第15話 ヴァネティア平野の戦い9〜援軍到着〜
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誰かの怒気を大いに含んだ号令と同時に大量の魔弾がラケルを襲う。霞んだ視界からでもよく分かる幾百もの赤い光は放たれた弾丸が火属性であると理解した。
「もぅ、無粋な人間が大量に現れるなんてぇ」
ラケルは鬱陶しいと言い加えて瞬時に魔法障壁を多重展開させる。
爆発性の高い火の魔弾は正確な射撃で次々と障壁を破っていくけれど、ラケルにダメージを与える事までは叶わなかった。
「全く誰よぉ。これからのお楽しみだって言うのに」
「アカツキ准将閣下直轄第一〇三大隊がアレンだ! 准将閣下を貴様の好きなようにさせない!」
「アレン大尉……!」
救援に駆けつけてくれたのは、アレン大尉達一〇三の部下達だった。彼等はここから先の連隊の方にいたはずなのにどうして。
「准将閣下今助けに行きますから! 総員、再斉射ッッ!」
「やれるものならやってみなさぁい」
第二射も同様の魔法で、再構築されたラケルの魔法障壁を破壊していく。だけど、一〇三所属の能力が高い彼等の攻撃でも完全破壊までに届かない。
ラケルは魔法障壁の構築を繰り返しつつ、並列して攻撃魔法を詠唱していく。出現したのは黒い魔方陣。
まずい、このままだとアレン大尉達が……!
「アレン大尉、逃げ――」
「援軍は連合王国軍だけじゃねえぞ!! 師匠の仇だ!!
「んなっ?! きゃあああああ!?」
「姉様ぁぁ?!」
ラケルが漆黒の焔を放とうとしたその時、左側から聞こえたのは絶叫。続いて鋭く激しい暴風の刃五つがラケルを刻まんと迫る。
僕まで巻き込まないようにと目の前には守るように魔法障壁が現れ、ラケルはとっさに回避しようと魔法障壁を展開するも五つ目の刃で全てを破壊して衝撃波で彼女は勢い良く吹き飛ばされる。
集中が切れた事により僕の拘束は解除され、浮いていた体が地に落下する。
「邪魔よどきなさいっっ!」
「しまっ?! あああああ!!」
これをチャンスと捉えたリイナはレイピアに風属性を付与して横薙ぎし、これまでいいようにしてやられていたレーラをぶっ飛ばした。
「旦那様っ! ああぁ、こんなに血を流して……!」
すぐに僕のもとへ駆けつけ僕を抱きしめるリイナ。そしてほぼ同時に前に立ち、こちらに安堵の笑みを見せたのは一度覚えのある人物だった。
「法国軍、
「サージ中佐……! どうし、うぐぅ……!」
「師匠だけでなく、連合王国の英雄まで死なせてしまったらオレ達にとって末代までの恥です。それにあのクソ共だけは許せねえ……!」
「サージ中佐、心から感謝するわ。旦那様がいなかったら惚れていたかもしれないわね」
「美人の貴女にそう言ってもらえるのならこれほどの名誉はありませんよ」
「俺からも礼を。助かったぞ」
「ルークス少将閣下……!? つ、うぅ……」
「アカツキくん、君は手負いだ。無理して喋らなくてもいい。魔法軍医、彼の処置を」
「はっ。アカツキ准将閣下。ご安心下さい。すぐに治します」
「ありが、とう……。しかし、ルークス少将閣下がここに、出られる、のは……」
「水臭いことを言わないでくれよ。
さらに救援に現れたのはルークス少将と精鋭の魔法能力者達。それに回復魔法に優れた魔法軍医まで。階級は少佐だから高位の魔法軍医だ。彼はすぐに僕の負傷した左腕へ魔法治療を始める。
「あ、ぐぅぅ!!」
「魔法麻酔でも痛むかもしれませんが、耐えてください。…………よし、これで大丈夫です。本格的な治療はこの後にしますので」
出血を抑えつつ三本の釘を抜き、激痛を我慢する。だけどそれもすぐに治まり、左腕は動かないけれど魔法軍医の手際の良さのお陰で出血はかなり止まっていた。
「本当に、ありがとう……」
「これが自分の任務ですから」
「双子の魔人、オレが直々に殺してやるっ! 師匠の敵討ちだッッ!」
「よくも我が軍の参謀長を嬲ってくれたな! 貴様等は包囲されている! 降伏しろ! 然もなくば死を選べ!」
僕が救助されている間にアレン大尉達も含めて双子の魔人への包囲体制は完成し、サージ中佐はようやく起き上がったラケルとレーラに憤怒の顔で剣の切っ先を向ける。
ルークス少将も帯刀していたロングソードを鞘から抜いて抜刀する。彼が持つのはSランク召喚武器『雷帝の
「本っ当に無粋な人間達ね! 私の
「あまつさえ姉様に土をつけるだなんて人間如きに許されとでも思っているのかしら!!」
「ほざけ双子の魔人。形勢は逆転している。妖魔軍の魔物軍団は我が軍と法国軍が戦闘中で助けには来ないぞ」
「貴様達はオレらに囲まれているんだ。その首、取らせてもらう!」
「人間が偉そうに! 姉様に泥を付けさせるなんて許さない許さない許さないわ!!」
「人間風情が大口を叩くわね。悲惨にアカツキが死ぬのを大人しく見ていれば他は助けてあげるっていうのに。ええいいわ。お望み通り皆殺しにしてあげる」
「待ちなさい二人とも。そこまでですよ」
「誰だっ!!」
「姿を現せよっ!」
一触即発の状況でどこからともなく声が聞こえルークス少将、サージ中佐の順に声の主に向けて言う。
すると突然双子の魔人の前に現れたのは、もう六の月も中旬に関わらず厚手で漆黒の軍服を着た軍帽を被る見かけは若く、丸いメガネを掛けた男だった。背中には双子の魔人と同じく四つの黒翼。丁寧な口調ではあるけれど、身に纏う殺気は姉妹と同様な程に強かった。
「ちょっとブライフマン! なんでここにいるのよ! わたし達は今から虐殺の時間なのよ?!」
「はぁ……。貴方がここに来たということはそういう意味なのね。せっかくこれから楽しいのにぃ」
「お遊びは程々にしてください。任務はもう達成したのですから、あまり余計な事までしでかさないでくださいよ」
ブライフマンと呼ばれた男はため息をつきながらやや呆れたように双子の魔人に言う。任務というのは、たぶんヴァネティア島にある司令部の急襲だろうか。
「あんな豚はどうでもいいのよ。任務じゃ無かったらお断りだったの。こっちが本命だって言うのに」
「ラケル、あそこで女性に抱えられて負傷してるのがアカツキ・ノースロードですか」
「ええそうよ。けれど、期待外れだったわ。頭が回るだけね」
「頭が回るだけでも厄介なんですけどね。いくら作戦局が慢心の極みだったとしても、ルブリフで我が軍を全滅させたのは大方彼の戦術ですし。本当は殺した方がいいですが時間がありません。貴重なアレを使ってここに来たのですから」
「……分かったわよ。貴方の言うことを聞いておきましょう」
「姉様?!」
「レーラ、今日はここまでにしておきましょう。まだ次があるわ」
「……仕方ないわね。姉様がそう言うなら」
「誰だか知らねえが好き勝手喋ってやがるんじゃねえ! てめえも叩き切ってやる!」
「おっと法国軍の軍服を着た貴方。下手に行動を起こさないでください。こちらは時間が少ないだけで、手を出さないだけなんですから」
「んだとぉ!?」
「命は惜しまないことですよ。さて、アカツキ・ノースロードでしたっけ。其方は負傷中のようですが初めまして、ブライフマンと申します。この二人も含めたいくらかの上官をしてます。以後お見知り置きを。ああ返事はしなくて結構。きっとまた会えますからその時にでも」
ブライフマンは微笑みながらわざとらしく恭しい礼をする。しかし赤い瞳は笑ってはいなかった。
「さあ帰りますよ二人とも。人間の皆様もいつかまた」
「じゃあね、人間達。今度は虐殺してあげるからぁ」
「姉様と一緒にね! せいぜい震えて待ってなさいな!」
ブライフマンと双子の魔人はそう言うと、突然三人がいた場所から激しい発光が起こり、この場にいた全員の目がくらまされる。
「…………奴ら、消えたか」
「くそっ、逃げやがって……!」
光がおさまると、先程までいたはずの三人は消えていた。前世の知識から推測すると、この世界にも存在するのなら創作世界にあった転移の道具でも使ったんだろう。サージ中佐は悪態をついていた。
「いいえ、逃げてくれて助かったわ。双子の魔人だけじゃなくて同じくらい強そうな男の魔人まで相手していたらどうなるか分かったものじゃないもの」
「リイナの、言う通り、だ……。大きな被害が、出る……」
「旦那様、傷の方は大丈夫? まだ痛むでしょうに……」
「左腕は動かない、けれど、治療すればなんとか、なるよ……」
「出血も酷かったものね……。兄様」
「ああ。魔法軍医、アカツキ准将を医務テントに搬送。至急ここで可能な処置を追加で行ってくれ」
「はっ。トラビーザ設置の野戦病院への後送も早急に手配します」
「頼んだよ」
ルークス少将が命令をしてからすぐ担架を持った兵士達が僕のもとへ来る。全員が傷を見て悲痛な面持ちをしていた。
ああ、まずいなあ……。これで助かったと思うと緊張の糸が切れたら途端に意識が朦朧としだしてきた……。
「アカツキ准将閣下、よく、よくぞご無事で……!」
「救援、ありがとう、アレン大尉……。君達が来なかったら今頃、僕は……」
「何を仰るんですか! 貴方に死なれたら、悔やんでも悔やみきれませんから……! 間に合ってよかったです」
担架を持ってきた兵達の到着と同時に、アレン大尉達もこの場に着く。彼はメガネを外して大泣きしていたし、後ろにいた部下達も同じように泣いていたり、安堵していたりとしていた。
「サージ中佐も、ありがとう……」
「とんでもないです。アカツキ准将閣下の窮地を救えて良かったですから」
サージ中佐は敬礼して答える。
そして、なんとか言葉を出せている僕の髪の毛を優しく撫でてくれているのは涙を零すリイナだった。
「旦那様、生きていてくれて良かったわ……。アナタが死んでしまったら、私どうなってしまうか分からないもの……」
「ごめん、よ……」
「いいえ、私も肝心な時に助けに行けなくてごめんなさい。今はどうか、ゆっくり休んでちょうだい」
「う、ん……」
リイナにふわりと優しく抱きしめられる。
大量に出血したのもあって、それから僕は意識を失ってしまった。
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