第9話 ヴァネティア平野の戦い3〜小さな野砲のような存在〜

・・9・・

トラビーザ市郊外南南東

連合王国軍師団本部


「砲兵が吹き飛ばし、ガトリング砲部隊が穴だらけにし、歩兵がさらに風穴を開けて魔法兵が慈悲なく浴びせる。敵が退却したら魔法騎兵でさらに撹乱させ、そこに突撃。今のところ僕の理想通りに事が進んでる」


 僕は続々と耳に入る報告に戦いが順調に進んでいることへ胸をなで下ろす。

 戦闘が始まってからそろそろ三時間が経過する。懐中時計に目をやると、そろそろ正午。これまでに魔物軍団一個旅団相当を屠ったことで相手の数は約一万五千まで減少させた。それでも魔物軍団は召喚されたであろうコマンダーによる命令で突撃してくる集団もいた。

 それに今回の戦闘では相手に魔法を行使する魔物がいるので、ルブリフの時と違って銃撃を防がれたり魔法攻撃もしてくるからこちらにも死者負傷者が少数ながら発生した。最新の報告では死者約百、負傷者約三百。全体の四パルセントではあるけれど、前回に比べるとやはり多かった。

 そして、気にかかるのはやはりあの事。僕は戦況が描かれている地図が置かれた大きなテーブルの向こうにいる、三十代後半の男性中佐であるノーム参謀に声をかける。


「ノーム参謀、双子の魔人の出現は報告あった?」


「はっ、アカツキ参謀長。いえ、召喚士飛行隊には合間を縫って探させていますが現在報告はありません。どこにいるのかも不明です」


「不気味だなあ……。かといってこれ以上割く余裕は無いし……。帰国したら今の部隊拡充ペースをより増やさないといけないね……」


「師団定数は一個飛行隊なので仕方ないかと。国内であるならともかく、外国では二人の捜索だけに回すのは流石に……。後手もいいところですが法国にも召喚士飛行隊の創設を提言するしかありませんな……」


 ノーム参謀の発言に、他にもこの場にいる参謀達は頷く。


「ノーム参謀の言う通りだね。目の前の脅威が先だ。双子の魔人対策はこの本部強襲に備えた警備の強化を維持しよう」


「了解です」


 ノーム参謀との会話を終え、若干優位から優位に変わりつつある戦場の様子を聞いてさてどうするかと考えていた時、通信要員が少し慌てた声で報告してきた。


「召喚士飛行隊から続報! 敵後方に控えていた一個旅団相当がコマンダーを中心に全速突撃を開始しました!」


「連中も飽きないなあ。対処は可能?」


「ど、同調して一個旅団相当を庇うように残りが攻勢を始めたとの報告あり! 召喚士飛行隊、いや、各連隊からも!」


 こんな器用な真似は魔物には不可能だ。つまりはウィディーネのどこかに潜んでいる召喚士部隊の隊長が、数が不利になる前に賭けに出たってことか。ギャンブルにしては賢い選択だし、どうやらルブリフの時の隊長と違って頭が回る魔人みたいだね……。このままだと連隊単体では不利だし。


「本部を守るのは一個連隊だ。アカツキくん、どうする? 何か手はあるんだろう?」


「ええ。普通なら危機的状況に繋がりかねませんが、手札はあります」


「安心と信頼の旦那様のカードね。大方、アレでしょう?」


「そういうこと。――本部直衛の第一〇一連隊へ通信。特設第一〇三魔法大隊アレン大尉に例の使用を許可。優先目標は魔法行使のゴブリンと指揮者のコマンダー。連隊歩兵隊は援護射撃で前面の魔物共を蹴散らせ」


「了解しました!」


 報告が入った直後こそテント内はどよめいたけれど、ルブリフの戦いにおける実績があるからか、すぐに全員が落ち着きを取り戻す。前世のアニメにあったなんでも道具を出してくれるロボットじゃないからそうぽんぽんと手札があるわけじゃないけれど、備えはしてあるから使うまでと僕も至極冷静に命令を下した。


「ルークス少将閣下、僕はテントから出て外で様子を見てきます」


「分かったよ。こっちは任せておいてくれ」


「お願いします」


「私は旦那様に同行するわ」


「うん、頼むね」


 僕は生の様子を自分の目で確かめたいからとルークス少将に告げて、観測用の単眼鏡を手に取ってリイナと一緒にテントの外へ出る。師団司令部のテントがある場所は約十メーラ程度小高い場所に位置しているから、連隊まであと三キーラに迫りつつある敵旅団の様子がよく見えた。


「感心する程に魔物軍団の連携が取れてるなあ。相手の召喚士隊長は優秀だね」


「しかもベットを全出しだなんてなかなかに豪胆よ。けど残念。私達には旦那様がいるからあちらの負けは既に確定ね」


「この為に参謀長直轄部隊を認可してもらったんだ。アレン大尉達ならやってくれるさ」


 連隊まであと二キーラ半。とっくに連隊配備の野砲は射撃を開始していくらかは敵を屠っているけれど撃ち漏らしも多い。逃げないでくれている歩兵達は本当に勇気があると思うよ。


「あと二キーラ、そろそろだね」


 僕が言った瞬間、連隊前方の部隊から魔法陣が多数顕現する光が発せられる。アレン大尉達第一〇三大隊がいる場所だ。光の数からして、一斉攻撃をするつもりなんだろう。

 通常、戦術級以上を除いて魔法の射程範囲はせいぜいが一キーラ。上級の一部なら一キーラは越えるけれど二キーラは届かない。けれども、アレン大尉は約一キーラ九百メーラの時点で統制魔法攻撃を開始した。

 発せられたのはただの魔物には有効な火属性の魔法。一斉に放たれた数百もの火球はいつもより早い速度で魔物達に、とりわけ魔法を使うゴブリンや指揮者たるコマンダーに襲いかかる。

 標的とされたゴブリンマジシャンは複数の魔法攻撃によって障壁を展開させても一溜りもなく吹き飛ばされ、あるいは燃やされる。効果は上々。届くはずがないと思っていた攻撃が当たったからか、突撃速度もやや鈍っていた。


「第二射だ」


 僕がぽそりと呟いた瞬間に、再び同じ場所から魔法陣の発光。そして、再攻撃。

 今度は別のゴブリンマジシャンやついに突出をし始めていたコマンダーに命中する。


「まだまだ」


 間髪入れずに第三射、第四射、第五射が当たっていく。他種に比べて頑丈なコマンダーもさすがに連続して攻撃を受けるとここからでも大きいと分かる巨体は地面に沈んでいった。

 指揮官の死亡はすなわち、魔物軍団の統率力が著しく落ちる事となる。統べる者を失った一個旅団相当はみるみるうちに陣形がが崩れていき、これを好機と連隊所属の魔法騎兵隊が吶喊し敵軍をかき乱す。そこへ追い討ちに歩兵隊が銃撃という具合だ。

 総崩れになっていく妖魔軍を僕は満足げに見つめていた。


「第一〇三大隊だったかしら。大活躍ね。遠距離魔法銃撃を契機にして襲撃した旅団が崩れていくわ」


「M1834を装備させて訓練しておいて良かったよ。魔法大隊クラスなら一般歩兵部隊より火力は凌駕するからね」


 届かないはずの距離からでも魔法攻撃を可能にした正体、それはM1834だ。

 M1834は魔法ライフル銃で以前改革視察の、魔法科学研究所に向かう際にキャロル大尉と話した時話題に上がった魔法銃の事だ。

 実弾が必要という差こそあるものの、僕の持つ「ヴァルキュリユル」と同じように魔法銃撃を可能とするこの武器。けれど普及はしていない。単価がD1836に比べて約二十倍と高すぎるからだ。だから改革が始まって一年が経過した今でも極少数しか生産されておらず、現在でも約二千五百丁しか無く去年とほとんど変わっていない。

 けれど、大隊規模で導入する分には問題ない。大隊の定数なんて最大定員でも五百を越えるくらいだからね。なので今回の遠征にあたって、去年の末から試験的にM1834を導入している一〇三魔法大隊を連れてきたんだ。


「M1834は魔法銃撃を可能にするわ。でも、魔法をより遠くに届かせる加速術式を併用するなんてよく思いついたわね。魔力を余計消費する上に、使うとしても戦争前の魔物討伐程度では機会に恵まれないから注目もされていなかった術式なのに」


「今は戦時だからね。使えそうなものは積極的に使うさ。確かに加速術式は魔法に付加させるには一番低い魔法能力者ランクには荷が重いかもしれないけれど、一〇三の部下達は並列行使も手馴れてる最低Bランク以上で構成されている部隊だ。練度が高いから特殊任務にも耐えうる。もちろん、魔力消費が増える分いくら一〇三でもずっと使い続けるのは厳しいけれどね」


「火力そのものが魔力に依存するものね。でも、これだけの効果を発揮するのだから強力な存在よ。だって、二キーラ先から狙えるんだもの」


「こうなると小さな野砲みたいなものだね。しかも属性付きの。本当は別の、もっとシンプルな使い方をかんがえていたんだけど今回はこのやり方の方が効果的だよ」


 加速術式に魔法銃撃を組み合わせる事によって実現した、歩兵でも砲兵並の射程と火力を持つこの方式。理想としてはもっと数を増やしたいところだけど予算の問題と人材の問題はいつの時代でもついてまわる。魔法を含めたら尚更だ。

 だけど視線の先に広がっている連合王国軍の優勢を見たらひとまずこれでいいだろうと感想を抱く。

 さて、連合王国軍に攻勢を仕掛けてきた妖魔軍二個師団については片付けられるだろうし、これが終わったら中央に展開する法国軍の援護にも回れるだろう。となれば今日中は無理だとしても明日には防衛に回る側から追撃戦を仕掛けられる側に立場が変わる。法国にとっても戦争開始以来初の勝利が見えてくるし奪還となるんだから士気面は心配無用。少しは肩の荷が降りそうだな。

 そう思っていたらだった。

 僕とリイナがテントに戻ろうとした時、かなり大きな爆発音が耳に入る。


「なんだ今の!?」


「相当大きな音だったわよ?!」


 僕もリイナも突然の轟音に驚愕する。音が発せられたのは、南か西の方角からだろうか。

 僕とリイナは爆発音のした方に体を向ける。そこには。


「旦那様、あれって確か……」


「……クソっ、ヴァネティアの司令部の方面じゃないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る