幕間1 アカツキちゃん

※前書き

この場面は幕間につき、本編の息抜き要素になっています。ギャグに偏りまくってますのでご注意を。

さらに主人公が合法ショタなのをいいことに、作者の性癖が大爆発しています。女装ネタが苦手な方は、次の本編にお進み下さい。

こういうのが好きなんだよ! 待ってました!

という方は、このままお楽しみくださいませ。






・・Φ・・

 七の月も中旬に入り、王都アルネセイラでは最高気温が二十五度を越える汗ばむ陽気になった頃。

 戦時中にも関わらず暫く療養するように命じられてはや一ヶ月が経とうとしてこの日。我が家であるノースロード王都別邸の一室に僕はいた。


「はぁ…………」


「旦那様、そんなにため息をついていたら可愛いお顔が台無しよ?」


「どんな服を着せられるかも分かったもんじゃないから、気が気じゃないんだよて……」


 盛大に吐息を吐く僕に対して、リイナはさっきからずっとニコニコしている。

 なんで僕がこんなに憂鬱なのか。

 そう、あの約束が実行される日が来てしまったんだ。


 女性の服を僕が着る。


 たったこれだけかもしれない。でもだ。僕には積極的に女装をする趣味は無いし、未だに着るハメになる服が何なのかを知らされていない。

 もしとんでもない露出の服だったら。そう思うと、ため息の一つでもつきたくなるよね……。

 さらに問題は一つ。この場にいるのはリイナだけではない。右隣にはリイナだけれど、左隣にはもう一人いる。専属メイドのレーナだ。


「ねえレーナ。さっきから随分と頬が緩んでいない?」


「いえ、そんなことはありませんよ。普段通りです」


「うっそだぁ……」


「本当です」


 いつものように涼しい声で答えるレーナだけれど、声のトーンが高いし明るい。第一、僕は知っているぞ。リイナに「旦那様の女性服姿、見に来る?」と聞かれて、見に、の時点で即答したのをね!


「どうしてそんなに僕の女装姿が楽しみなんだか……」


「可愛いからよ」


「可憐だからです」


「ぴったり声まで揃えるくらいか……」


「当たり前よ」


「常識です」


 そんな常識があってたまるか!

 リイナはともかくレーナまで感化されているのに僕は頭を抱える。

 このまま服が来ないことを祈りたいけれど、現実は非情だ。部屋のドアがノックされる。


「誰かしら?」


『アカツキ様を女の子にさせ隊一同です!』


「待っていたわ。入りなさい」


 なんて名前の部隊だ! しかも同時に複数人聞こえたぞ精鋭かよ!

 明らかに士気旺盛で練度の高そうな声の主達が入室する。そこにいたのはヨーク家王都別邸で見た事のある面々だった。


「リイナ専属の化粧係に衣装係……。君らもか……」


「リイナ様の願いは!」


「私達の願い!」


「アカツキ様を必ずや」


「可愛い女の子にしてさしあげましょう!」


「ふふっ、軍も顔負けの揃い方ね」


「本当にね!!」


「見事です。感動しました」


「レーナ、そこは感動するところじゃないよ!?」


「…………?」


「首を傾げないで!」


 これはダメだ。包囲網が完全に構築されている。

 戦況は我に甚だ不利なり。之が最後の電報になるだろう。とでも言いたくなるよ……。

 で、だ。二人いる衣装係の内、茶髪のショートカットの綺麗な女性が腕にかけているのは貴族であるのならば毎日目にする服飾だった。


「メイド、服……?」


「ご名答よ旦那様! 旦那様に着てもらうのはメイド服よ!」


「ロングスカートの?」


「ええそうだけど?」


「良かったぁぁぁぁぁぁぁ……」


「あら、意外な反応ね」


 いや良くはないけどね。てっきりバニーガールだのスクール水着だの――この世界にも存在しているかは定かではないけれど――、果てはネグリジェだのでも出されたら時勢柄不謹慎だけど世界の終わりでも願いたくなるところだった。まあこれだけの人がいるのだからそうそう過激なものは出てこないだろうけど、何はともあれ最悪の事態だけは避けられたようだ……。


「ささアカツキ様!」


「早速お着替えを!」


「メイクも致します!」


「わたくしの全身全霊をかけて!」


「やる気満々だなあ!」


『はい!』


「はいじゃないがー!」


 改めて言おう。だがしかし現実は非情である。

 リイナとレーナは完成のお楽しみを待つために一度退室し、僕は着せ替え人形のように服を替えさせられていく……。あぁさよなら、さっきまで着ていたフォーマルカジュアルスタイルのような普段着……。

 僕は男なのに女性二人にメイド服の着付けをされていく……。

 メイド服だからノーメイクだと思いきや、程々には施すらしく薄い口紅を塗られ目元もいじられる。はい知ってますよ眉毛もですよね……。前世のメイド喫茶にいるタイプならともかく文献資料に忠実なこの世界のメイドがこんなに化粧するわけないでしょうに……。


「こちらもお付けしますね」


「ええぇ、それも……」


「はい!」


「ああそう……」


 衣装係の若い女性が用意したのはウィッグだった。それも結構長い。触らせてもらったらかなり触り心地がいいから、相当に高価なものなんだろう……。あの残念美人嫁は僕の女装にいくらかけたんだか……。

 そうして着付けやメイクなどをされる事一時間。なんと一時間だ。

 僕ことアカツキ・ノースロードはメイドになりました……。


「リイナ様、レーナさんどうぞお入りください!」


「完璧です! 渾身の出来です!」


「最高ですよ!」


「尊いです!」


「なんですって!?」


 バタン、と我慢ならんという様子で激しく扉が開けられる。


「ど、どうも……」


「…………天使だわ」


「はぁ!?」


 口元を手で覆い感極まっている様子のリイナと、かつてない程に目をきらめかせるレーナには僕の姿はこう写っている事だろう。

 髪の毛は色こそ同じであるけれどいつもと違い肩まで届くセミロング。ナチュラルメイクの部類に入るとはいえ瞳はいつもより大きく、くりりとしている。唇には薄い赤の口紅。

 格好は連合王国以外でもオーソドックスなタイプのロングスカート仕様のメイド服。ただしフリルがあしらわれたヘッドドレスにはご丁寧にワンポイントのリボンがあしらわれている。さらに首にはシンプルではあるけれど黒いチョーカー――しかもこれ、王都旧市街地の高級店のらしい。お値段なんと五百六十ネシア(日本円換算約五万六千円)。チョーカー一つでだぞ!)まで付けられた。両手で持つのはこの家のどこからか持ってきた掃除用具の箒。

 今の僕は、外見だけならまごうことなく女性であってメイドであった。


「さあアカツキ様!」


「あのセリフをどうぞ!」


「えええぇぇぇ……」


『ど、どうぞ!!』


「…………は、初めまして。私はアカネ。アカネ・ノーシュ。アカネ、とお呼びください。ご、ご、ご主人、様……」


「私今から男になってくるわ」


「待て待て待て待て待て!!」


「なぜ待たないといけないのかしら!」


「僕だよ! アカツキだよ!?」


「え、アナタはアカネでしょう? そして今から私が娶って嫁になるの」


「嫁は君だよ!!!!」


「いいえ私は旦那よ」


「誰か医者を呼べ!! 僕の嫁がご乱心だぞ!!」


「あら僕の嫁だなんて嬉しい。じゃなくて、私は旦那よええ旦那。夫なの」


「やっぱり乱心だー!!」


 リイナが史上最大級のポンコツ具合だ。言語野までやられているのか発言はめちゃくちゃだし、あれはきっと記憶領域までやられている。


「アカツキ様。いえ、アカネ様」


「あ! か! つ! き!」


「私のメイド長になってください」


「僕は君の主だっての! いつもの君はどうした!?」


「私は至って平常ですよ。何を仰っているんですか」


「そっくりそのまま言葉を返すよ!!」


 リイナどころかレーナまでおかしくなってしまった!

 嗚呼、なんてことだ。この世は地獄か……。レーナは信じていたのに……。

 ところが。ところがだよ。まだ続きがあったんだよ。着て終わりじゃなかったんだ……。

 再びドアがノックされる。僕にとっては爆撃機による絨毯爆撃の音より怖いよ……。


「どうやら着いたようね。入りなさい」


「失礼致します」


 僕の目の前に現れたのは、大きな機材を持った仕立てのいいスーツを着た老齢の男性。とても優しそうな顔つきは一瞬だけ心穏やかにさせてくれたけれど、機材の方に目を移すと歴史の本で目にしたことのある形状に僕は戦慄する。


「カ、カメ、ラだと……」


 この世界の技術水準は概ね一八〇〇年代半ばから後半始めくらい。だからカメラが存在しているのは不思議じゃない。何せ軍の一部では戦場では使用が耐えられない問題があるものの、後方では地形把握等で使用され始めているから目にしたことはあるんだよね。

 ちなみにだけど、カメラに関しては民間の方が進んで利用されているんだ。戦場みたいに厳しい環境でもないから繊細なこの機械、貴族や富裕層を中心に撮影の文化は広まっている。僕がいた前世ほど気軽に写真は撮れる訳でもなく、かつての歴史と同じように専門の人間が高価な機材を用いて写真を撮るんだ。費用も結構馬鹿にならないはずなんだけど、侯爵家であれば痛くも痒くもないだろう。使い方は問題も問題だけど。


「はい。本日はリイナ様たってのご希望で当写真店にお呼びがかかりまして。その、ふふっ、アカネさんの初仕事の記念だとかで」


「分かってますよね!? ここにいるのはアカネじゃないって!」


「いえいえまさか。アカツキ様、いえアカネさんですよね?」


「今僕の名前を口にしたよね!」


「これはこれは失礼致しました。ではリイナ様、撮影の準備をしてもよろしいですかな?」


「ええ、構わないわ。アカネ、じゃなくて旦那様。写真を撮りましょう?」


「僕の意思……」


「レーナも一緒にいいわよ。ほら、四人も一緒に!」


「ありがとうございます、奥方様」


『やった! ありがとうございます!』


 箒を持つメイド服の僕を中心に左右にはリイナとレーナ。後ろには僕をアカネに仕立てあげた四人が並ぶ。


「撮影は十五秒程で終わります。合図があるまで動かないようにお気をつけくださいませ」


 あれ、意外と短いんだな。そういえばこの時期はカメラの進化が著しいんだっけ。銀板から湿板に移る頃だったと思うけどいかんせん記憶があやふやだからな……。

 ってそうじゃない。これじゃあもう逃げられないじゃないか……。


「皆様、笑顔でどうぞ」


「ほら、旦那様ニッコリよ!」


「うううぅ……」


 僕は急かされて周りと同じように笑顔を作る。けれど明らかにひきつり笑いになっていると思う。

 写真屋の男性が合図を送って十秒ほど。カメラがフラッシュし、撮影される。

 あああああ……。僕のメイド服姿がこの世界の歴史に残ってしまった……。


「完了です。お疲れ様でした」


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 もう今日何度目か分からないため息。その中でも一番大きくつく。

 でもこれで終わりだ。いくらここが王都といっても今は戦時中だ。それにリイナやレーナには心配をかけてしまったし、両親やお爺様にアルヴィンおじさん。果てはマーチス侯爵や国王陛下まで報告を耳にした時は心底不安だったらしい。

 親族には顔を合わせて無事を伝えたし、マーチス侯爵や国王陛下も療養明けに改めて伺いに行く。

 だからまずはリイナとレーナに、せめてこの場を楽しんでもらえたらと僕は思うことにした。


「これで終わりかな。満足した?」


「何を言っているのかしら旦那様。まだあるわよ?」


「そう、よかっ、はああああああああああ!?」


「次は、これよ!」


 リイナの衣装係が持ち出したのは、軍服であって軍服でない何かだった。それも女性用の。

 上はいい。あまり既存の軍服のジャケットやカッターシャツと変わりがないんだから。

 問題は下だ。なんだその軍服にあるまじきスカートの短さは! 女子高生のスカートかよ! って程の丈しかない。付属してあるのはサイハイソックスと同じくらいの長さのそれと、黒色をした日本語でいうと靴下留め。いわゆる、ガーターベルト。

 主に男性兵士の士気を向上させる為に広報局提案の元作られた、広報用女性軍服だった。


「まさか、まさか……」


「ええ! 次はこれを着て撮影するわよ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 戦時中の束の間の休息。

 ノースロード別邸に僕の悲鳴がこだました。

 ちなみにこの時に撮影された写真は後日現像され、リイナは自室の写真立てに飾り、レーナは宝物だと言って自分の部屋にこちらも写真立てに入れて眺めているという……。

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