第2話 初っ端からハプニングと、改革特務部の船出
・・2・・
僕はふっかふかのおっぱいに包まれ、自身の小柄で華奢な体は女性らしい柔らかい肢体に抱きしめられる。彼女から発せられる香しい良い匂いは僕の脳髄を直撃し、思考回路が鈍くなっていく。全身からは力が抜けていき、立つのも困難になりそうだ。
…………ってそうじゃないよ!エロゲじゃないんだぞこれは!
そもそも誰だよこの人!? 入室していきなり抱擁されるわ旦那様と呼ばれるわで僕の頭は大混乱だ。
だからだろうか、自身から発せられたのは情けないことに。
「む、むぐう……」
強く抱きしめられたことにより空気が漏れるような声だった。
「はあぁ、実物を間近で見るとちっちゃくてとても可愛らしいわ! ぎゅううっとしたらすっぽりと覆えてしまうなんて! なのに勇敢に戦い改革を提案した知性を持ち合わせるなんて完璧! まさに私の旦那様ね!」
「ぐぅ……」
「愛らしい! 強い! 賢い! 最高じゃない! よーしよしよし撫で回してしまいましょう!」
「いき、がぁ……」
「こらリイナ。いつまでそうしているつもりだ」
「あら、ごめんなさいお父様。私ったらつい!」
遠くなりつつある意識の中、後ろからはマーチス侯爵の呆れた声が聞こえる。侯爵が注意をしたところ、彼女はようやく僕を解放してくれた。危ない、あやうく戦場でもないのにヴァルハラ行きになる所だった……。
…………ん、待てよ? 今この彼女、マーチス侯爵をなんて言った?
僕は乱れた衣服と髪を整えながらマーチス侯爵の方に振り向くと、彼は呆れていた表情を謝罪に変える。
「…………あの、マーチス侯爵」
「本っ当に、本っ当にすまない……」
「いえ……、少々驚きましたがお気になさらずに。ところで、まさかなんですが、こちらの彼女はもしかして……」
「そのもしかしてよ私の旦那様! 私はリイナ・ヨーク。連合王国陸軍魔法少佐でランクはA。本日付で改革特務部部長補佐兼秘書に就任したの。マーチス大将は私のお父様なのよ。よろしくね?」
リイナ・ヨーク。僕と同い年の二十二歳。
…………あの時の感触は置いておこう。ちなみに彼女は、本人の言う通りマーチス侯爵の長女――マーチス侯爵には長男がいるので後継はその彼になっている――で、外聞によれば頭脳明晰で魔法の才能もある絵に描いたような完璧美女。ただ、自分に釣り合う男性が現れない限りは結婚する気もなくこれまで幾つもの縁談を断ったって聞いてたんだけど僕に対していきなり旦那様呼ばわり。どういうことなのかさっぱり分からないので、これは仕事が終わり次第彼女に聞いてみた方がいいだろうね。
その彼女。妖艶に微笑むリイナに、終始彼女のペースになっている為にぽかんとしている部署一同。そりゃそうだよね。初出勤してすぐに広がった光景がこれだもん。
しかし、ここで僕がいつまでも困惑していても仕方ないので、改めて自己紹介をする。
「僕はアカツキ・ノースロード。年齢は二十二。連合王国陸軍魔法大佐で、本日から改革特務部部長に就任。王宮伯爵にもなった。魔法のランクは先日正式認証されてAマイナスかな。これから補佐してくれるんだよね。よろしく」
僕はリイナに握手を求めると、彼女は快く握り返してくれた。
突拍子もない行動で被害者たる僕がすぐに立ち直って軍人らしい振る舞いで自己紹介すると、部署の人達も感心したのかまばらではあるけれど拍手が起こる。マーチス侯爵も一安心したのかほっとしていた。
よし、軌道修正は出来たみたいだし気を取り直していこうか。
「改革特務部の皆、書類で君達の履歴は見させてもらったけれど自己紹介をしてもらってもいいかな?これから一緒に働くんだ。本人の口から聞きたいからね。んー、そうだな。まずは各課長から」
僕が微笑しながら言うと、流石は軍人。課長に就任した四人は僕の前まで歩いてきて一列に並ぶ。
「それじゃあ鉄道改革課から」
「はっ! 本日付より改革特務部鉄道改革課課長を承りました、ジェフ・フリードウッドです。先日までは陸軍輸送部輸送研究課に所属しておりました。階級は大尉であります!」
鉄道改革課課長のジェフ大尉は二十代後半は快活がウリと言った様子の金髪の好青年な男性だった。敬礼も模範的だし、明るそうな雰囲気は好印象だね。
「よろしくね、ジェフ大尉」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! 鉄道に先進的な視点を持たれておられるアカツキ大佐の下で働けて光栄であります!」
「専門的な事を聞くことになるだろうか、お願いね。次、兵器改革課課長かな」
「は、はい。自分は本日付で兵器改革課課長を仰せつかりました、ジョセフ・デニスです。階級は中尉から大尉に昇進しました。ぼ、ぼくが課長につけるなんて思ってなかったので驚いています。前は兵器管理局にいました。そ、その、どうかお手柔らかにお願いしますっ」
兵器改革課課長のジョセフ大尉はジェフ大尉とは対象的におどおどした様子の、青い髪の毛の青年だった。歳は僕より半世代上だったはず。身長は僕より二周りも高い百七十シーラもあるのに、百五十シーラしかない上に下手すれば女の子っぽく見られる僕に対して少し怯えている節がある。そんなにびくびくしなくてもいいんだけどなあと思いつつも。
「ジョセフ大尉。課長に選ばれたってことは君が将来、あるかもしれない第二次改革の兵器部門中核を担う事になる可能性もある。だからもっと自信を持っていいよ?」
「ひぇ、アカツキ王宮伯爵閣下は第二次まで考えられているんですか。すごいなあ……」
「まだこれから第一次だからどうなるか分かんないけどね。あぁ、それと僕のことはアカツキ大佐でいいよ」
「す、すみません! アカツキ大佐!」
「たはは……。ジョセフ大尉もこれからよろしくね」
「はいっ」
「さて、次は情報改革課の課長だね」
「はいはーい! あたしは本日付で情報改革課の課長になったキャロル・エンフィールドっす! 階級は魔法大尉っすよー。ランクはBっす。ほら、無線装置は魔法使える人じゃないと扱えないっすから。ここに来るまでは軍の情報局情報研究部に所属してたっす。改革なんて楽しそうな部署に配属されてとてもワクワクしてるっす! これからよろしくお願いします!」
情報改革課課長のキャロル大尉は二十代半ばのメガネをかけた、ショートカットで茶髪のやや小柄な女性だった。軍服の上に白衣を纏っている、この部署では珍しい出で立ちでいかにも技術者って感じだった。性格は喋り方から話しやすそうな様子なので円滑にコミュニケーションは取れるだろうね。ちなみに僕が持っている書類には配属前の部長からコメントが付いていて、生粋の研究畑の者なので暴走しがちな面はあるが有能なので手綱をしっかりと握ってやってくださいと書いてあった。まあ、それくらいなら問題ないだろう。改革なんて傍目から見たらぶっ飛んだ事をする部署なんだから多少ネジの飛んだ人材でも構わないし。
「情報伝達は軍にとって重要事項。キャロル大尉には期待してるよ」
「おまかせあれっす!」
「最後は兵站改革課の課長だね」
「はっ。自分は兵站改革課課長になりましたロイド・ハンコックであります。階級は中尉から大尉に昇進となりました。前配属は兵站管理局であります。兵站は地味な部署ではありますが、アカツキ大佐においては兵站部門にも改革のメスを入れるとのこと。大変嬉しく思います。これからよろしくお願いします」
兵站改革課課長のロイド大尉は三十代初頭の、大柄で少し寡黙な男性だ。髪の毛の色はジェフ大尉と同じ金髪だけど、結構短くしてある。典型的な軍人タイプっていいのかな。質実剛健を体に現したような人だし。いやあ、大柄っていいよね……。軍服がすごく似合うし。
「兵站は平時有事に関係無く軍には不可欠な存在。有事ともなれば兵站管理の不届きは死活問題になるからね、重要性はよく知ってるよ。弾が無くちゃ戦えないし、食糧なくちゃ飢えちゃうでしょ?」
「ご最も。その通りであります。しかし、有事、でありますか」
「二百五十年の平和が続くのが一番いいけど、平和がいつまでも続くのは盲信さ。備えあれば憂いなしってね」
「勉強になります、アカツキ大佐」
「ロイド大尉もそう畏まらなくていいからね。これからよろしく」
「はっ!」
そう言われて少しだけ口角を上げたロイド大尉はまるで歴戦の戦士の笑顔のようだった。実際は兵站管理局の人だから戦うとかはないだろうけど。
「よーし。課長クラスの自己紹介も終わったし次は各員の自己紹介を。短くになっちゃうけど、お願いね。マーチス侯爵、お時間はよろしいですか?」
「構わん。元からある程度の時間は取ってあるし、オレも知っておきたいからな」
「ありがとうございます。じゃあ、鉄道改革課の人からよろしくー」
各員の自己紹介は一人あたり三十秒程度で、三十名以上いることもあってそれなりに時間はかかったけれど滞りなく終えることが出来た。テキパキとこなしていく様を隣にいるリイナ少佐はうっとりした表情で眺めているけれど、気にしたら負けだ。負け。
さて、全員の自己紹介が終わると僕は。
「では、続いてこの改革特務部の直轄管理されるマーチス大将閣下からお言葉を頂きます。マーチス大将閣下、よろしくお願いします」
「うむ。――諸君達、知ってはいると思うが、マーチス・ヨークだ。この部署は大臣直轄部署であり、アカツキ大佐の上司はオレになる。つまりは諸君等もオレの直属の部下となるわけだ。この改革は勅令によって遂行される。早い話が国王陛下肝いりの政策というわけだ。本改革が成功すれば我が王国、我が軍は飛躍的に発展、進化を遂げるだろう。諸君達はその先頭に立って行動する事となる。全力を持って取り組んでくれ。以上だ」
マーチス侯爵の訓示が終わると拍手が起こり、僕はそれを見回してから。
「マーチス大将閣下、ありがとうございました。それでは、今日からこの改革特務部は動き出すからみんな、よろしくね!」
『はっ!』
僕の号令に、全員が威勢よく敬礼して答える。リイナ少佐はというと、相変わらず恍惚たした表情を浮かべて僕を見つめていた。うん、仕事が終わったら絶対に話をしよう。
まあ、何はともあれだ。入室の際にハプニングはあったけれど、改革特務部はこうして無事船出となったのだった。
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