノースロード家お抱えの御者。前世で言うところの運転手だね。

 彼の操る馬車に乗るのは二年近く振りだったけど腕前はやはり一流だった。それを褒めると、彼はとても嬉しそうに笑っていた。

 馬車が止まると、車両のドアが開く。開けてくれたのは軍人でもあり僕の執事でもあるクラウド。今回は執事服姿だ。

 彼とレーナは王都の別邸付になっているけれど、この度視察がノイシュランデということもあって一緒に一時帰還をしている。僕とリイナが師団司令部にいる間に一足先に屋敷に戻っていたから、彼等は本邸の使用人達と共に出迎えをしてくれていた。


 「クラウド、ありがとう」


 「いえ。ご当主様や奥方様、ご隠居様を始め我々使用人共々アカツキ様とリイナ様のご帰宅をお待ちしておりました。おかえりなさいませ、アカツキ様。リイナ様。エイジス様」


『おかえりなさいませ、アカツキ様! リイナ様! エイジス様!』


 クラウドの他にレーナなどメイドや執事達から出迎えの言葉を貰い、続けて。


 「おかえりアカツキ。視察でここにいる間、ゆっくりしていくといいよ。リイナさんもここは我が家になったんだから、実家のつもりで過ごしてくれ」


 「おかえりなさい、アカツキ。夕食まではまだしばらく時間があるからコーヒーを用意してあるわ。リイナさんにエイジスも交えてお話しましょう?」


 「よう帰ってきてくれたぞ、アカツキ。結婚式は忙しかったからのお。二人の馴れ初めもそうじゃが、エイジスには非常に興味がある。沢山話を聞かせてもらおうかの」


 父上、母上、お爺様の順におかえりの言葉を貰った。再来月には攻勢が始まるから当面の間はノイシュランデを訪れられない可能性が高い。だから三日間とはいえ実家に息子や孫が嫁を連れて帰ってきたのが喜ばしいのだろう。僕も久しぶりの本邸には実家だからこそ安心感を抱いているし、両親やお爺様と話したい内容も沢山あるから。

 僕とリイナは微笑んで感謝の言葉とただいまを言って屋敷に入る。暖房機能のある魔導具によって屋内は適温になっていた。

 それからは両親とお爺様、僕とリイナにエイジスでコーヒーを片手に歓談を楽しんでいた。

 穏やかで和やかで、落ち着いた一時。

 だけどそれは、場にそぐわぬ慌てふためいた足音をきっかけに崩れてしまう。

 時間はそろそろ夕食にしようかという頃。リビングからダイニングへと移動しようとしていた時、大急ぎで走る音が聞こえそれは扉をノックせずにリビングに入って現れる。若い男性兵士だった。

 当然彼に対して僕は怪訝な顔つきで口を開く。


 「どうしたのさ、ノックもせずに急に現れて。しかも息切れまでしているけれど、大丈夫かい?」


 「じ、自分のことは大丈夫です! そ、それよりも大変な事が!」


 「大変なこと?」


 「魔法無線装置でS級優先送信事項として送られてきました……」


 S級優先送信事項はありとあらゆる送信内容において一番優先される情報が対象になる。名称だけあって滅多に指定されない上にS級は陛下の耳にも必ず入る事案。

 一体何が起きたのだという不安と、猛烈に嫌な予感が体を支配する。


 「……読み上げて」


 「はっ……! 『残虐姉妹の国境侵犯をソコラウ市郊外にて確認。敵は推定西方ないし南西方に向かっていると予測される』との、こと、です……」

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