第2話 彼にとって最初で最期の大戦果

・・2・・

3の月3の日

午後4時25分

連合王国ワルシャー市東方・ソコラウ市西部郊外


 二の月に比べれば寒さが幾分か和らいできた三の月初頭。連合王国北東部にあるワルシャー市東方に位置する、人口五万四千人の中規模都市であるソコラウ市の西部郊外には馬に乗って哨戒行動中の、冬季用の軍用コートを着込んだ軍人が三人いた。

 鉄の暴風作戦以降、連合王国の領土は東に大きく拡大したが、元々はこの国の国境線に近いこと、戦時である事から訓練も兼ねて東部に関しては活発にこのような哨戒が行われていた。

 巡回している三人は全員が魔法能力者で、腰には取り回しのしやすい長さ三十センチ程度のポピュラーなタイプの魔法杖を据えていた。背中には魔力消費低減や魔力切れの際の護身用としてD1836も背負っている。

 彼等は哨戒中でここが旧国境線とはいえ内地、周りを見渡しながらも雑談をしていた。


 「バーレイ曹長、春にはいよいよ第二攻勢が始まるが、僕は活躍したいと思っているんだ」


 そう言うのは、この中で最も若い二十手前の魔法士官の男性少尉であるコートニー少尉。魔法能力者ランクはB-だ。去年の四月に士官に任官されたばかりの新米である。彼は来る攻勢を前に自身が戦場で戦績を手にするのを夢見て心を踊らせていた。

 連合王国軍は開戦以来連戦連勝を続けており、現場だけでなく未来の指揮官を養成する士官学校の学生達も士気が旺盛。彼も同期達と同じように、そして愛国心故に英雄願望を心中に滾らせていた。


 「コートニー少尉、それでしたらまずは戦場に慣れなければなりませんな。未だ戦場知らずの者は響く銃声と砲声、迫る敵軍を前にしても怖気ないというのは難しいですから」


 純粋な心で声高らかに宣言するコートニー少尉をたしなめるのは、四十代初頭の男性であるバーレイ曹長。魔法能力者ランクはB。彼は軍人歴二十年を越えるベテラン下士官であり、先任曹長でもある。いわゆる新米下士官に現場教育を行ったりアドバイスをしたりする頼もしくも精鋭の兵という訳だ。


 「おれはバーレイ曹長とルブリフやジトゥーミラにも行きましたが、圧倒的だったルブリフですら魔物共に恐怖する新人士官がいましたね。ジトゥーミラは市街で凄惨な戦いがあったからもっと酷かった。それはもう驚かれると思いますよ。長い事兵士やってる同僚ですら脚をガクガクとさせていたくらいです」


 バーレイ曹長に同意する三十代後半の男性はエドガー軍曹。魔法能力者ランクB-の彼もまたベテランであり、曹長の右腕的存在である。

 開戦以降戦場を経験した現場組の兵士の言葉を聞いたコートニー少尉は動揺しつつも、


 「た、確かに最前線が決して生優しくないだろう。だけれど、部隊指揮官たる僕が冷静さを欠いていていては部下が不安になる。きっと大丈夫さ」


 「少尉殿は優秀ですからな。なに、もしもの時は俺がいるから安心してください」


 「ええ、おれ達が支えますよ」


 「う、うん。ありがとうバーレイ曹長、エドガー軍曹」


 「ただし、魔人は心底恐ろしい存在です。普通の奴らなら複数人で対処も可能ですが、例えば双子の魔人なぞは遭遇した場合は命を覚悟した方がいいでしょう。法国遠征で実際に目にした同僚が言っていました。あいつらは残虐で人間をゴミとしか思っていないような瞳をしており、殺気は凄まじく、一捻りで殺されてしまいそうだったと」


 「そ、そうなのかバーレイ曹長……。なるべく出会いたくないものだな……」


 「おれも会いたくないものです……。二度とね……」


 エドガー軍曹は、最後の言葉は誰にも聞こえない声量で呟く。

 バーレイ曹長とエドガー軍曹の二人、実はルブリフやジトゥーミラを経験しこのワルシャー方面に配属される前はリールプルに駐屯していた部隊の兵士で、あのチャイカ姉妹に初遭遇した数少ない兵なのである。いかにチャイカ姉妹が末恐ろしい存在なのかを肌身で感じていたのだ。

 故に彼等はコートニー少尉に対してこのような助言をしたのだ。決して新米士官をいびっているのではなく、経験者の忠告として。

 もっともリールプルの件は未だに箝口令が敷かれている――どこからともなく漏れ出て噂にはなってしまっているが――からコートニー少尉に対して真実は述べられないのだが。


 「しかし、二人の話を聞いていると僕の憧れの人であるアカツキ閣下は凄いんだな……。僕と五つ程度しか離れていないまだ若い軍人にあたるのに、法国遠征では部下を守る為に身を挺して双子の魔人と交戦し名誉の負傷。生き残られてからSSランクの召喚武器を手にしたジトゥーミラでは最前線で大活躍したと聞く」


 「可憐なる英雄閣下は特別ですよ。貴族としての義務以上を果たしておられるんですからな」


 「あの人の下で働けるなら、命を預けていいと思いますね。話によると、最前線ではまさに鬼神のような活躍ぶりだったとか」


 「やはり二人もそう思うか。僕もいつかは閣下のような軍人になりたいものだよ。最も、僕は平民出身だから将官なんて滅多になれるものでもないし、なれたとしてもその頃にはバーレイ曹長の歳よりずっと後になりそうだけどな……」


 「いくら連合王国軍でも平民が将官は非常に難しいでしょうなあ……。貴族であったとしても、有能でなければ易々とは中将大将までにはなれないのがこの国の良い所ではありますが」


 「貴族の数自体が多くない上に、軍人貴族はさらに少ないですからね。とはいえ、平民が将官になるには貴族以上に難しいでしょう」


 「はああ……。となると、やはり前線で活躍し勲章を頂き、昇進するしかないみたいだな……」


 「なに、平民出身で貴族よりいい成績で卒業されたコートニー少尉ならあっという間に昇進出来るでしょう。俺はまだ少尉と共に行動するようになって四ヶ月ですが、成長を実感していますよ」


 「ほ、本当かバーレイ曹長!」



 「ええ。お世辞でもなく。なあ、エドガー軍曹」


 「はい。指揮をする姿にも以前より随分と余裕が出てきましたからね」


 「そうか! 今こうして行っている哨戒にも慣れてきたからな。時間も時間だから腹も減ってきてしまったけどな」


 「はははっ! 確かにもう日が沈む時間ですからなあ。駐屯地に戻ったらすぐに夕食の時間ですよ」


 「少尉。朝食の時にメニューを聞きましたが、今日の夜は具沢山のポトゥフがあるらしいですよ」


 「それはいいなエドガー軍曹! 僕はポトゥフが大好きなんだ! 身体も温まるしな!」


 「でしたら早いうちに帰還しましょうか。――おや、向こうから同族が来るみたいですよ」


 食というものは非軍人に比べて自由が少ない軍隊にとって非常に重要な位置であり楽しみの一つである。連合王国軍もその例に漏れず三人は本日の夕食を心待ちにしていて、笑顔になっていた。

 そのような賑やかな歓談をしている時、エドガー軍曹は前方から自分達と同じように馬に乗って向かってくる軍人二人を見つける。軍用コートを着ていて、二人とも女性軍人だった。人類諸国の中でも女性軍人登用率の高い連合王国軍であるが、それは魔法職や研究職などに限った話で、すなわちそこにいる二人の軍人も自分達と同じ魔法能力者であるわけなのだが……。


 「ん? 腰に魔法杖がないな。背中に長杖型を背負っているわけでもない」


 「本当ですね、曹長」


 「内ポケットに入れているんじゃないのか? だとしてもそんな事をする者はあまりいないが……」


 「まあ内ポケットに仕舞う奴もいることはいますが……。それより少尉。この時間にワルシャーへ向かうのも珍しくありませんか? 今から馬でワルシャーだと到着は夜十時になりますよ」


 「確かに……。しかし、途中にはヴェングロ町もある。あそこは警備所代わりの小さい駐屯地もあるし、軍の宿泊所もあるから今日は一旦泊まるという場合もあるのではないか? 例えば明日から休暇で、朝には着きたいからとか」


 「二人共恋人に会いたいからわざわざ、とか?」


 「エドガー軍曹、とりあえず軽く話を聞けばいいのではないか?」


 「そうしますか、少尉。曹長、よろしいですか?」


 「ああ。俺も気になるからな」


 三人で決めると、やってきた二人に接近する。女性軍人は野暮ったさはあるものの磨けば光りそうな可愛らしいげのある女性だった。両者とも髪の毛は暗めの茶髪で長さはセミロング程度。見た目は二十代半ばから後半くらいだろうか。襟の階級章を見ると二人は魔法軍曹であった。

 彼女らに声を掛けたのはコートニー少尉だった。彼が上官であることは軍用コートが士官用のものであるので、二人は模範的な敬礼をする。


 「職務ご苦労。貴様ら、所属と階級は?」


 「はっ! ジェダルツ駐屯の第六師団麾下第二旅団第三連隊の第一〇三大隊所属のミシェラであります」


 「同じく、フレイアです」


 ジェダルツとは三人が駐屯しているソコラウから南にある人口三万二千の小規模市だが、ソコラウより旧国境線に近いだけあって大隊規模の駐屯地がある街である。


 「へえ、ジェダルツからか。差し支え無ければ聞きたいが、ミシェラ軍曹とフレイア軍曹は今からヴェングロか?」


 「はい、少尉。明日から休暇でして、朝には到着したいものですから」


 「私も彼女も、恋人に会いに行くのです」


 「おお、そうだったか! どうやら僕の予想が当たっていたみたいだぞ」


 「恋人なら仕方ねえわな。一分でも早く会いたいってもんだ」


 エドガー軍曹は彼女らの理由を聞いて納得し、にこやかな顔つきで言う。


 「はい! 以前から休暇に会いにいくと約束しておりまして!」


 「わたしは驚かせたくて伝えていません。えへへっ」


 「サプライズとはいいなあ! 少尉殿は恋人がいらっしゃるんで?」


 「いればいいんだけどなあ……。二人のような綺麗な女性なら尚更な」


 エドガー軍曹にからかい半分で聞かれたコートニー少尉は露骨に肩を落として言い、二人を見て付け加える。すると二人は。


 「まあ、少尉はお上手ですね。でも、私は恋人とは将来を誓っておりますから」


 「早くプロポーズして欲しいなあって思います」


 「こいつはアツアツですよ少尉」


 「羨ましい限りだ。二人共、呼び止めてすまなかったな。ヴェングロに着く頃にはちょうど夕食の時間になる。まだ寒いから風邪を引かないよう」


 「ご心配感謝致します。皆様もお気を付けて」


 「暖かくしてお過ごしくださいね」


 「ああ、ありがとう」


 そうして三人と二人はそれぞれの行き先に向かう。はずだった。


 「ちょっと待て」


 動き出した直後に、彼女らに振り返って再び止めたのはバーレイ曹長だった。彼は少尉と軍曹が会話をしている時からずっと黙っていたのだが、この時初めて口を開いたのである。表情は場にそぐわず険しかった。

 一階級上のバーレイ曹長の声には、当然軍曹たる二人は馬を止めて振り返った。相対距離は二十五メートルほど。


 「なんでしょう?」


 「どうかしましたか?」


 てっきり会話が終わったものだと思っていた二人の女性は首を傾げて言う。それに対してエドガー軍曹はこんなことを口にした。


 「つかぬことを聞くが、アカツキ閣下の今の階級はなんだ?」


 「ちょっとバーレイ曹長。そんな当たり前の質問をしてどうしたんですか」


 「黙ってろエドガー軍曹。ミシェラ軍曹にフレイア軍曹、こいつの言うように当たり前の質問だから答えられるだろう?」


 「ええ。可憐なる英雄閣下は『准将』ですよね?」


 「アカツキ准将閣下がどうかしましたか? 可愛らしくて、とても強い方ですけど」


 二人がこの発言をした瞬間にバーレイ曹長は二人を睨み、同時にハンドサインで後ろにいたコートニー少尉とエドガー軍曹にはハンドサインで魔法障壁の即時発動を告げる。少尉には自分が攻撃を仕掛けるとも。

 少尉と軍曹も『准将』という単語で一気に警戒度を上げた。


 「おかしいな。アカツキ『准将』閣下は昨日付で『少将』閣下になられると発表があったのだがな?」


 「ええ。英雄閣下のさらなる出世はめでたいとおれ達は話してましたよ曹長」


 「憧れの人の昇進は自分の事のように嬉しかったと僕は話していたよな、曹長?」


 「はい、少尉。となると、だ」


 バーレイ曹長は二人に聞こえない程に小さい声で魔法障壁を即時発動の準備を整え、腰に据えていた魔法杖を手にかけてこう言った。


 「貴様等は、誰だ?」


 そしてバーレイ曹長は間髪入れずに火属性魔法を詠唱して攻撃を敢行した。

 突然の魔法攻撃に二人は魔法障壁を発動する暇なく直撃。炎に包まれ、馬は即死した。


 「まったく、勘のいい人間がいるものねえ」


 「ええ、『姉様』。とっても目障りだわ」


 ところが火属性魔法によって発生した煙から二人はバック転して現れ、華麗に着地をする。彼女らには魔法障壁が展開されており、無傷だった。普通の魔法能力者ならありえない事である。


 「嘘だろ……。どうしてあの距離で発動出来て無傷なんだ……」


 「最悪だな、軍曹。また、だ」


 「まったくです、曹長。あの時はまだ少佐だったアカツキ准将閣下がおられましたが今回はいません。遺書が役立つだなんて嫌だなあ……」


 愕然とするコートニー少尉に対して、バーレイ曹長とエドガー軍曹は体を震わせて恐怖を滲ませながらもまだ冷静さを保っていた。

 そう、目の前にいたのは外見を偽装させていたあのチャイカ姉妹なのであるのだから。


 「見つかってしまったら仕方ないわあ。楽しく遊ばせなさい?」


 「姉様とわたしで、殺してあげるわ。くひひひっ!」


 狂気の笑みを浮かべる二人。ヴァルキュリユルを持っていた頃のアカツキが負傷するような相手である。B-かBの三人では万が一にも勝てる見込みはない。

 だからこそ、バーレイ曹長の決断は早かった。


 「少尉」


 「な、なんだ、バーレイ曹長」


 「ここは俺とエドガーに任せてお逃げ下さい」


 「時間稼ぎはおれ達に任せて、少尉はこの事態をソコラウにお伝えを」


 「馬鹿言え! 部下を置いて――」


『早く!』


 この場に留まろうとするコートニー少尉に対して叫び声のように上げる曹長と軍曹。

 現在地点から馬の全速力で十分程度のソコラウには魔法無線装置があり、緊急事態を誰かが伝えなければならない事。そして何より、将来の見込みがある彼をここで死なせてはならないとの判断からであった。

 コートニー少尉は歯を軋ませ悔しさを滲ませながら、しかし曹長の発言は正しいからこそこう返すしか無かった。


 「生き残ってくれ」


 「はっ」


 「必ず」


 一言だけ言い残し、コートニー少尉は全力で馬を駆けさせ始める。

 だがチャイカ姉妹がそれを逃すはずもない。


 「ばぁか。皆殺しに決まってるじゃないのお」


 「ひひっ、死になさいな!」


 「させるかっ!」


 「少尉殿には生き残って貰わねえと困るんだよっ!!」


 ラケルは黒炎を、レーラは黒剣を複数発現させ、狙いをコートニー少尉へと澄ます。しかしバーレイ曹長とエドガー軍曹はそれを許さない。詠唱は彼女らより若干遅れるものの、姉妹ではなく具現化された炎と剣に向けて風魔法を撃ち込んだ。

 それらは確かに命中するも、魔力の質に隔絶的な違いがある為か一つあたりに複数命中させて消し去るのがやっと。五割ほども残ってしまいそのうち二割がコートニー少尉へ、三割は二人に襲いかかる。

 バーレイ曹長とエドガー軍曹は舌打ちしつつも魔法障壁を自身が限界まで展開な数を発動させ、突撃を敢行する。端から魔法戦では敵う相手ではない。であるのならば不慣れであっても接近戦に持ち込むしかなかった。

 後ろからはコートニー少尉に攻撃が命中してしまう音が聞こえる。魔法障壁が破壊され、悲鳴も耳に入る。しかし馬が駆ける音がしている事から少なくとも生存しているのは分かった。

 自身にも攻撃が浴びせられるが魔法障壁で辛くも防ぎきり、超近距離で曹長と軍曹は魔法攻撃をしようとした。


 「突っ込んでくるなんて大馬鹿者ねぇ。『座標固着』」


 「愚かな人間。黒剣集束。続けて、黒剣狙撃」


 嘲笑するチャイカ姉妹。姉はアカツキさえも防げなかった『座標固着』を、レーラは軍曹の頭上前方後方に、曹長の前方にも黒剣を発現させた。さらには全速力で逃げるコートニー少尉には本数が減るものの黒剣狙撃で狙い撃つ。


 「なっ!?」


 「がはっ!!」


 魔法障壁の大部分が消失したエドガー軍曹はひとたまりもなく黒剣が複数突き刺さり絶命、黒剣が命中して落馬した上に座標固着を受けたバーレイ曹長は金縛りにあったかのように動けなくなる。二人の馬にも黒剣は突き刺さった為に転倒してしまった。

 黒剣狙撃は魔法障壁を追加展開していたコートニー少尉に直撃。魔法障壁が大部分を防ぐが一本が馬に命中し、落馬してしまう。


 「コートニー少尉……!」


 「耳障りだから黙りなさいよ」


 金縛りを受けてもなお彼の名前を口にしたバーレイ曹長だったが、レーラが嫌悪感を露にして黒剣を顕現させると首から上が飛び、あっけなく命を散らしていった。


 「姉様、あのガキが生きているかもしれないけれどどうしようかしら?」


 「そうねえレーラ。見つかってしまったのなら殺すべきだけど、あの怪我じゃ長くはないわあ。さっさとここから離脱した方がいいかもしれないわねえ」


 「そうね、姉様。こんな雑魚より目的はあいつだもの。今から楽しみで仕方がないわぁ。ひひひひっ!」


 「だったら早く行くわよぉ」


 「ええ、ええ!」


 時間にして僅か数十秒で戦闘は終結し、チャイカ姉妹は姿を消した。

 しかし、姉妹がコートニー少尉を殺さなかったのは間違いだった。確かに魔法攻撃を受けて大量出血していた彼は命の灯火は消えかかっていた。だが、三十分以上が経過しても最期に魔法を発動させる程にはまだ息があったのだ。


 「ぐ……、う……。く、そ……。つた、え、なければ……」


 彼は息絶え絶えになりながらも、杖を握り呪文を口にする。唱えたのは彼にとって最も高威力の雷属性の中級魔法。

 それは上空に打ち上げられ、凄まじい雷鳴を轟かせる。十キーラ先のソコラウにも異常事態を知らせられるほどには。


 「つた、わ……、れ……。あ、と……、は……」


 彼は魔法を放った後、偶然持っていたメモ帳をコートの内ポケットから取り出して血塗れになった指を使って血文字を書く。


 「こ、れ……、な……、ら……」


 彼はメモ帳に血の文字を書き終える。最期の力を振り絞って異常事態を知らせるだけで無く、その理由も残したのだ。

 しかし、今際の際の言葉はやはり若者らしいものだった……。


 「し、にたく、ない……。とうさ、ん……。かあ、さん……」


 そうして彼は死んでしまった。

 だが、決して彼の死は無駄では無かった。むしろ大戦果であった。

 偶然ソコラウから西に三キーラの郊外に馬に乗って哨戒を終えた兵士が五人いたのである。

 当然この異常を察知した彼等は探知魔法を用いて現場へ急行。すぐにコートニー少尉は発見される。そう離れていない所に首のない死体と黒剣が複数突き刺さった死体も。

 そして、分隊長はコートニー少尉の手元にあるメモ帳を見つける。そこには血で書かれた文字でこうあった。


『ふたご、にし』

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