第2章 改革と戦争の足音編

第1話改革特務部で待ち受けていたのは

・・1・・

ヨールネイト暦1838年4の月2の日

アルネシア連合王国・王都アルネセイラ


 厳しい寒さの冬から季節はすっかり変わって春を迎えた王都アルネセイラ。暖かくなったこの街には活気が溢れかえり、特に仕事に携わる者は忙しなく動き回っていた。

 前世では四月といえば新年度なので学校ならば入学式や進級、官公庁や会社では入社式の後に働き始めたり配置転換先で働くことになる月だ。それはこの世界でも例に漏れず、人事異動により王都や各都市の出入りも激しくなる。

 僕もその中の一人で、拠点は実家のノイシュランデから王都アルネセイラへ移り住処もノースロード別邸になっていた。無論、貴族の僕が動けばノースロード家使用人の動きも変わる。随行したのは僕の専属メイドであるレーナ、これを機に護衛部隊隊長を後進に譲った専属執事のクラウドと護衛部隊が二個分隊相当の十名。他にメイドと執事などが数名が僕と一緒に王都へ居を構える事となった。

 三月下旬に王都へ着き引越し作業も終えて全て整った今日、僕は新しい職場とも言うべき場所へ馬車で向かっていた。行先は職場なので馬車の中は僕一人だけだ。


「にしても連合王国軍統合本部、か……。出世も出世だなあ。さて、到着まで少しあるし、部長って立場だからA号改革の決定案を確認し直しておくかな」


 僕は鞄の中から職務に関係する書類の一つ、A号改革決定案を取り出す。

 僕が提案したA号改革は大臣級と議会を経て少しの変更を経て以下のようになった。


『連合王国におけるA号改革遂行計画』

 1、鉄道敷設に関しては用地取得済みの駅施設から順次建設を開始。路線に関しても順次敷設を開始する。第一次としてアルネセイラ~ノイシュランデ~ワルシャーまでの東部本線とアルネセイラ~オランディアの北部本線、アルネセイラ~ミュレヒュンの南部本線を敷設。東部本線は本年度末から来年度九月までに完成予定。他に関しても来年度末までに完成予定。第二次は東部国境方面を南北に結ぶ路線の他、西部も延伸を計画。財源は国家予算の他に国庫。


 2、最新鋭兵器の更新はD1836ライフルを三カ年で購入、ガトリング砲や大砲等重火器類は四カ年で購入とする。財源は当年度予算及び国庫から。


 3、魔法無線装置の大量導入については生産設備の限界から五カ年購入とする。


 4、統合情報管理司令本部設置は本年度中、司令支部も本年度中に設置。


 5、兵站の改善も小型倉庫を含めた建設と整備は鉄道敷設と連動して行うものとする。


 それぞれの内容はもっと詳細に書かれているけれど、簡潔に纏めるとこんな感じだね。

 なんというか、想定内ではあったけれどやっぱり改革の実現期間は提示した時より長くなっていた。何せ実行するのは膨大な予算を必要とする国家プロジェクトだ。元から一年や二年で全部実行完了可能だとは思っていない。それでも鉄道は本年度中、第二期が次年度中。火器類や無線装置も三カ年から五カ年ならまずまずだね。ちまちま購入するよりまとめ買いの方が長期的にはお得――大量生産により一丁一門、一個の価格は下がるから――だって事を財務大臣が気付いてくれたから、かな。


「何にしても、過労だったろう財務大臣には感謝しないと」


 まだ見ぬ財務大臣に感謝しつつ、続いて新しく配置される改革特務部についての書類にも目を通していく。

 統合本部に設置された改革特務部は軍部大臣直轄の特殊部署。集められた人員はなんと四十名と新設部署にしては一大部署になっていた。

 この手の改革部署はアニメやドラマだと変わり者で日陰者の集まり、なんてことは良くあるんだけど今回はとんでもない。鉄道開発に携わっている人物を始め、兵器・情報・兵站分野の中でも優秀な若い人材や中堅の人材が集められていて、考えが先進的で今後が期待されている人員がさらなる出世を目指して集められたという印象が強い。

 恐らくはここで実績を積ませて改革後の中核に各部署はさせるつもりなんだろう。勅令に直結した部署だけあって各所のやる気が感じられる。

 プライドの高すぎるのがいる懸念もあるけれど、うん、これなら色々とやりやすそうだ。


「しかし、この部長補佐兼秘書ってのはなんだろ……。確かにこれだけ大きい部署でやる事も多いから補佐がいるのは助かるけれど……」


 数人の小規模部署ならともかくあれだけの人数がいると全容把握は大変だし、今回の改革は多岐に渡る。となればスケジュール管理にもするから秘書がいるのは有難い。しかし、ここにある名前って……。

 そう思っていたら、馬車の前方から声が聞こえる。


「アカツキ王宮伯爵閣下、統合本部に到着しました」


「了解。ここまでありがとう」


 どうやら職場に到着したらしい。窓からちらりと外を見るといつの間にやら統合本部の正面玄関まで来ていたようだ。

 馬車は止まると、扉が開けられる。僕は鞄を持って外に出る。王都の空は澄んだ快晴で空が高い。暖かい春の風は優しく僕を包んでくれた。


『アカツキ大佐に、敬礼ッッ!』


 馬車から降りると、数人の軍人から敬礼を受ける。僕は答礼すると、すぐに視線の先にいた人物に気付いた。


「これは、マーチス大将閣下!まさかお出迎え頂けるとは」


 僕はすぐに敬礼の姿勢を取るとマーチス侯爵は威厳ある姿で答礼をする。


「まあそう固くならんでもいい。オレの直轄部署の部長が初出勤するのならば出迎えするのは当然だろう」


「恐縮であります、大将閣下」


「大将閣下じゃなくていい。今後はオレの事は名前に侯爵でも構わんさ。ああ、侯爵の後にも閣下は付けんでいい」


「はっ。はい、マーチス侯爵」


「よし、それでいい。王宮でならともかく、軍で今後運命を共にする部下と堅苦しくするのはどうにもな」


「そういうのは苦手でありますか?」


「苦手だ。格式張ったのは王宮内だけで結構。要はだな、改革をぶち上げた優秀な大佐となら腹を割った関係になりたいというわけだ。だから、改めてよろしく頼むぞ」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 僕とマーチス侯爵はお互い笑顔で握手を交わす。周りに控えていた軍人達からは拍手が起きていた。まだ僕なんにもしてないんだけどなあ。


「では新しい部署に案内しよう。諸君達ご苦労だった。本来業務に戻るように」


『はっ!』


「君達、出迎えありがとね」


『恐縮です!』


 僕は出迎えてくれた軍人達に言うと、彼等は嬉しそうに返答するし女性士官に至っては可愛いアイドルに応援された時のような、うっとりとした表情だった。転生してそこそこも経ったからそろそろ慣れるけど。


「早速皆の心を掴んだようだな、大佐」


「私は何もしていませんが、この容姿は活用するに越したことはありません。何かと便利ですので」


「くくっ、はっはっはっ!正直でよろしい!しかし大佐の場合は外見だけでなく中身も伴っている。何せ若くしてあれだけの改革を国王陛下に物怖じせずに提案、勅令にまで漕ぎ着けたんだ。貴族の若い世代には期待の星として、平民組は庶民にも優しいノースロード家の跡取りならきっと自分達にも恩恵があるだろうと期待の眼差しで見ている。まあ、要するに大佐は軍内で注目の的ってわけだな」


「ならば失敗は出来ませんね。身が引き締まります」


「うむ、驕らないその姿勢や良し。中には嫉妬混じりの視線を送るヤツもいるが気にするな。世の常だ」


「嫉妬している者にはその見方を変えさせるまでです。無論、全てとはいきませんが、彼らとて私達が守るべき者ですから」


「全く人間がよく出来ている。本当に二十二かと思いたいくらいにな」


「はははっ、僕はまだまだ未熟な若者ですよ。これから学ぶべき事も多いです」


「これは将来が楽しみだ。その言葉、心に留めておくぞ」


「はい」


「さて、話は変わるが新しい部署は人数も多い。場所は統合本部の本部棟で六階の大きな部屋だ」


「なかなか景色の良さそうな所ですね」


 連合王国軍統合本部は陸海合わせて約四十万人の軍を統べる施設だけあって建造物は複数あって、官庁街のど真ん中に位置していながらも敷地面積も広大だ。

 今僕とマーチス侯爵が歩いているのが統合本部の中枢たる本部棟で八階建て。その左右には七階建ての東棟と西棟、本部棟の北には六階建ての北棟がある。

 いずれも軍らしく豪奢でありながらも質実剛健な雰囲気の建物になっている。欧州で見られる歴史的な建築物のような感じだ。前世のイギリスでいうとジョージアン建築に近い様式になるのかな。カメラがあるなら何枚も写真を撮りたくなるくらいだ。

 本部棟の中は既に多くの軍人が忙しなく動き回っていた。ただ、軍部大臣のマーチス侯爵と王宮伯爵になった僕が通ると普段は略式されている敬礼も相手が相手だけに皆敬礼をしていた。

 それらに送られながら本部棟の大きな中央通路を歩いていくと着いたのが複数台のエレベーターがある区画だ。

 魔法蒸気機関が導入されて久しい連合王国では、五階以上の建物にもなると一部施設ではエレベーターが導入されている。統合本部も近年改修で設置されていた。もちろん見た目は前世現代のようなのじゃなくてスチームパンクアニメとかでよく見るタイプだけどね。

 チン、という音がすると待っていたエレベーターのドアが開く。中に乗っていた人達はまさか軍部大臣がいるとは思わず慌てて敬礼していた。うん、その気持ちはちょっと分かるよ。

 侯爵と王宮伯爵という貴族位の中でも高い人物二人と同乗するような勇気のある人はいなくて、エレベーターに乗ったのは僕とマーチス侯爵だけだった。十五人程度が乗れる籠も二人となれば広々だった。

 籠の中に入りランプが上の階に上昇しているのを示している中、部署に近づくにつれてそれまで滞りの無かった会話が途端に歯切れが悪くなる。僕ではなくて、マーチス侯爵がだ。なんというか、申し訳なさそうな感じだった。

 どうしたんだろう、と当然気になった僕はマーチス侯爵に質問する。


「マーチス侯爵、お加減でも悪いのですか?」


「あー、いや……。体調はいいんだが、な……。アカツキ大佐に予め伝えておかねばならんと思うと……」


「はぁ……。何か問題でもありましたか?」


「問題というべきか、その、だ。アカツキ大佐。部屋に入っても戸惑わないでくれよ?」


「はっ?」


「部屋に入ればきっと分かる……」


 戸惑わないでくれ?

 一体どういう事なんだろうか。少なくとも今から向かう新しい部署に問題は無さそうに思えるんだけど。

 僕は首を傾げながらマーチス侯爵の真意を図りかねているとエレベーターは目的地の六階に到着する。

 通路を歩いている途中もマーチス侯爵の歩調はやや乱れていた。時々ため息までつき始めている。SSランクの召喚武器持ちで陸軍大将のマーチス侯爵がこんな反応を見せるなんて、なんだなんだ新部署には蛇でも出るのか?

 改革特務部に着くと、立派な両開きの扉がそこにはあった。中からは賑やかしい声も聞こえてくる。さしずめ先にお互いの自己紹介でもしているんだろう。

 ところが中の明るい雰囲気とは対照的にマーチス侯爵は大きくため息をつく。


「……ここが改革特務部だ。ここだけ見ても国を変えるに相応しい所だろう?」


「ええ。好待遇が伺えます。しかしマーチス侯爵、失礼ながら部屋に入れば分かるとは……?」


「先に言っておく。すまない……」


「は、はあ……」


 突然マーチス侯爵に謝られて戸惑いながらも僕は改革特務部の扉を開ける。

 部署の中には既にほぼ全員が集まっていたみたいで、部長たる僕と軍部大臣のマーチス侯爵が現れた事で賑やかな空気が変わって一同が敬礼をする。

 僕は答礼すると。


「みんな、初めまして。本日からこの改革特務部の部長を務めるアカツキ・ノースロードだよ。王宮伯爵を国王陛下より授かり、階級は大佐。これからよろし――」


「待っていたわよ!私の旦那様!」


「わぷっ!?」


 新部署に待ち受けていたのは蛇でも虎でも無く、僕の顔に押し付けられたのは二つの大きな柔らかい丘。有り体に言うとおっぱい。

 僕は抱き締められて身動きが取れない。鼻腔からはとてもいい匂いが入り込んでくる。

 どうでも良くないけど、今はそんなこともどうでも良くなった。

 ねえ、私の旦那様ってどういうことぉぉぉぉぉ!?

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