第14話 ヴァネティア平野の戦い8〜召喚武器は破壊され、彼の命すらも〜

・・14・・

「ぐ、く、そっ……!」


 ラケルが発動した魔法、「座標固着」によって僕は藻掻くことさえ叶わず身動き一つ取れなくなってしまっていた。

 ラケルを睨みつけると、彼女は心底楽しそうに笑い出す。


「あはははははっ!! なんて、なんて無様なのかしら! もらったぁぁぁ、ですって? くくくくくっ、傑作よね……! 現実は指一つさえ動かせないのだというのにねえ。さて、どうしてあげようかしらぁ?」


「旦那様、今助けにっ!!」


「何を言っているのよぉ。あなたの相手はこのレーラよぉ!」


 リイナは僕を助けてくれようとしていたけれど、振り向けない今の、声だけでも分かる。リイナは妹のレーラと継戦中で、彼女が立ちはだかり剣と剣同士が激しくぶつかる音が耳に入った。


「くぅ! 邪魔よそこを退きなさい!」


「だぁめぇ! 絶対に姉様の所には行かせないわぁ! だってこれからとっても愉快な#拷問__おあそび__#拷問おあそびが始まるんですもの!」


「ふざけないで! 旦那様を拷問なんてさせてたまるもんですか!」


「いやよぉ! わたしは参加出来ないのは残念だけどぉ、可憐な顔した彼の悲鳴を早く聞きたいの! 大事な人なのに助けられないあなたの表情と一緒にねぇ! くひひひひひっ!」


「これ以上貴様等の蛮行を見ていられるか! 介入させてもらうぞ!」


「はぁ? 黙ってそこで突っ立ってなさいよ」


 ルークス少将も僕を救いに行こうと動こうとするけれど、ラケルはこれまでより声を低くして、背後に無数の魔法陣を展開させる。


「展開準備をしたのは獄炎よ。一つ一つが貴方達が上級魔法と呼称する威力。ルークスでしたっけ? 貴方が動いたら最後、そこにいるたぁくさんの兵士達が死ぬ事になるわ」


「ぐぅ……!」


「普通の神経をしていれば、やれないわよねえ? うふふふふ、たぁのしいたぁのしい」


「魔人め! 卑怯だぞ!」


「ルークス少将閣下! 私達には構わずアカツキ准将閣下の救助を!」


「っさいわねえ。本当に殺るわよ?」


 あからさまに不機嫌になったラケルは魔法陣の一つかは禍々しい黒の炎を発射する。その音は僕の背後からそれほど離れていない所、ルークス少将達がいる付近で爆発を起こす。

 悲鳴こそあったけれど、誰かが負傷した声は聞こえない。威嚇射撃のつもりだったのだろう。

 目の前でそんなものを見せつけられたら、兵士達は静まり返ってしまった。

 これでリイナが助けに来ることもないし、ルークス少将も兵士達を人質にされて手を出せなくなった。

 僕を救助してくれる者はいない。どう考えても詰みだった。


「さあて、これで邪魔をするおバカさんはいなくなったわ。ねえ、アカツキ・ノースロード。貴方をどうしてさしあげようかしらぁ? ちなみにだけどぉ、座標固着は魔法も行使不可能になるからなあんにも出来なくなるわぁ」


「くっ……! 貴様などに……! 動け動け動け……!」


「無駄よ無駄ぁ。私の瞳を覗いてしまったが最後。座標固着はあなたに集中してさえいれば解けないもの。今や貴方を助けにくる者はいないから、おしまいねえ」


「くそっ、くそったれが!」


「もう、汚い言葉なんて吐いちゃって。あら、そうだわ。今の状態じゃ辛いだろうから体勢を変えてあげるわねぇ。座標強制移動。対象の姿勢を変えなさい」


「ぐうぅぅ!?」


 新たな魔法によって強制的に体を動かされ激痛が走る。結果、僕の体はまるでこれから処刑されるかのような磔の形のようにさせられる。あまりにも屈辱的だった。


「くそったれくそったれ、くそったれがッッ!」


「可愛いお顔を歪ませて、私はそういうのが大好物なの。ああでもね、余裕があるのも今のうちだからぁ」


 せめてもの抵抗に罵倒などしてみても何の意味もない。ラケルにとっては滑稽にしか写っていないだろう。

 その彼女は悠然と歩きながら僕に近付き目の前で止まる。さらにこいつは僕の顎を人差し指と中指で触れて少し上に動かし、目の前でご高説まで垂れ始めた。


「法国の召喚武器持ちに比べればよくやった方だとは思うわよぉ。発想は面白いし、行使する実力もあるもの。けれど、それだけね。そんなのじゃ私は殺せないわ。残念だけど、期待外れ。だからせめてもの褒美に、今からじっくりと殺してあげるから感謝なさい?」


 ラケルはこれから起こす行動を想像したのか、くすくすくすくすと笑い、魔法を詠唱して黒剣を数本顕現させる。

 その剣で滅多刺しにでもするのかと思いきや、ラケルは僕を見つめて、そうだわ。と言いやがる。


「このまま刺しても面白いけれどぉ、その前に邪魔なモノがあるわねえ」


「邪魔な、ものだと……?」


「チンケな魔法を付与したダガーじゃないわよ。貴方が腰に備えているもう一つの方。召喚武器の方よぉ」


「まさか……」


「悪い子にはヴァルキュリユルを取り上げないとぉ」


「やめろ……」


 ラケルは人が無抵抗なのをいい事に、片手で一つずつヴァルキュリユルを一丁ずつホルスターから取り外していく。


「結構な威力を出す割には軽いものね。魔法銃って本当に便利な武器だと思うわ。このサイズなのにドカンドカンとできるんだもの。見たところ再装填は魔力でやれるみたいだしぃ」


「ヴァルキュリユルを返せ……」


「え、いやよぉ。これはお仕置きよ? はい返してあげるわなんて有り得ないわ。むしろぉ、壊してあげましょうか?」


「ふざけるな! 壊すだなんてさせるか! 動け動けうごけよぉぉぉぉぉ!」


 武器というのは長年使っていると愛着が湧くものなんだ。僕が転生者であり前世の記憶を持って蘇っても、今こうなる前のアカツキとしての記憶もはっきりと頭に浮かび上がってくる。

 ヴァルキュリユルは僕が転生する前のアカツキが初めて手にした召喚武器で、もう七年も使っている相棒みたいな存在。転生してからの僕もかれこれ一年間、リイナとの模擬戦などで常に使い続けてきた銃なんだ。リールプルでこいつらと遭遇した時にだって使っていた。

 それを目の前で壊される、相棒を殺されるだなんて、許せるはずがなかった。

 なのに、叫んでも喚いても全てが無駄で身体は全く動かない。指の一本も動かせなかった。


「いい顔をするじゃないのぉ。私、絶頂しちゃいそうだわあ」


「返せ返せ返せ返せ返せ!!」


「あははははははははははっ! だぁめぇよおぉ。貴方とヴァルキュリユルはここで永遠のお別れなんだからぁ!」


「やめろおおおおおおおおおお!!」


 しかし僕の絶叫も虚しく、ラケルの両手から投げ放たれて空を舞ったヴァルキュリユルは黒剣が一本ずつまた一本と突き刺さり、粉々に砕け散る。最期には魔法粒子の光となって二度と戻らなくなってしまった。


「あああぁぁああああああああぁぁぁ!!!!」


「あはははははははははは! あははははははははは! 最っ高! 最っ高だわ! その絶望の声が聞きたかったのぉ!」


「ふざけるな……」


「さあこれで召喚武器も無くなって無抵抗。どうせダガー二本じゃ何も出来っこないけど、腰からは抜かせてもらってぇ」


「ちくしょう……」


「これくらいなら適当に地面に落としておけばいいわね」


「ちくしょう、ちくしょう……」


 ダガーも鞘から抜かれ、地に落ちる虚しい音が響く。

 ラケルは僕を完全非武装にすると満足気に微笑み、ヴァルキュリユルを破壊した黒剣ではなく、漆黒の大きな釘を手に握る。


「さあさあ、これからが本番よ? まずはどこから刺そうかしら? 剣でばっさりじゃつまらないから釘にしてみたけれどいいわよね? 当然嫌と言ってもやるけれどぉ」


「…………やってみろよ。絶対に屈したりしねえ」


「荒っぽい口調もするのね。いつまでそんな心でいられるか見ものだけれどぉ」


 僕はラケルを睨みつけるけれど、奴は全く意に介さない。

 それどころか、奴等のいうお遊びをいよいよ始める。


「それじゃあまずはぁ、一本目を左肩からぁぁ!」


「あぐぅぅぅぅ!!」


 ラケルは魔法を使わず大きい釘を直接自分の手で下して、僕の左肩に抉るように突き刺す。脳に直接伝わるくらいの甚だしい痛みが襲い、大きな悲鳴を上げてしまう。


「二本目はぁ、肘にぃ!」


「うぐぅぅぅ!!」


「三本目はぁ、手のひらぁ!」


「あううぅぅぅ!!」


 あまり間隔を置かない内に次々と深く刺さり、あっという間に左腕部は血だらけになった。痛みからか流血からか、はたまた神経をやられたのか左腕の感覚は無くなってしまった。


「旦那様ぁぁぁぁぁ!! 許さない許さない許さない許さない!! 今すぐ殺してやるぶっ殺してやる! 氷漬けだなんて甘っちょろい死に方じゃなくて八つ裂きにして殺してやるッッ!!」


「姉様の演奏のお陰でアカツキはいい声で鳴くのねぇ! 救って上げたいでしょうけど行かせなぁい! きゃははははははは!」


「貴様等ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 薄らぎ始めた意識の中で、リイナの悲痛と怒号が混じった叫び声が聞こえる。

 ごめんよリイナ。このままだと僕は死ぬみたいだ。あれだけ啖呵たんかを切っておいて、情けないよね。

 一度目は情報の違いで部下が全滅した上に自身も死んだ。二度目の人生では拷問の果てに死ぬのか……。

 力がないってのは、残酷だ……。


「右腕はあえて残してあげてぇ、次は脚でもいこうかしらぁ」


「命乞いはしてやらないぞ……」


「あらそう? しばらく楽しめるってことねぇ」


「好きにしろよ……」


 とはいえ諦観が心から湧き出てくる。前世の終焉よりもタチの悪い。抵抗も全然叶わないそれ。

 だが、事態は急展開を迎える。

 きっかけは、一人の声と大勢が行使した魔法と銃声だった。


「アカツキ准将閣下を離せこの魔人共めがッッ!! 総員、一斉掃射ァァァァ!!!!」

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