第2話 マーチスがアカツキを呼んだ理由

・・2・・

「いきなり呼んですまなかったな。体の調子も良さそうで何よりだ、アカツキ准将」


「ええ。ほぼ完治といっても差し支えありません」


「それは重畳だな。まあ立ちっぱなしも辛いだろうから座ってくれ。リイナ中佐もだ。――エリス中尉、引き続き仕事を頼んだぞ」


「はっ。では私は失礼します」


「ああ」


 エリス中尉は模範的な敬礼をすると退室をする。

 部屋には僕とリイナ、マーチス侯爵と親族だけになると彼は肩の力をかなり抜いて、僕とリイナが座る対面にあるソファに体を深く沈みこませる。


「……まったく、気が張りっぱなしなのは精神的に疲れるな。あの書類の山を見てくれれば分かると思うが、来たるべき時に備えて決裁決裁、そのまた決裁だ。肩が凝って仕方ない」


 指で目頭を押さえたり、肩を回して解してみたりとマーチス侯爵はかなり疲労が溜まっているようだった。普段は厳格な彼も今は疲れを滲ませながら苦笑いをしていた。


「お疲れ様です、マーチス大将閣下」


「お疲れ様、お父様」


「ありがとう二人とも。アカツキ准将、今は三人だ。なんなら義父上と呼んでくれても構わんぞ」


「一応軍務中ですので。勤務明けなら喜んでさせてもらいますが」


「ははっ、相変わらず真面目なことだ。しかし、俺が貴官らを呼んだのはまさに軍務についてだからな。次から次へと書類が来るものだから時間に余裕があるわけでもないし早速本題に移ろうか」


「よろしくお願いします」


「うむ。――話というのは来月に決行される作戦、『鉄の暴風作戦』の事についてだ。貴官の知っての通りだが、既に司令官や副司令官など大体の上位指揮命令系統者は決定している。だが、負傷しただけでなく召喚武器を失った貴官をどうするかを決めあぐねていてな。先日軍上層部で会議を開きどうするかを朝から話し合って議決をとり、その日の昼過ぎにようやく決定した。今からリイナ中佐にも渡す書類が正式な辞令だ」


 マーチス侯爵は一度立つと、執務机から二枚の紙を手に取って僕とリイナに手渡す。

 僕が受け取った書類にはこう書かれていた。


 アカツキ・ノースロード。貴官を『鉄の暴風作戦』の中核を担う東部統合軍参謀長へ任命する。ルブリフ、ヴァネティアでの活躍を今一度示し、長年妖魔の手にあった連合王国の地を奪い返す為に尽力せよ。


「十五個師団からなる統合軍の参謀長を僕がですか……」


「私はこれまで通り、旦那様の副官ね。やることは変わらないわ」


「リイナ、お前がイリスの件で相当悔しがり度々訓練をしているとも聞いている。隣で彼を支え守ってやってくれ」


「勿論よお父様。奴らに次も同じことなんて絶対にさせないもの」


「頼もしい限りだ。我が娘ながら誇らしい」


「マーチス大将閣下。ご質問が」


「うん? 何か気になる点でもあったか? アカツキ准将」


「参謀長ともなればトップスリーになります。二十代半ばにも満たぬ自分が選ばれるのは反対もあったのでは?」


「ああ。当然ながらな。これまでは再統合前の東部統合軍の一参謀であったり遠征軍の一個師団の参謀長であったから反対意見も表から出なかったが、流石に複数の軍団規模からなる軍集団規模の参謀長ともなれば貴官の活躍が気に入らない連中がぐちぐちとうるさかった。特に生粋の保守である西部のアーネストあたりがな」


「あの石頭男ね。いっつも旦那様とすれ違う度にぶつくさ鬱陶しい小言を吐いてくるんだもの。いい加減腹も立ってくるわ」


「癪に触らないと言えばウソになるけど、程々にしておこうねリイナ……」


 マーチス侯爵が言う西部のアーネストというのは、新編成の西部統合軍トップであるアーネスト・マンスフィールド中将の事だ。

 アーネスト中将は今年で六十三になる軍の中でも老齢の男性で、彼は同時に西部に大きな領地を持つ伯爵だ。相当な愛国者であるからか国王陛下に対する忠誠心は本物ではあるけれど、軍も経済もその思考はガチガチの保守派。良くいえば堅実だけど悪く言えば変化を嫌う、かな。

 だからなんだけど、アーネスト中将は僕の事を気に入らないみたいで会う度に小言を聞かされたり人伝いで所詮は若造が、などと前世にもあった典型的な若者叩きを耳にしたことがある。

 しかもこれはアーネスト中将だけではないんだよね。

 どの世界の軍にも派閥があるように、アルネシア連合王国軍陸海軍にも派閥が存在している。僕がいるのはマーチス侯爵のいわゆる主流派閥で、いわゆる革新派。東部と中央に北部の半数はこっちだ。対して規模は小さいが西部の高級軍人はアーネスト中将が率いる保守派に属している。

 他国に比べれば軋轢あつれきは少ないものの、やはり派閥争いというものは存在しているんだ。

 予想はしていたけれど、今後次第ではこういうのは足を引っ張る味方になりかねないよなとは感じるね……。


「君でも腹が立つくらいだ。会議では言いたい放題だったぞ。やれまだ二十三の若いのに任せるには荷が重すぎるだの、拷問などという悲惨な目にあったのだから戦場に出すのは彼の為にも良くないだの、召喚武器を破壊されたのに万が一の際にはどう身を守るつもりだのと、五月蝿くてうんざりしたものだ」


「どれもまあご最もではあるのが面倒ですね」


「しかもこれをアーネスト中将だけでなく彼の派閥まで言い出してな……。その若いのがこれまでにどれだけ改革を提言してお陰で戦争を有利に進められていると思っている。それに、ヴァネティアでは勇敢に戦って召喚武器を失い、あまつさえ拷問を受けてもなお軍人を辞めない者に対し文句を言うだけとは貴様等それでも軍人か。と、叱責したら黙ったからいいものの……。口だけのアレらは本当に始末が悪い」


「改革が始まって以来、優先順位があるとはいえ自分達の師団の火器更新が遅かったから不満があるのでしょう。改革提言の際にそこまで配慮の心が回せなかった僕の責任です」


「貴官が気に病む必要は無いし、責任を感じる必要も無い。むしろ俺に責任のある話なのだから気にするな」


「ありがとうございます、マーチス大将閣下」


「貴官が提言し、我々で実行してきたからこそ今がある。決定の多数決も保守派の一部は賛成したくらいなのだから誇りたまえよ」


「意外ですね。一部は回るとは」


「保守派の比較的若いのは冷静でな。本作戦における参謀長の適任者は他にいないだろうと言う者もいた。アレは近い内に鞍替えするつもりやもしれんな。しかし、その通りでもあるだろう。戦いは二度だけとはいえいずれも勝利に寄与した上に、その要因のきっかけを作ったのはアカツキ、君だ。文句を言えるのは余程の馬鹿か反対派閥の中でも頭が凝り固まった連中ぐらいだろう」


「そこまで評価して頂けているのならば、責任は重大ですね……」


「今回の総司令官は君の親戚であるアルヴィン中将に副司令官は息子のルークスで、東部統合軍の上位指揮命令系統者の半数はルブリフ経験者だ。心配はいらんよ。アルヴィン中将にルークスを支えてやってくれ」


「はっ。謹んでお受け致します。ですが、懸念があります。アーネスト中将の派閥が言うように、僕には召喚武器がありません。魔法があるので戦えない訳ではないですが、やはり万が一を想定すると心許なく……。もし双子の魔人が再び出現し僕を狙えばどうなるかは……」


 戦場に出ると決定したのならば、僕が召喚武器を失った面についても考慮してもらわないといけない。だからマーチス侯爵にそう伝えんだけど、彼はこんな事を言ったのだ。


「安心したまえ。これまでの貴官の功績は著しく、国王陛下はかねてより何らかの褒美を与えたいと言っておられた。よって、アカツキ。君には陛下より直々の褒美として新召喚武器の召喚の儀を執り行う事が決まっている。喜べ、召喚石は国王陛下が用意してくださっているぞ」


「ええええええ!?」

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