第10話 ヴァネティア平野の戦い4〜ルラージの最期と狂気の姉妹〜
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時間はアカツキがまだ参謀長として戦闘の推移を見守りつつ指揮をしていた頃に遡る。
ヴァネティア島に置かれている司令部周辺は、戦闘が始まった事により慌ただしさが最高潮となり多くの軍人が道を行き交っていた。そこにいるのは他の軍人達と同じように法国軍制服に身を包む二人の女性士官。彼女達の顔は瓜二つなほどにそっくりであるが髪色は黒であった。
忙しなく軍人達が動いていく中、二人の女性士官は違和感を抱かせることなく、かつてホテルで今は司令部の建物へ入っていった。
入口に立っている敬語の兵士二人に、
「ご苦労さま」
「ご苦労さまね。よく見張っていてね?」
と、労いの言葉を口に出すくらいに。
だが、黒髪の二人の女性士官。彼女らこそがあの双子の魔人が変装した姿なのである。しかし、もたされている情報のような黒翼は隠されているし髪色も紫ではなく黒髪であり、瞳の色も茶色とまるで別人のようになっている。故に司令部にいる誰もがよもやこの二人の女性が二人の魔人など気付くはずも無かったのである。
平然と歩く彼女達は、たまたま向かい側を歩いていた若い男性士官に声をかける。
「ちょっとそこのあなた」
「よろしいかしら?」
「はっ。いかがなさいましたか?」
彼は少尉で二人が変装に着用しているのが中尉の軍服だったので、男性士官はそれに気付くと丁寧に応対する。
「ルラージ中将閣下はどこにおられるかしら?」
「私達は中将閣下にお伝えする事があって来たの」
「中将閣下ですか……。先程までなら司令室にいたんですけど、昼の休憩を取るとかで司令官室に戻っていると聞いています。ご案内しましょうか?」
「まあ! とっても嬉しいわ!」
「あなた、親切なのね!」
「いえ、とんでもない。上官のエスコートも自分の仕事です」
変装した姉のラケル、続いてレイナの順に喜色満面の笑みを見せると、男性士官は美少女と美人の境目にある彼女らの笑顔を見て思わず頬を緩ませる。さりげなく優しさを滲ませたのはイリスの男の性かもしれないし、本人の性格かもしれない。
「司令官室は五階です。こちらへどうぞ」
「ええ」
「ありがとうね、あなたお名前は?」
五階までの移動はエレベーターを用いる。籠に三人が乗り込むとしばしの雑談と妹のレイラの方が男性士官の名前を訊ねた。
「ぼくですか? ドミニ・クロッソです。法国南部の出身なんですよ」
「へえ、ドミニ少尉は南部の出なのね」
「はい。戦線は東部が中心ですが、親が今回の出征をやたら心配していましてね。自分は文官みたいな存在だから大丈夫だって言っているんですが、特に母親が心配性で」
「生みの親ですもの。我が子を心配するのは当然だわ」
これから任務を行うというのに、淀みなく嘘を紡いでいくラケルと、レイラも同調して頷く。もちろん、お人好しそうな男性士官が二人の変装に気付くはずもない。
「戦争が早く終わってくれればいいんですけどね。少なくともぼくはこの戦いが終われば一度中央に戻って帰れそうですし、そうしたら母親に父親も心配させずに済みます。兄弟姉妹の顔も見られますね」
「ドミニ少尉は家族思いなのねえ」
「ええ、よく言われます」
ラケルが微笑んで言うと、ドミニ少尉ははにかんで答える。ラケルとレイラ二人の偽りしかない会話も、エレベーターが目的階に到着する事で終わりを告げる。
「おや、到着したようですね。中将閣下のお部屋はこちらです。僕がノックしますね」
「何から何までご親切に。ありがたいわ」
「感謝するわ」
「いえいえ。――ルラージ中将閣下、兵站局のドミニです。途中、中将閣下にお伝えする事があるという女性士官御二方と会いまして、お連れ致しました。通してもよろしいですか?」
「伝える事? そんな覚えはないのだが……。まあいい、通せ。案内ご苦労だったな」
「はっ! では、自分はここまでです」
「ええ」
「また今度、があればね」
「はい!」
ドミニ少尉がこの場を去ると、チャイカ姉妹はルラージ中将の部屋の扉を開けて入室する。さりげなく鍵を掛けて、ラケルはこっそり何やら呪文を唱えた上で。
部屋の主であるルラージ中将は大した事はしていない筈なのだが、何故か疲労気味であった。
「貴官等が報告があってきた者か? 見慣れない顔だがここだけでも五千人はおるからな……。して、要件は何か?」
普通ならば、身に覚えのない報告には違和感程度なら抱くはずなのだがルラージ中将はそこまで頭が回らないようだ。彼が無能だと裏で囁かれている理由の一つである。
そして、その無能さが彼の運命を決めてしまったのである。
「要件。そうねえ、貴方の命かしらぁ」
「お命頂戴、なんてねえ」
ラケル、レイラの順におどけたように言うが途端に彼女達からは殺気がにじみ出る。口角は歪に曲がっていた。
「……は? 冗談にしてはタチが――」
「これでも冗談にぃ?」
「思えるぅ?」
二人はニタァと笑うと、これまでしていた変装を解除する。
長い黒髪は紫色へ。
瞳の色は金色へ。
存在していなかった黒翼を広げて。
それはまさしく、報告通りの双子の魔人の姿であった。
「なっ、あっ、なぁ……!?」
ルラージ中将は情けなく口をパクパクとさせている。目の前にいるのはあの魔人。しかも自分と双子の魔人以外は誰もいないのだから。
「だ、誰か!! 誰かおらんかー!!」
「ひひひひっ、外には聞こえないわよお?」
「だって、外に音が漏れないようにしたものお。しかも、鍵も閉まっているしぃ」
助けを求めようとするルラージ中将であったが無駄であった。本性を現したチャイカ姉妹は扉の鍵を閉めて外から入れないようにしただけでなく、遮音の魔法も発動した為に中でどんな音がしようとも外部に漏れでることはない。正真正銘、孤立無援であった。
「そ、そんな、いや、馬鹿な……。ど、して、あ、貴様ら、が……」
「ふひひひっ! 恐怖のドン底に叩き落とされた表情がたまらないわぁ!」
「ええ、ええ姉様! これが見たかったのよぉ! 豚を殺すなんてつまんないけれど、絶望を目にしただけでも十分だわぁ!」
「こ、ころ、ころ、す……!?」
自身が罵倒されている事に気付く余裕すらもなく、ルラージ中将は死刑宣告を突きつけられ戦慄する。
チャイカ姉妹の任務とは、ルラージ中将の殺害である。目的はルブリフでアカツキが行ったような司令部の首狩り戦術。ただし彼が行ったのは魔物は別として、せいぜい数百人程度の魔人の小規模司令部。しかし二人が行おうとしているのは連合王国軍を含めて六個師団を一応は取り纏めている防衛戦の司令部。チャイカ姉妹は簡単すぎる任務だからとお遊びのように捉えているが、達成されれば効果は絶大である。文字通り六個師団の頭が狩られるのだから。
だが、二人にとってはそんな事はどうでもいいらしい。
時間はそれほどかけられないものの、じっくりと殺しを愉しむつもりのようで、だからこそなんとか口を開けたルラージ中将の問いにラケルはケタケタと笑いながら答えた。
「な、貴様らには、あの夫婦を、遊撃に……!」
「夫婦ぅ? あー……、あ! あの自信だけは満ち溢れていた男と女の人間のことねぇ。殺したわよ?」
「なあぁぁぁ!?」
「流石に強い召喚武器持ちのようだから程々には魔力を消耗させられたけどぉ、それだけぇ。人間って魔力が少ないじゃない? あの二人は召喚武器に頼り過ぎだから結局は押し負けするのよ。まあ、程々には楽しかったわよ? ねえ、レイラ?」
「ええ、姉様。愉快、とっても愉快だったわ。先に男の人間を殺そうとしたのだけれど、女が叫ぶのよ。その人だけは助けて! 殺さないで! 殺すならあたしにしなさい! ってね! けどぉ…………、どっちも殺しちゃった! たぁくさんの剣で串刺しに! きゃはははは!」
「それはもう傑作だったわよぅ!!」
「そ、そん、な……。これでもう、三人も……」
狂ったように笑うレイラとラケルはまさに狂気を姿にしたようであった。この世にあるものとは思えない二人の様子に、ついにルラージ中将は股間を濡らし失禁してしまった。
二人はひとしきり狂い笑いをするとようやく落ち着いたのか、声のトーンを落としてラケルが言う。
「正直ねぇ、あなたを殺すのも造作もないし死んだ人間なんて興味ないわぁ。だからあなたに、聞きたい事があるの」
「ひ、ひ、は……」
「あらあら姉様。言葉も出ないようよぅ?」
「仕方ないわねえ。とっとと聞き出しましょうか。ねえ、人間。豚。無能。アカツキ・ノースロード。彼はいるのかしらぁ?」
「あ、あかひゅき? か、かへなはいふ! いふ! ひふはらどうは!」
「いるのねぇ。ふふふっ、ふふふっ、ふふふふふふっ!」
「ラケル姉様、彼はやっぱりいたのね!」
「良かったわぁ。これで失望せずに済むもの。こんな退屈な場所はもう沢山よぅ」
「どうは、たすけ――」
「ざぁんねん、御苦労さまでしたぁ」
ルラージ中将の命乞いは最後まで言葉が出ることはなかった。ラケルの嘲笑と同時にレイラの魔法によって顕現した黒剣によって首と胴体が別れてしまったからである。
ごとり、と生々しい音がする。飛び散る鮮血は噴水のようであった。しかし魔法によって血飛沫は一切二人にはかからない。
「うん。やっぱりつまらないわ。味気が無さすぎるわね」
「そうよ、姉様。なあんにも面白くない。だからここを吹き飛ばして早く行きましょう? アカツキ・ノースロードの所へ。愉しめそうな、人間の所へ」
「ええレイラ。愉しい愉しい殺戮遊戯へ向かいましょう」
何事も無かったかのようにルラージ中将の部屋を出るチャイカ姉妹。
彼女等が平然と橋を渡りきった頃。司令部の建造物は木っ端微塵に爆発した。
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