第12話 ヴァネティア平野の戦い6〜双子の魔人出現〜

・・12・・

「アカツキくん!? 君は何をやっているんだ!!」


 二人の女性士官の胸に銃痕が空き、糸が切れた人形のように倒れる。

 僕の突然の行動にルークス少将は驚愕とし、叱責した。周りにいた軍人達は何が起きたのか理解出来ないという様子だった。

 当然だ。傍から見れば僕はいきなり味方を撃ち殺したようにしか思えないのだから。きっとルークス少将にとってはアカツキ乱心と写っているだろう。

 けれど、実際は違う。


「隠れているなら出てこいよ、双子の魔人」


「アカツキ、くん……?」


「本当に容赦ないわねえ」


「まったくよ姉様。まさか味方を躊躇せずに殺すだなんて信じられないわあ」


「撃った実感が乏しいと思ったらやっぱりね。姑息な真似をしやがって」


 僕は周囲に人がいなかったテントの裏から現れた双子の魔人を睨みながら吐き捨てるように言う。二人は言葉とは裏腹にニヤニヤと笑っていた。


「ふ、双子の魔人だぁぁぁぁぁぁ!!」


「なんでここに!?」


「ああぁぁあぁああ!?」


 要警戒人物であり、最も脅威とされる双子の魔人がよりにもよって連合王国軍の師団本部に出現してしまったことで周囲は恐慌に陥る。我先に逃げ出そうとする者。悲鳴を上げる者。その場から動けなくなってしまう者。いくら精鋭で揃えた師団とはいえ、圧倒的な力を持つと噂される魔人が現れたとなればこうなってしまう。

 それでも、一部の勇気ある魔法兵科や歩兵達はルークス少将や僕にリイナなど師団の要人達を守ろうと、足を震わせながらも僕達の前に立ち守ろうとしてくれていた。


「あらあら、結構骨のある人間が多いじゃない。私達が現れて上官を守ろうとするなんて大したものだわ」


「法国軍と比べて精強なのは本当みたいねえ。ラケル姉様、やっぱりここに来て良かったわ」


「そうねレーラ。殺しがいがありそうだわ」


 くつくつと笑う双子の魔人――初めて聞いたけど、どうやら姉の名前がラケルで妹の方はレーラと言うらしい――はまさに悪魔であった。わざとなのかは分からないけれど、四枚の黒翼を広げて金色の瞳を輝かせて周りを威圧させる。

 可能ならば遭遇したくなかった相手を前にして、僕だって怖くないわけが無い。相手の方が格上なのは明らかだし、殺される可能性も高い。けれどそれでは軍人は務まらないし、今の自分は参謀長だ。上に立つものが逃げ出すわけにはいかない。

 だから深呼吸して、感情をフラットにさせる。かつて前世で任務を遂行する前のように、恐怖を消し去るために。

 そして、二人に問うた。


「好き勝手言いやがってくれているけれど、目的はなんだよ。首狩り戦術でもするつもり?」


「まさかあ。首狩りならとっくにやったもの。ここに来たのは、お遊びよアカツキ・ノースロード。ルークス少将だったかしら? あなたも一緒に殺せるなら効果的だけど」


「わたしと姉様はね、貴方に会いに来たの。お話にならない法国軍の無能司令官や口だけの召喚武器持ち夫婦じゃなくて、愉しませてくれるあなたにぃ」


 今の発言で奴らが何をしでかしたのか判明した。ルラージ中将の死亡は確定、さらに召喚武器持ちの夫妻も戦死だろう。まったくもって最悪だ。Sランクでも勝てない相手の狙いが僕だなんて。


「ふ、ふざけるな! 貴様等にアカツキ参謀長を殺されてたまるか!」


「准将閣下は欠けてはならない人だ! お前等には指一本触れさせるか!」


「アカツキ准将閣下、下がってください! アタシが命を懸けて守ります!」


「ルークス少将閣下もアカツキ准将閣下も、リイナ中佐も誰も殺させやしないぞ!」


 恐怖に押し潰されそうになりながらも、声を震わせても兵士達は双子の魔人の前に立ち塞がる。魔法障壁を展開させ、魔法能力者でない者もライフルを構え銃口を双子の魔人に向けて。

 対して双子の魔人は彼等の勇姿へ拍手を送る。ただし、顔つきは嘲笑うかのようにしてだけど。


「素晴らしいわねえ! 私達を前にしてよく言ったわ人間達!」


「けれど姉様とわたしの邪魔よぉ。そこを退きなさい、雑魚共」


 二人は殺気を一気に強めて部下達を睨む。小さい悲鳴があがったけれど、それでも彼等は逃げ出さなかった。


「姉様、随分と話を聞かない人間が多いわね。どうするぅ? 殺しちゃう? 串刺しにしちゃう?」


「仕方ないわね。退けば命は見逃してあげるって言うのに」


 このままでは部下達の命が危ない。奴らは僕が目的だというのに、ここで彼等の命を散らせるわけにはいかない。

 だから僕は声を出した。


「待った。お前等の狙いは僕だろ。部下達の命は取るな。戦えというのならお望み通り戦ってやるよ」


「あらあら、戦ってくれるのかしら?」


「遊んでくれるのぉ? やったわね、姉様」


「代わりに部下達も、ルークス少将閣下にも一切手を出すな。交換条件だ」


「分かったわ」


「あなたの約束なら守ってあげるぅ」


 僕が出した条件に、双子の魔人は満足気に微笑む。けれど部下達は大反対だった。


「准将閣下!?」


「いけません!! いけませんよ!!」


「准将閣下は替えがきかないお方ですよ!?」


「これは命令だ。全員下がれ」


「アカツキくん、上官命令だ。君は出るな」


 部下達だけじゃない。ルークス少将からも反対される。けれどここで引き下がるわけにはいかなかった。


「その命令は聞けません。奴らの第一目標は僕です。ルークス少将閣下も第二目標に入っていますが、僕より優先度は低いです。そもそもルークス少将閣下は師団長です。司令官が戦死となれば、影響は計り知れません」


「それは君もだろう!? ここで君を死なせる訳にはいかない! 立場を弁えたまえ! それにだ、妹の夫をむざむざ死地に出せるかッッ!」


「だったら私が出れば解決ね。二対一なんて不公平でしょ? ねえ、双子の魔人?」


「なっ!?」


 これまで沈黙を貫いていた、隣にいたリイナは双子の魔人を見つめて言う。彼女が口を開いた途端に、周囲の温度が急低下したのではないかと錯覚するほどに、リイナの瞳は冷たかった。

 ルークス少将は妹まで出るとなって言葉を失う。


「一人くらいならいいわよぉ? しかもあなた、アカツキ・ノースロードの嫁でしょう?」


「しかも帯剣しているのは召喚武器よ姉様。愉快な遊戯になるのじゃないかしらぁ」


「軽々しく旦那様の名前を口にした上にお遊戯ですって? ……二度とその口が動かないように二人まとめて氷漬けにしてぶっ殺すわよ」


 リイナは怒気を強めて、いつもの淑やかな口調すら消して吐き捨てる。こんな彼女、初めて見る。だけどリイナが加わってくれるなら心強かった。


「旦那様、いいでしょ。ここでアレを殺さないと気が済まないわ」


「ありがとうリイナ。けど、相手は双子の魔人だ。本気で殺らないといけない」


「当然よ。ここで骸をさらしてあげましょ?」


 リイナは不敵な笑みを僕に向ける。目が本気だ。これは僕も頑張らないとね。


「分かった。――そういう事ですのでルークス少将閣下、ここは僕達に任せてお下がりください」


「……死ぬんじゃないぞ二人共。医療魔法能力者も準備させておく」


「お願いします。さあ、双子の魔人。ここだと全力出せないだろ? 向こうに気にせず殺し合い出来る空地がある。そこでなら遠慮はいらないだろ?」


 僕が指さしたのはすぐそこにある何も無い大きな空間。リイナとの模擬戦を行った場所より広い場所がある。あそこなら部下達にも危険は及ばないし、施設への被害も最小限に抑えられるはずだ。双子の魔人の思考ならおそらく首を縦に振るはずだ。


「いいわいいわいいわよ!! 誰にも邪魔されない、本気での殺し合いが出来るならそれでいいもの!」


「きゃははははは!! わたしと姉様との直接対決に挑んだことをすぐに後悔させてあげるわ! 法国の夫婦みたいに無残に殺してあげるぅ!」


「言ってろクソ姉妹」


「死ぬのはあんた達の方よ」


 殺気と殺気が交差するここは戦場。

 僕にとっては二度目の双子の魔人との戦闘は幕が上がろうとしていた。

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