第8章 襲撃の残虐姉妹と第二攻勢開幕編
第1話 新戦争計画の内容
・・1・・
2の月27の日
午後3時5分
アルネセイラ・連合王国軍統合本部アカツキ執務室
結婚式と披露宴、そして初夜を過ごしてからそろそろ十日が経つ二の月末。相変わらず快進撃を続ける法国では既に春の便りが届き始めているらしいけれど、ここアルネセイラは一昨日まで雪が降っていて今日になっても窓から眺める統合本部の庭には残雪が見受けられていた。
今日も統合本部には多くの軍人が忙しく動き回っている。その最中で、僕はというと自身の執務室でリイナと二人で軍務に励んでいた。新戦争計画が決定し、春季攻勢計画も完了してそれらの細部確認に追われているからだ。
「結婚式後に貰った四日間の特別休暇が懐かしい……」
「春には第二攻勢があるからとはいってもこの書類の量は、流石にそろそろ休憩が欲しいわね……」
「分かる……。でも休憩時間を挟んだら帰る時間も遅れるね……」
「それだけは嫌よ……。旦那様との二人の時間が減るじゃない」
リイナはそう言いながらも目の前にある書類の山にため息をつく。僕もリイナと同じくらいに山脈を形成している書類の束を恨めしく睨むと、コーヒーを飲んで眠気覚ましをした。
初夜の翌日から四日間までは特別休暇が与えられたからのんびりと二人で羽を伸ばして過ごせたし、初めてを終えれば抵抗感は減るからか二度ほど体を交じ合わす機会があったけれど、休暇が明ければそれまでの時間的余裕はどこへやら。
春の攻勢に備えて膨大な軍務をこなさなければならない僕達は休日返上かつ、いつもより二時間以上遅い帰宅を強いられていたんだよね……。労基はいずこへ……。いや、軍に労基なんてそもそも無かったや……。
「リイナ、次の書類は?」
「ええ、と。今日決裁しなければいけないものは大体終わったから、これね。印を押すものじゃないけれど、目を通さないとダメなやつよ。新戦争計画策定に伴う将官級講習会ね」
「あぁ……。確かそれって、来月二の日に開かれる講習会だね。しかも僕が話さなきゃいけないのだ……」
「あらあら。参謀本部作戦参謀次長は大変ね。――そうだわ。アナタなら直に携わっていたのだから全て暗記しているでしょうけれど、念の為に講習会の説明役に備えて予習しておきましょう?」
「いい提案だね。判を押すばかりの作業はいい加減飽きたから……」
「旦那様は単調な作業が苦手だものね。当日用のレジュメを出すから少し待っていてちょうだい」
リイナは言うと、複数の鍵を取り出して自分のデスクにある二つの鍵穴に対応する鍵をさしこむとデスクと一体化している収納棚が開く。
彼女はそこから数十枚に及ぶレジュメを手に取った。
「新戦争計画将官級講習会資料。うん、これね。じゃあ旦那様、始めるわよ」
「いつでもどうぞ」
「新戦争計画の名称と内容を簡潔に教えてちょうだい」
「うん。新戦争計画の名称は――」
リイナの問いに対して、僕は脳内で記憶している内容を言っていく。
新戦争計画の名称とその中身は文章で書き起こされるとしたらこんな感じだ。
『アルネシア連合王国軍新戦争計画、名称:コード・ブラック』
本戦争計画は従来の戦争計画では現状にそぐわない可能性が極めて高くなった為策定されたものである。
なお、概要は以下に記す。
1,従来の戦争期間である二年から、五年へと変更し相当の長期戦を想定。
2,複合優勢火力ドクトリンを根幹とした戦略による戦争遂行。
3,旧東方領の奪還だけでなく、ルーディア山脈以東妖魔帝国本領への進出。勝利実現の為に北部峠から東進し、
4,3の前提としてそれに耐えうる兵站線の構築。
5,1に伴い戦時経済の強化及び軍需産業・軍事関連研究開発への予算追加投入。
6,火力のさらなる増強を目指し5を行い新兵器を逐次投入。ただし、現行兵器及び軍種のさらなる充実を優先とする。
7、1に備え現在陸軍五十一個師団に増強。第三期徴兵を想定した編成計画の策定。海軍は現状二個艦隊の質的向上。海軍次期艦隊構想参照。
8、協商連合陸海軍との綿密な連携。連邦軍や法国軍とも連携強化。
「――だね」
「完璧ね。なら、このまま各項目の詳細確認に移りましょう」
「分かったよ。まずは1について。今までの戦争計画は期間を二年としていたけれど、戦争狂の皇帝はちょっとやそっとじゃ講和する気はさらさらないし、そうなると相手が相手だけに二年想定じゃ短すぎる。だから五年に変更したわけさ。この後に続く項目もこの年数に従って考えられているね」
「五年もだなんて気が遠くなりそうだけれども、妖魔帝国との戦争はそれだけ一筋縄ではいかないというわけよね」
「そういう事さ。二つ目は今まで通りの戦略で戦争遂行していく事の再確認だね。もちろん、敵に対して臨機応変に対応していくけれども」
「通常火力と魔法火力をもってして敵を圧倒する。量に対しての質というわけね。だから7の項目にも反映されているわね」
「そそ。で、三つ目なんだけどこれは結構揉めたんだよね。旧東方領の奪還は大前提として、まずは山脈を越えるかどうか、越えたとしてどこを侵攻拠点としていくかがさ」
「ここを議論しあっていた時が、旦那様の疲労が一番滲み出ていたのを思い出したわ」
「戦争の趨勢を決める、大事な部分だからね」
三点目は新戦争計画の目玉の部分。妖魔帝国に対していよいよ侵攻を仕掛ける話になる。
旧東方領を奪還したとしても、妖魔帝国にとっては元々の自分達の領地ではないから心理的にもダメージが少ない。例えば、現在山脈北部峠の西側拠点とされているダボロドロブを僕達が占領しても敵の本国は山の向こうで、そこから次々とやってくるのだからキリがなく防戦一方になってしまう。
そうなると必要になってくるのが、敵領地の占領だ。敵拠点を奪い取り、今後のさらなる侵攻の橋頭堡とする。
僕達にとっては不可欠な拠点になるし、妖魔帝国にとっては本土を侵攻されたという精神的作用も大きい。
問題はどこから侵攻してどこを戦線とするかだったんだけど、捕虜にした魔人からの情報をもとに分析した結果、山脈東部の麓にあるキャエフへ侵攻しキャエフの南にあるボルダバへも侵攻。ここを結ぶラインを戦線とする事になったんだ。
「キャエフは現在も大規模の軍勢が送られている敵の一大拠点であり妖魔帝国北西部の主要都市。しかもこの都市は地理的に北にあるサンクティアペテルブルク、東にあるブリャンスカ、南にあるボルダバの何れにも侵攻しやすくて、その反面都市の南北東を川に囲まれているから防衛拠点に非常に適しているという橋頭堡に理想的な場所だからね」
「中部峠からの侵攻も案にはあったそうだけれど、いくら妖魔軍によってよく整備されているとはいえ三つの峠の中では一番厳しいものね……。北部峠なら西側にダボロドロブもあって補給拠点にはぴったりだし、南部峠よりは険しいけれど、敵軍が整備した道を使えば十分に進軍可能よね」
「中部からの侵攻を支持する人は結構多かったんだよ。敵軍の数はこっちの方が少ないから。だけど、冒険的過ぎるのはやめておこうってなったんだ。そもそも中部峠まで行くにはさらに旧東方領の占領地域が拡大するし、確実に衝突するから。で、敵軍は多いけれど占領すれば防衛に向いて拠点に最適なキャエフが選択されたってとこ」
ただし、攻めるとなれば必ず頭に入れないとはいけないのが物資補給、兵站線の構築だ。それが四つ目の話になる。
「でも、敵国側に侵攻するのならば兵站面もこれまで以上に配慮しないといけないわよね?」
「妖魔帝国は広大過ぎるから頭の痛い話だね……。あの国は人類諸国の全面積より広いんだから。とりあえず、ダボロドロブについては春季攻勢で占領するのは決定事項だけれど、秋にはシュペティウまで仮設鉄道が開通する予定だし、ジトゥーミラや最終的にはダボロドロブまで敷設するつもりでいる。これで物資弾薬の輸送は飛躍的に能力が向上するし、山脈越えは鉄道は頼れないけれどキャエフ侵攻に十分備えられるわけだ」
「確か輸送には連合王国軍でも導入する魔法蒸気機関のトラックが使われるのよね」
「そうそう。協商連合の方が一足先だけど、ダボロドロブ占領の時期までにはある程度数は揃えられるし、キャエフ侵攻の時にも使う予定だよ。妖魔軍はご丁寧に整備してくれているお陰だね。ただ、捕虜が全て正しい事を言っている保証は百パルセントじゃないから偵察飛行隊で上空偵察をしてどれくらい道が整備されるかは確かめるけどさ」
「それでも馬だけじゃなくてトラックの輸送もあればかなり負担が軽くなるでしょうし、量も多く送れるでしょうね」
「うん。確実にそれは言えるよ」
四つ目の話を終えると、今度は五つ目と六つ目に話が移る。
五つ目については国家予算に対する軍事費拡充で対応する。国民の生活に大きく影響しない程度の増税と、国債発行で賄う予定だ。それらで確保した予算は六つ目に使われる事になる。
「七つ目の第三期徴兵はどれくらいの予定なのかしら?」
「現状陸軍が五十一個師団にまで拡大するけれど、さらに九個師団増やして六十個師団までを予定しているよ。ただ五十一個師団の現状でも経済に微かとはいえ影響が出ているし、六十個師団への増強はあくまでも編成計画までの段階だね。まずは今ある手持ちの練度向上が先決さ。魔法能力者も志願で結構集まってきているし」
「最後の八つ目、他国との関係についてはどうするつもりかしら?」
「昨年末の会談で協商連合の派兵が決定されて、北部戦線は連邦も含めれば三カ国連合で戦うことになった。協商連合とは綿密な連携をしていくし、連邦軍とも連携強化を。法国軍は現状あまり連携が取れていないけれど、既に協調して動くように働きかけているよ」
「そのあたりは軍だけじゃなくて外務省の仕事でもあるわね。協商連合はともかく、法国が素直に聞くようには思えないけれども……」
「トップがあの法皇だからなあ……。それでも現場組は優秀だって信じてるよ。マルコ中将だっているんだし」
「そういえばあの方、今回の領土回復運動の総指揮官だったわね。実績からすれば当然だけども」
「まあね。さて、と。これで新戦争計画の概要は全部かな」
「ええ、パーフェクトだったわよ旦那様。当日もバッチリね」
「連日参謀本部でああでもないこうでもないと議論を重ねていたからね。頭にこびり付いているってものさ」
「そうよね。屋敷に帰っても、私に細かい点を聞いてきたりしてたんだもの」
「リイナのお陰で閃いた部分もあったから助かったよ。春季攻勢についてもさ」
「どういたしまして、旦那様。さあ、予習をしていたらもう四時半過ぎよ。そろそろ書類整理や明日の準備をして帰りましょう?」
リイナの言うように、懐中時計で時刻を確認するともう四時半を過ぎていた。あと少し業務をこなしたら統合本部を出る時間だ。しばらくの間残業が続いていたし、休日返上もあったくらいだから今日は定時に帰りたいんだよね。
「だね。あー、甘い物が食べたいよ」
「……思い出したわ。朝にレーナから伝言を頼まれていたんだけど、夕食のデザートはイチゴのジェラットらしいわ」
「本当!? それは楽しみだ!」
「ふふっ、旦那様は甘い物が大好きよね。私も好きだけれども」
「甘味は癒しだもの。よしっ、ちゃちゃちゃっと片付けてしまおう!」
俄然やる気が出てきた僕はすぐさま今日の残務処理に取り掛かり、予定した時刻に統合本部から屋敷へ帰った。
仕事に励んだ日のデザートはそれはもう絶品だったさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます