第16話 目を覚ましたアカツキとリイナの要望
・・16・・
長い、長い夢を見ていた気がする。
輪郭ははっきりとせず、ぼんやりとしか浮かんでこない。まるで視力の悪い人がメガネやコンタクトレンズを外して見たような視界だ。
僕の向こう側にいるのは何十人かの人。かつて飽きるほど見ていた色の服を着ている気がする。でも、その人達がどんな表情をしているのか分からないし、何かを言っているような様子だけれども、耳には入ってこない全くの無音。
これは前世なのか、それとも今世なのか。判然としない景色はやがて暗転していった。
「ん……、う……」
目を覚ます。はっきりとした世界だった。先にあるのは白い天井。無音、いや、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
ここはどこだろうか。僕は数瞬考えるけれど、すぐに思い出す。
「確か僕は、双子の魔人と戦って、負傷して……。それで気を失って……。つまり、ここは、ベッドの上で、病院……?」
白いシーツの上で寝ていて、患者が着るような服を着ている自分であることを理解し、傷を負った左腕を見る。
幾重にも包帯が巻かれている痛々しい姿。けれど不思議なことに痛みはあまり無かった。ズキズキとは痛むけれどそれだけで、激しいそれが走るということはない。
魔法医学は大したもので、前世の医療技術なら五寸釘を三本も打ち込まれれば相当な治療と治癒期間を要する。けれど、僕の今の姿はまるで退院までさほどかからない程度に思えるくらいだった。前世の創作世界で現代医療より優れている面もあると解説される
意識が覚醒してくると、隣からすうすうと寝息がするのが聞こえてくる。首をその方へ向けると、ベッドの隣に置かれた椅子で軍服姿のリイナが寝ていた。
もしかして僕の意識が戻るまでずっとここにいてくれていたのかな。そう考えると愛しく思えた僕は無事な右腕を使って体を起こし、彼女に近付いて絹のようにさらさらとした髪の毛を優しく撫でる。
「んん……」
「ありがとう、リイナ」
「……ダンナニウム、寄越しなさい」
「…………」
寝言が余りにも台無しすぎる……。でも、これも彼女かと思えば微笑ましいかな。
「ん、ん……。あ、れ……?」
少しの間、リイナを撫でていると彼女も目を覚ましたようで細やかなまつ毛の瞼が開く。
「おはよう、リイナ」
「だ、ん……。…………旦那様?! アカツキ様!!」
「んむぅ!?」
いきなり名前で呼ばれたかと思いきや、彼女は瞳にいっぱいの涙をあっという間に貯めて抱きしめる。僕は思わず変な声が出てしまった。
「良かった……! 良かった……! アナタ、三日半も目を開けてくれないんだもの! どれだけ心配したか!」
「うん、もう僕は大丈夫って、三日半!?」
リイナの口から出た日数を聞いてびっくりする。三日半ってどういうこと!?
「そうよ……! アナタが意識を失ってからこの野戦病院に運ばれたんだけど、翌日になっても起きないし……。すぐに魔法軍医が検査をしたのだけれど、呪いの類も見当たらない。非魔法軍医曰く出血多量ならばもうあと三日は経過観察しましょうとなって、魔法軍医も同意したの……。また次の日になっても旦那様は起きなくて……。私、ずっと、ここに……」
「そうだったんだ……。心配かけて、ごめんよ」
「本当よ……! ずっと眠ったままだなんて、私、絶対に嫌だもの……!」
「安心して。僕はここにいるから」
「知ってるわよ……。ば、ばかぁ……。ほんと、ばかぁ……」
リイナにしては珍しく、けれど涙ぐんで弱々しく僕を罵倒する。彼女への償いとして足りるか分からないけれど、泣き続けるリイナの頭を僕は右手で撫でていた。
「もっと、しなさいよ……」
「うん」
「アナタの匂いを、体温を感じさせてよ……」
「うん」
「声を、聞かせなさいよ……」
「ありがとう、リイナ」
「愛してるって、言いなさいよ……。言ってよ……」
「うん、愛してる。ずっといてくれて、ありがとう」
「ばか……」
普段は僕のことになると暴走しがちだけどとても淑やかで、戦場での彼女は凛々しくて強くてカッコよくて、なのに今の彼女はまるでぐずる子供みたいだった。
左腕の負傷だから大して深刻に思っていなかったけれど、リイナはそうじゃなかった事を痛感する。同時に、どれだけ愛されているのかも感じた。
すごく、申し訳ない気持ちになる、よね。
「リイナ」
「なによ……」
「お詫びに、何か一つしてほしいことがあるなら聞くよ」
「……本当に?」
「うん。ウソはつかない」
「へぇ……」
彼女は抱きしめていた僕を離すと、瞳をじいっと見つめる。なんだなんだ、どうしたんだ。ニヤニヤまでしちゃって。さっきまでの泣き顔はどこにいった。
「そうねぇ……。キス、はいつもしているし……。アナタとの初めて、はいつになるか分からないけれど結婚式の後にじっくりと取っておきたいわね……」
「さらっと凄いことを言うね……」
「となると……。そうだ! 閃いたわ!」
あの、絶対碌でもない閃きだと思うんですけど……。
「なにを、かな……?」
「前から旦那様ってとっても可憐だと思っていたのよねぇ」
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして。それでね、アナタって女の子の服とかとっても似合うと思うのよ。どう、名案じゃない? いいえ確定的に画期的な名案だわ!」
「はいぃぃぃ!? 僕に女装しろとぉぉぉ!?」
「ええ。そうだけど?」
「そうだけどじゃないよおおお!?」
「え、だってお願いを聞いてくれるんでしょう?」
「うぐ……」
わざとらしくなのは分かっているんだけど、彼女に悲しそうな表情をされると僕は非常に弱い。リイナにとても心配をかけたのは事実だし、お願いを聞くと言ったのは僕だからだ。
ううむ。男に二言はない。ここは覚悟を決めるべきかな……。
「分かったよ……。あんまり露出が多いものじゃなければ……」
「本当に?! ありがとう愛しているわ旦那様! そうだ、旦那様の意識が戻ったら魔法軍医に伝えるよう言われているから行ってくるわね! 旦那様はそこでゆっくりしていてちょうだい!」
「う、うん」
復活を遂げて晴れやかな笑顔になったリイナはそう言うと、病室から出ていった。
「しかし、女装を希望されるとは……」
まったくもってとんでもない変化球だ。いや、彼女の嗜好からしたら予想の範疇かもしれないけれどだからって女装ですか……。僕は上体を起こしたままでため息をつく。
今更気付いたけれど、この病室は個室としてもかなり広いものだと見渡してみて思う。元は普通の病院だったらしい野戦病院は設備も整っており、富裕層向けの個室もある大規模な病院のようだった。僕がいるのはまさにそういう人達向けの病室で、ベッドの向こうには派手すぎず地味すぎずのソファやテーブル、調度品が置かれたリビングある。
前世の階級であれば野戦病院でこんなにいい待遇は受けられないんだけど、自分の階級を考えてみれば妥当な気はする。負傷の将官であり、しかも遠征にやってきた同盟国の、が付属されている。法国側としても下手な扱いをするわけにはいかないという意識が伺えた。
一人になった僕は、そういえば戦況はどうなったんだろうと考え始めるけれど、手元に資料もないから分からない。
魔法軍医が来たら聞けばいいか。
そう思っていたら、噂をすればなんとやらだ。ドアがノックされると入ってきたのは呼びに行ったリイナと魔法軍医だけじゃない。
なんとルークス少将やマルコ少将まで僕の病室へ入ってきた。
おおおう、まさかの二人の少将閣下の登場ですか……。
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