第5章 新召喚武器召喚編

第1話 療養から明けて

・・1・・

 7の月22の日

 アルネシア連合王国軍統合本部

 アカツキ准将執務室


 一ヶ月近くに及んだ療養は先週水曜日に明けて、ようやく体の鈍りも取れてきた週明け。僕は連合王国軍統合本部の一室、将官用に用意されている執務室で休んでいた間に溜まりに溜まっていた報告書などに目を通していた。


「旦那様、随分と難しい顔をしているわね。それとも目が疲れたのかしら?」


「両方かな……。ずっとベッドとお友達って訳じゃ無かったからある程度は話を耳にはしてたんだけどね。ただ、正式な書類を改めて見てみるとかなり状況が変化してたからさ。色々と考えを巡らせないとって思うと集中しちゃって」


「だから今日も昼食は軽食にしたのね。けれど、無理は禁物よ。食後のコーヒーはいるかしら?」


「貰えると助かるかな」


「分かったわ」


 リイナがいれてくれるコーヒーはとても美味しいのでつい頼んでしまう。

 目の前にコーヒーカップとソーサーが置かれ、口につけるとほう、と息をつく。

 少しの間リラックスをするけれど、時刻は午後一時半で軍務中の時間だ。だから僕はまた書類に目線を戻した。


「旦那様、それは?」


「ルブリフ丘陵の戦い以後の、本国での動向だね。もう一つの書類の経緯いきさつにもなってるからさ」


「確か私達がイリスにいる間に戦時編成が本格的に行われて完了したのよね」


「そうそう。これまでの五方面軍体制から三つの統合軍に再編成されたんだ」


「東部統合軍はそのまま維持で、中央方面軍に北部と西部方面軍の一部が編入されて中央統合軍、編入されなかった西部と北部方面軍が西部方面軍に。だったわよね」


「うん。東部統合軍がまた妖魔帝国軍が現れてもいいようにあれからさらに戦力を拡大させて十五個師団になったんだ。中央統合軍は従来通り王都の防衛と東部統合軍に損害が出たり休息が必要になった時に速やかに編成変更を可能にする為の戦略予備だね」


「そして西部統合軍は国内の治安維持や不測の事態に備えた警戒を行うわけね。西部統合軍の三割は新しいライフルや大砲の更新待ちだし、残りも確か――」


「慣熟訓練の途上だね。これまでのライフルや野砲とはまるで運用も変わってくるから。参謀本部の見立てでは西部統合軍の訓練及び実戦形式演習の完了は半年後の見込みだって」


「流石に十万単位ともなれば時間もかかるわねえ……」


「いくら工業力に優れたこの国でも一朝一夕で武器が出来上がる訳じゃないからね。練度の高い師団や、優先度の高い東部や中央に回すとこうなっちゃうさ。それに、兵数の総員も増えているんだから尚更だね」


「これまでの三十五個師団から四十一個師団への増加だったわね。傭兵組合にも戦時だから軍への協力要請は既にされているけれどやっぱり徴兵も必要よね」


「傭兵組合は本来の仕事もあるからね。当たり前だけど戦争となれば徴兵の出番だ」


 第二次妖魔大戦と言ってもいいこの戦争が始まってから、当然ながら連合王国でも戦時徴兵令が発動された。工業力と経済力に影響を及ぼさないように配慮されたから他国に比べれば緩やかな徴兵で約六万人に召集令状が送られている。

 徴兵の理由は東部統合軍の大幅増員による中央と西部の穴埋め。治安維持や事態対処ならばある程度の訓練を積めばこなせるし、何も常設師団を根こそぎ東部に動かした訳では無い。特に中央は近衛を始めとした精鋭達は王都防衛を強固にしたままだ。だからこそのこの人数なんだよね。

 とはいえ、それでも六万人だ。暫くの間はストックにしてある旧式のライフルで間に合わせるにしても、いずれはD1836に更新しないといけなくなる。それに考えたくは無いけれど戦略予備の予備的な性格を持つことになった西部統合軍から東部に派遣しなくてはいけなくなる可能性はゼロじゃない。戦時編成の財政にモノを言わせての急ピッチな徴兵と訓練。それはもう一つの書類に書かれている内容にも関わってくる。なぜ西部統合軍の体制を整え、予備の予備にするのかもだ。


「西部に国内を任せたがるのも、いずれは交代などで戦線に出すこともかんがえているのはあ、これを見たら納得したよ」


「先の大戦で失陥した領土の奪還。逆侵攻作戦ね。ここ一月ひとつきの敵の動向を思えばいつかは行われると思っていたわ」


 そう、もう一つの書類に書かれているのは防衛についてではなく、積極的な攻勢に出るというものだった。

 僕達がイリス法国で戦っていた時も、そしてアルネシアに戻ってからも妖魔軍は連合王国に対して散発的な攻撃しかしてこなかった。ルブリフ丘陵の戦いはなんだったのかと思える程に小規模で、召喚士偵察飛行隊を向かわせても大攻勢の兆しは無し。

 連邦では未だに激戦が繰り広げられているというのにまるでやる気を感じられないその姿勢に軍は訝しむものの、同時に希望を見出していた。

 これは領土奪還を実行するのに格好の機会なのではないかと。

 結果、参謀本部ではイリス法国に遠征軍を送り出したのも同時に攻勢計画を策定。過去に攻勢を想定した作戦要項が作られていたから、それを今の時代と軍の仕組みに合わせて改良をするだけで済んだ。お陰で一ヶ月半で大方纏まり、近々正式に通達がされるらしい。

 そして、今回は攻勢だけあって作戦名オペレーションネームまでついていた。それが。


「作戦名は『鉄の暴風作戦』か。今の連合軍の戦略計画にはぴったりだ」


「通常火力と魔法火力の二つで敵を圧倒する、複合優勢火力戦闘教義に則った作戦ね。旦那様の改革案が実行され、参謀本部の頭脳が結集されて生み出された新たな連合王国の戦闘教義。これがあれば作戦は必ず成功するわ」


 鉄の暴風作戦。

 他国を圧倒する通常火力と、魔法能力者の精鋭を集結させて運用し、もし妖魔軍が現れても殲滅せんとするのがこの作戦だ。


「二つの目標を達成する為には必ず成功させないとね」


「上手くいけば我がアルネシアだけじゃなくて連邦に対しての助けにもなるものね」


 二つの目標は以下のようになる。

 一つ目はなんといっても領土の奪還だ。二百五十年前に妖魔帝国によって奪われた連合王国の土地は偵察飛行隊によると、理由は不明だけどほとんど開発されていないらしい。放置されている所もあるのだからそれはもう荒れ放題だとか。

 取り戻したところで復興には大きな労力と時間がかかるかもしれないけれど、ここはかつて連合王国だったんだ。軍がこの作戦にかなり力を入れているのはその為だろう。そうでなければ参謀本部が短期間で本気を出して作戦策定なんてしない。

 次に二つ目の目標は、連邦の戦線いわゆる北部戦線の支援だ。

 北部戦線にはまだ四万の魔物軍団が残っている。どうやら北部戦線の魔物を操る召喚士部隊は優秀みたいで、魔物を使って連邦軍の出血を強いられているらしい。また山がちな地形もあって大規模に侵攻するにもやりづらいらしく、戦線は膠着状態になっていた。

 そこで連合王国軍は鉄の暴風作戦が主にルブリフから東と北東を中心に攻勢を仕掛けることから逆侵攻と同時に北部戦線の魔物軍団を背後から襲う事を決めたんだよね。

 この決定は連邦軍上層部にも伝えられたんだけど。


「連邦軍は諸手を挙げて喜んだみたいでね。協力は惜しまないってさ」


「あちらからしたら願ってもみないものね。北部戦線の四万は減っては増えてを繰り返しているらしいもの」


「後方から定期的に補充されているらしいね。偵察飛行隊からも報告があったよ。意図が読めないけれど、連合王国でも法国でも敗北したから今は連邦に集中するつもりなのかな……。もしくは誘引の可能性もあるかもね……」


「誘引だとしても、今度のこっちは十五万よ。慢心しない限り敗北はありえないわ」


「勿論、参謀本部も現場もその心づもりだよ。決行は八の月下旬。冬が訪れる十の月まつまでには妖魔軍を駆逐して連邦と合流したいって」


「期間は二ヶ月。長いようで短い日数になりそうね……。二ヶ月なんてあっという間だわ」


「まあね。だからマーチス大将閣下は最善の手を尽くすって言っていたよ。作戦司令官はルブリフでの活躍が評価されてアルヴィンおじさんに決定。副司令官はルークス少将閣下。いわゆるルブリフ組と後は中央組からもで指揮人員を固めるみたいだね」


「旦那様はどうなるのかしらね。今日までで話は無かったみたいだけど。残念半分、安堵半分だわ」


「仕方ないよ。僕は召喚武器を破壊されてるから。魔法だけでも戦えないことは無いけれど、敵地では心許なさ過ぎる。ましてや双子の魔人に狙われている身だからね」


「私もあんなのもう二度とごめんよ。…………次こそは私が必ず守ってみせるから」


「ありがとう、リイナ」


 リイナは悔しさを滲ませながら言う。

 帰国して以来、あの時の事が余程堪えているみたいで彼女は時々僕がいなくなってしまわないかと不安がる事がある。当本人より周りの影響が強い典型的な形だ。感情の大小はあれどリイナ以外も同じようなもので、だからこそメイド服の時みたいな発散も必要だったのかもしれないと僕は思う。次はあっても困るし着ないけどさ……。

 伏し目がちになっているリイナに対して、僕は安心させる為にも微笑んで返すと、リイナは。


「どういたしまして。私も強くなるから」


「今以上だなんてそれはもうSランクだと思うよ……?」


「あら。強い妻は嫌いかしら?」


「頼もしくて好きだけど」


「でしょう?」


 いつも通りの凛々しく美しい女性の笑顔になった。

 しかし、召喚武器の件は本当に深刻だ。このまま召喚武器無しとなれば魔法銃なりで武装しなければならないけれどやっぱりAランクのヴァルキュリユルに劣ってしまう。召喚石はノースロード家保管の分もあるけれど、希少なアレをヴァルキュリユルの時に使っていてもう一度召喚するには数が足りない。となれば傭兵組合に採掘依頼を出すか、国庫にある分を相当な費用かけて買取り召喚するしかない。

 どうしたものか……。

 リイナとの会話を楽しみながらも、頭の隅には憂慮が付きまとう。

 そんな時だった。


「アカツキ准将閣下。入ってもよろしいでしょうか。」


 執務室のドアがノックされる。入ってきたのはマーチス侯爵のあの秘書官、エリス中尉だった。


「どうぞ」


「失礼します。お久しぶりです、アカツキ准将閣下。体のお加減も良くなったようで何よりです」


「魔法軍医も軍医も優秀な人ばかりだからね。お陰で左腕もほとんど元通りだよ。まだ動かしにくい時はあるけれど、刺し傷だけで大きく抉られていなかったからかもね」


「負傷の話を耳にした時は我々は大きな衝撃を受けました。同時に、心配と不安も。ですが、先週軍務に復帰されたとのことで一同安堵しております」


「迷惑かけてごめんよ。ところで、何か用があってきたんだよね? 君なんだから、マーチス大将閣下からの伝言? それとも僕が呼ばれる方かな?」


「後者の方です。マーチス大将閣下がアカツキ准将閣下をお呼びです。リイナ中佐も副官ですからご一緒にとのこと」


「了解したわ」


「分かった。今すぐ向かうよ」


 マーチス侯爵の用事は一体なんだろうか。

 心当たりはいくつかあるけれど、どれがとは言えない中で僕とリイナはマーチス侯爵の執務室へ向かった。

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