第8話 ヴァネティア平野の戦い2〜とある法国師団長は願い祈る〜

・・8・・

トラビーザ市東

法国軍神第15神聖師団師団本部


 イリス法国陸軍第十五神聖師団師団長、マルコ・グイッジ少将は今年で軍に入って三十一年目の、五十九歳になる最古参であり現場から叩き上げの少将である。彼は信仰に篤く、また丁寧な口調であり部下を大事にする指揮能力に優れた名将で、今も法国が誇る練度の高い魔法兵で組織された連隊による濃密な魔法火力支援によって数に勝る妖魔軍魔物軍団に対して良く戦っていた。隣接する第十三神聖師団師団長は彼の長年の友人。法国には師団単位でしか魔法無線装置は導入されていないがそれでも適切な連携で同じように戦闘を繰り広げていた。

 戦況は若干の有利。マルコ少将はひとまずはと少し安心していた。


「ウィディーネでは手痛くやられましたが、あの時は数的不利が過ぎたのと双子の魔人というイレギュラーが現れてしまっただけ。神の御加護の下に集いし我々が二度も負けることはありませんよ」


 マルコ少将は大きなテーブルに広げられた戦況が示されている地図を眺めながら独りごちる。

 現在のところ問題の双子の魔人が出現したという報告は入っていない。未だに発見出来ていない不安はあるものの今は戦いの指揮に集中するべきでしょうと彼は判断する。

 あの魔人二人に注意しなければならないが、それよりもマルコ少将が関心を持っていたのは南から連続して響いてくる砲声であった。


「それにしても、連合王国の砲兵隊は凄まじいの一言に尽きますね。悔しいですが、私達法国のそれと比較して絶え間無く続いていますよ」


「マルコ少将閣下。聞くところによると、連合王国が保有する野砲のMC1835は分速十三発だそうです」


「トルド大佐、いつの間に戻ったのですか? 少し驚きましたよ」


「失礼しました。ついさっきです」


 トルド大佐はマルコ少将の副官であり、師団参謀でもある四十代初頭の暗めの茶髪が特徴の男性だ。第三者からはマルコ少将の優秀な右腕と評されている。


「そうでしたか。しかし十三発ですか! 四年前に新たな大砲を開発した話は耳にしていましたけれど、このように遠くからでも実感すると素晴らしい重火器ですね。火力が違いますよ」


「自分も連合王国軍が援軍にやって来てくれた時、一個師団にしては大量の武器弾薬を持ち込んできたものだと思いましたが、これだけ連続して撃てば我が国に比べてあっという間に砲弾が無くなります。あんなに運んできたのに合点がいきましたね」


「遠路はるばる、連合王国と違って鉄道も敷設されていない我が国での輸送は大変だったでしょうに、有難いものですよ。今も鳴り響き続ける砲音を聞いているとこれほど頼もしい味方はいないと実感します」


「財政に余裕のある連合王国だからこそ実現可能なのでしょう、マルコ少将閣下。昨年から始めた改革に膨大な投資を行った結果が今の連合王国軍の攻撃です。我々もかくありたいものですが……」


「信仰は非常に重要ではありますが、首都イリスの大聖堂改修を始めとした宗教関連予算が近年他の予算を圧迫していてますからね……。故に万年赤字の我が国では難しいでしょう……」


 法国の首脳である法皇は、ここ十年のところ宗教に関する予算を連続して増やし続けるよう法皇令を出している。かといって国民への過大な増税は反発を生む。結果、程々の増税程度では賄いきれないので何処かが割を食うのだがその最たる例が軍事予算であった。維持するには問題無いが、装備更新や開発などには心許ない配分となってしまう。故に法国は魔法兵科を除いてスカンディア連邦に質の面で追いつかれつつあり、戦争が始まってから大慌てしてしまう事になったのである。

 だが、現場はあるもので戦うしかない。マルコ少将もそれはよく分かっていた。


「連合王国軍偵察飛行隊から連絡あり。法国第十三神聖師団の通常火力が一部白兵戦突入により若干弱まりつつあり。アカツキ連合王国軍参謀長は、ここでサージ中佐に任せるには彼に負担がかかる。自軍の魔法歩兵大隊が射程内にあるので貴軍の支援を行う用意ありとの事」


「大隊規模でですか! それは有難いです! すぐさま承認を!」


「御意に!」


 戦況報告は法国軍以外に連合王国軍からも提供されていた。連合王国軍には陸の目の他に空からの目がある。戦場を俯瞰可能なそれは攻撃こそ出来ないが非常に強力な存在である。それが証拠に法国軍は情報支援を下により的確な指揮を実現していた。さらにそこへアカツキが自軍の一部を火力支援に回してくれるとのこと。マルコ少将にとっては即断即決の進言だった。


「マルコ少将閣下」


「なんでしょうか」


「アカツキ参謀長は本当に今年で二十三なのかと思える程熟達していると私は思います。戦況分析、先進的な戦争に対する目線。我々の一歩も二歩も先に行く既存を改良した上での運用法。魔法能力者ランクこそAで召喚武器もAなので典型的な英雄にはなり得ませんが、それを差し引いても優秀すぎる人物です。これほど参謀に適した人物はいません」


「どうでしょうか。参謀だけでなく、一人の魔法能力者として、戦う者としても優秀かもしれませんよ?」


「何故そう思われるのです? 彼には悪いですがAランクの魔法能力者なら我が法国にもそれなりの数が揃っていますよ?」


「ほら、忙しい中でわざわざ彼が訪れてきたでしょう? 意見交換と連携などをしたいと申し出てきた時です」


「ああ、あの時ですか。それがどうかしましたか?」


「私は現場上がりです。実戦経験もそれなりにしてきている。だから気付いたんです。彼の瞳は、間違いなく軍人として殺しをしてきている目でした」


「まだ二十代前半の軍人で、それも貴族がですか!?」


 トルド大佐は驚愕する。マルコ少将が決して嘘を言わない事に定評があるから尚更だった。マルコ少将の推測は確かに当たっていた。アカツキは前世においても軍人で、特殊部隊という環境から任務として銃を撃つ事など手慣れている。躊躇いのない判断と、リールプル郊外における即興ながら適切な判断も経験の裏打ちだ。無論、マルコ少将が本当の理由など知る由もないのだが。


「彼がどう生きてきたのか、一介の師団長たる私には分かりません。まして他国なら尚更です。けれども、これだけは確実に言えます。実戦経験の少ないSランクより、アレは戦えるでしょう」


「連合王国は末恐ろしい存在を参謀長に据えているのですね……」


「だからこそかもしれません。いやはや、連合王国が妖魔軍で無くて良かったですよ。味方であれば心強いのですから。――さて、お話もこれ位にしておきましょうか。そろそろ定期報告が入る頃でしょう。通信要員、定期報はどうなっていますか?」


「今受信中で……、受信しました! 我が軍、北部方面及び中央方面において若干の優位! 攻勢への転換が間もなく可能! 連合王国軍はいっ、一個師団で既に敵の旅団相当を壊滅! 攻勢転換を開始しました!」


「大変よろしい! このままの勢いで妖魔共を蹴散らしてやりなさい! ルラージ中将閣下は市街戦を含めて考えておられましたが市街での戦闘なぞ私が許しません! 一匹足りとも通しはしませんよ!」


 ここまでいいようにしてやられていた法国軍にとって初の有利な展開になりつつあり、この場にいた全員が沸きたっていた。

 だからこそマルコ少将は思う。

 この戦い、このまま推移すれば勝てる、と。

 同時に彼は祈っていた。

 願わくば遊撃任務にあたっているSランクの夫妻があの双子の魔人を討ってくれんことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る