第11話 ヴァネティア平野の戦い5〜狂気はすぐ目の前に〜

・・11・・

トラビーザ市郊外南南東

連合王国軍師団本部


 大爆発の直後、しばらくは呆然と立ち尽くしていたけれど我に返った僕はリイナと共に司令室テントの方に走って戻る。

 テントの出入り口には参謀達や通信要員の一部が、ルークス少将もいて唖然としていた。

 ルークス少将は僕達に気付くとすぐに駆け寄る。


「不味いことになったねアカツキくん……。黒煙の方向は……」


「ええ、ヴァネティア島の司令部です。爆発の規模からして建造物は崩壊している可能性が高いでしょう」


「つまり……」


「建物内にいた軍人はまず助からないでしょう。魔法起因だとしても物理的な爆発だとしても、とっさに魔法障壁を展開出来ても障壁は耐えられません。もしあそこにルラージ中将を始めとした上層部がいたのならば、全滅です。通信要員、ヴァネティアとの魔法無線装置は?」


「ダメです! 反応ありません!」


「応答以前に反応が消失しています! 推定ロスト!」


「建物ごとじゃひとたまりもないか……」


「大きな衝撃を受けているか爆発に巻き込まれれば魔法無線装置の内包魔力が暴走します。誘爆した可能性もあるかと」


「尚更爆発が大きくなるわけだ……」


「となると、被害も甚大でしょうね……。周辺にも被害は及ぶから衝撃波や瓦礫による死傷者も多いはずよ。少なくとも司令部機能は喪失で、現場は指揮どころじゃないわ」


 リイナの言うように、ほぼ確実にあの場にいるルラージ中将などのメンツは戦死で、防衛線本部の上層部は丸ごとやられてしまっただろう。

 となれば、いくらルラージ中将が無能でも他は違うのだから指揮系統は麻痺し戦況に多大な悪影響を及ぼす。当然士気もガタ落ちだ。特に法国軍にとっては初めての勝利に向けて意気旺盛になっていただけに冷や水を浴びせられた形になる。

 そして、大方実行したのはあいつらだ。


「双子の魔人、やりやがったね……」


「ヴァネティア島からは離脱してるでしょうし、どこかに向かっているかもしれないわ。旦那様、気をつけて。私が全力で守るから」


「分かってる。最大装備を整えるよ」


 リイナの心から心配する言葉に僕は頷き、一緒にテントの中に入る。ルークス少将達もほぼ同時に入っていった。

 僕が歩いていったのは、邪魔にならないよう隅に置いてあったのは双子の魔人がいるのに備えて持ってきたいくつかの武器の所だ。

 近くにある自身の革製の鞄を取り出すと、中を開けて戦闘になった際に動きの妨げになるジャラジャラとしたいくつかの勲章類を外していく。いつもなら名誉ある勲章は付けるべきだけど、これらが命を守ってくれる訳ではないからだ。


「北部方面展開の法国師団両方より連絡あり! 先程の爆発音はヴァネティア島の方角からしたが何事か。戦場は騒然としているとのこと!」


「嘘はつけないから真実を伝えろ。後で虚報を伝えてなお悪くなるよりずっといい。どうせ近い内に分かるハメになる」


「前方に展開している我が軍の連隊からも通信! 敵軍、残っているコマンダーに指揮が移譲されたのか統率が戻り、反転攻勢はしないものの敗走ではなく遅滞戦術に切り替わった模様。各所で再び白兵戦へ!」


「連合王国軍は精鋭無比の軍だ! 爆発は気にせず今は目の前の敵と戦え! 弾は惜しむなありったけぶち込め! 近付く敵は切りつけろ!」


「法国軍も同様の状態に突入とのこと!」


「それは向こうの判断に任せる! ああ、そうだこれだけは伝えろ! 各師団の本部の警戒は厳とせよと!」


「了解しました!」


 続々と入る通信に対して、ルークス少将は戸惑う事無く士気をなるべく低下させないようにしながら捌いていく。

 その間に僕は武器の装備を進めていく。既に顕現させてある「ヴァルキュリユル」のすぐ傍にダガーが入った鞘を二本腰に固定し、さらに太腿にも同様に二本を固定した。

 それを終えると僕はリイナに、


「ねえリイナ。刃物に遅延術式で魔法をかけてくれるかい? 属性は氷でいいから」


「分かったわ。四本全部でいいかしら?」


「うん。お願い」


 リイナは首肯すると、鞘から抜いた刀身に遅延発動術式を含めた氷魔法を発動して付与していく。


「リイナ、これって普通の氷魔法だよね? 炎そのものは吸収しない?」


「え? どうしてかしら?」


「ほら模擬戦の時に氷の壁を発動したでしょ? あの時炎が吸われるみたいになったからさ」


「あれは特殊よ。防御用だもの。ダガーにしたのは普通の氷属性。どうして?」


「いや、普通ならそれでいいんだ」


「あらそう。どうせ旦那様の事だからもしも戦うことがあれば相手が嫌がる事をするのでしょう?」


 リイナはまるで心を見透かすように、でもいつものように微笑みながら言う。


「失礼な。まあ、その通りだけどさ。正直戦闘にならない事を祈るけどね」


「私もよ」


「さて、これで備えは完了だ」


 僕は全てを終えると、ルークス少将の隣へ行く。


「ルークス少将閣下、状況はどうですか?」


「うん? 見ての通り大混乱さ。ってどうしたんだい、そんな短剣を四本も据えて。まるでこれから戦うような姿じゃないか」


「ルークス少将閣下を守るためです。貴方は師団長ですから」


「俺だって魔法能力者で召喚武器持ちなんだけどなあ。自分の身は守れるぞ?」


「備えあればなんとやらですよ」


「君だって参謀長のはずなんだけどな。まあいいか。で、戦況だったよな?」


「はい。緊急プランは各師団長に提言してあるので問題ないかと思われますが」


「訪ねた時のアレか。彼等も万が一を考えていたし指揮官が今は亡きの可能性高いルラージ中将だからね。君と似た対処事項は備えていたようで、アカツキくんの案と併せた複合案が遂行されたよ」


「防衛線総司令官は変更されたってことですね」


「ああ。階級と経歴順からマルコ少将に変更になった。事前に打ち合わせただけあって、ごたついてはいるけれど、命令指揮系統は回復したよ。ただ、やはり士気は落ちているみたいだ。相手の反攻も強くて遅滞戦術を上手いこと食らわされているって」


「総崩れになって反転攻勢されるよりずっとマシです。そうされない為にも敵に出血を強いたのもありますが」


「清々しいくらいにえげつないね君は。だがそれがいい。お陰で不測の事態の中でも戦える」


「僕ではなく兵士達による成果です。ここ周辺の警戒はどうです?」


「なんとか手の空いてる者達で本部周辺の人は増やしたよ。警備網も厚くした」


「了解です。あとはあの二人がここに現れないのを祈りましょう。他に現れられても困りますが」


「全くもって悩ましいね。イレギュラーの塊がいるって事自体洒落にならないよ」


「同意です」


「お話中失礼しますルークス少将閣下、アカツキ参謀長!」


「そんな慌ててどうしたの。何があった?」


 僕とルークス少将が会話を交わしてため息をついていると、急いだ様子で男性兵士が入ってきた。なんだろうと僕は彼に聞く。


「ほ、法国の、法国の士官二名を保護しました! ヴァネティア島の司令部所属の者のようです! 双子の魔人と遭遇したものの、なんとか振り切ってこちらに助けを求めにきたそうです!」


「なんだと!? それは本当か!」


「双子の魔人はどこに向かったの?」


「申し訳ありません、そこまでは……。なにぶん、お二人ともかなり取り乱しておりまして」


「致し方ない。渦中の現場から逃げてきたんだ。こちらで聞こう。アカツキくん、同行を願えるか?」


「ええ、構いませんが……」


「どうかしたかい?」


「いえ、なんでも」


 僕はそれ以上何も語らず、男性兵士の案内の元に保護されたという法国士官二人のいる所へ向かう。

 大爆発からそれなりに時間が経っているから命からがらここまでやってくるにはおかしくない時間だ。双子の魔人と遭遇し方角が法国軍の最前線司令本部なら、自ずと選択肢は一番近いここになる。

 けれど、もし双子の魔人が前線司令本部へ向かったのなら大問題だ。彼女等がヴァネティア島方面にいたのなら爆発の原因は二人だと確定して次の狙いが最前線司令本部ならそろそろ襲撃されかねない。けれど、そのような報告もないのはどういうことだろうか……。


「こちらの方々です」


 僕は訝しみながら歩いていると、二人のもとに着く。確かにそこには爆発によって煤けてしまった法国軍の軍服を着た、息を乱れさせる女性士官がいた。髪は長い黒で瞳は茶色。だけど顔は瓜二つ。

 背中がぞわりとする。双子なんて珍しさこそあっても話の掴みになる程度なのに、本能は警鐘を鳴らす。予感はきっと当たるぞと。

 しかしそれは僕だけで、ルークス少将含めて周りの人達は生き残っていて良かったという安堵の表情だった。唯一リイナだけが僕の硬い表情にほんの少し首を傾げるだけ。


「よく無事だった! 大丈夫だったかい?」


「な、なんとか……」


「まさか、魔人に遭遇するなんて……。死ぬかと思い、ました……」


「生きた心地がしなかったろう。悪いが、双子の魔人はどっち方角へ?」


「ごめんなさい……。逃げるのに必死で、振り向けなくて……」


「いやいいんだ。仕方ない。相手があの双子の魔人ならね。だがもう安心だぞ。ここは連合王国軍の陣中だ」


「は、はい……」


「ありがとう、ございます……」


「そうだ、誰か彼女らに水をやってくれ!」


「はっ! すぐに!」


 ルークス少将は生きて逃げられた二人に水をあげようと部下に命じ、部下も足早に持ってくる。

 すぐさま用意された水を部下から受け取ると、ルークス少将は手に取って彼女達に歩み寄ろうとする。

 その時僕は見てしまった。右側にいた女性士官は僅かに口角を上げ、一瞬だけ茶色の瞳が金色になった事を。あまりにもわざとらしい見せ方。

 決断は早かった。


「ルークス少将閣下、近付かないでください」


「は? なぜ――」


 ルークス少将閣下の疑問を最後まで聞くことなくホルスターから「ヴァルキュリユル」出して右手で握り、早撃ちで二発の銃撃。

 躊躇いなく、僕は彼女達を射殺した。

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