第18話 妖魔帝国某所にて

・・18・・

三の月下旬

妖魔帝国某所


 厳しかった寒さは、少しずつではあるもののようやく暖かくなり始めたこの日の夜。妖魔帝国のとある場所のとある部屋には複数の魔人が集まっていた。室内はそう広くは無く、丸形のやや大きなテーブルと木製の椅子。あとは華美でも無く地味でもない家具がある程度で、集まっている者達を思えば些か似つかわしくなかった。部屋は照明の魔道具で照らされており、文字が読める程には明るかった。

 その部屋に集まっている魔人は男が三人と女が二人。それぞれが雑談を交わしていたが、そのうち女二人は連合王国のリールプルで破壊工作を行ったあの双子の魔人だった。


「皆さん、お疲れ様です。急かすわけではありませんが、暇を持て余す時間もありません。早速、報告を」


 口を開いて場を取り仕切っている魔人は瞳が真紅で丸眼鏡をかけている男。身に纏う漆黒のジャケットは肩に階級章が付いており、装飾も豪華。一目でそれなりの地位と階級に就いている者だと分かる服装だった。

 丸眼鏡の男が言うと、それに反応したのは腕を組んでいてこの部屋に入ってから一言も言葉を発していない寡黙な大男だった。


「では、それがしから」


「どうぞ?」


「某の担当は法国……。皆の衆は知っておるだろうが、あの国の基礎データから。法国は正式名称をイリス法国。人口二千四百八万人の人間が信じる宗教、ヨルヤ教の総本山の国。魔法を使う者が多い国。魔法教育は連合王国の方が盛んだが、人口比で多いのはこちらである。軍隊も同様で、陸軍二十八個師団、海軍一個艦隊が存在。陸軍は半分が魔法使いなのは事前と同じであった。特筆すべきは法皇直轄の『神明師団しんめいしだん』。これは全て魔法使いで構成されている」


「師団数はともかく、精鋭はなかなかのものですね。全てが魔法能力者とは。召喚武器とやらは?」


「人間がSSランクと呼ぶ召喚武器を持つものが五人、Sランクが十二人であった。いずれも、潜入で調べただけでも脅威には違いない……。しかれども、軍の方針は召喚武器に頼りきっている様子。さらには能力者ではない部隊の武器は前時代的であった」


「なるほど、ありがとうございます。続いて、連邦は?」


「はいよっと。俺の担当だな」


 続いて話したのは赤色の派手なジャケットを羽織っており、男にしてはやや長い毛髪も燃え盛るような深紅。ただし瞳は澄んだ蒼色の若い男だった。アカツキが目撃したのならばちゃらちゃらとした大学生かと言いそうな、軽薄な雰囲気の男だが、彼のジャケットも軍服でこれはオーダーメイドであった。

 若い男はヘラヘラとした表情のままスカンディア連邦について語り始める。


「連邦。えーっと、スカンディア連邦だったな。人口は千五百八十二万人。連邦会議ってのが国を動かしてて、アタマは大統領らしいぜ。軍の方は、陸軍が二十五個師団、海軍が一個艦隊だ。海軍はぶっちゃけ大した事ねえって感じだったわ。大きい海ねえしな。陸軍はまあボチボチってとこだな。なんでかってーと、連邦はクッソさみいから農業が盛んじゃねえ。代わりに工業が盛んだな。連合王国程じゃねえけど、工業化が進んでいてお陰で武器がそれなりのモンを持ってやがる。後は配置も話しとくか」


「お願いします」


「スカンディア連邦は北部は極北地帯って呼ばれてっから、こっちにゃほとんど人は住んでねえ。だから人口の殆どは首都があるストッカーホルンの中部から南にいる。当然軍隊もそっちだな。だから二十五個師団とはいえ集中しているって感じかね。軍に占める魔法使いの比率は一割ちょっとだ」


「北部は資源地帯とは聞いていますし、南部に軍が集中しているのは事前報告通りですね。召喚武器は?」


「おっといけねえ。召喚武器だが、イリス法国に比べりゃすくねえな。SSが三人、Sが八人だ。内訳は首都にSS二人、S四人。南部にSS一人とS四人だな。種類は杖型が多く、剣型槍型もいる。銃はライフル型って呼ばれてたぜ。杖と銃は遠距離で、剣と槍は近距離で気ぃ付けとくべきだろうよ」


「随分と詳しく調べたんですね。どうやって?」


「そこは人間になりすまして、後をつけてた女性軍人を誘ってちょちょいのちょいよ」


「種族を活かして、ですか。流石ですが、程々にしましたよね?」


「ったりめーよ。美味しく頂いたが、ちゃんとやってら」


 若い男はその時のことを思い出しながらケラケラと笑っていた。ちゃらちゃらとした男が使ったのはハニートラップである。ハニートラップは女性諜報員が男性に仕掛けるタイプが有名だが、当然逆もある。ようするにこの男は諜報員としてはメジャーな手段を使った訳であった。最も、その様子からは幾分か趣味が混じっているように思えたが。


「であれば構いません。さて、最後は連合王国を」


「私達かしら」


「わたし達ね、姉様」


「出来ればどちらか一人が話してくださいね」


「じゃあ姉様に任せるわ」


「任せられたわ」


 最後に指名されたのは双子の魔人だった。どうやら説明は右目の下に泣きボクロがある姉の方が行うようである。

 アカツキと対面して話した際は愉快そうに笑っていたが、その時がまるでウソかのように今の表情は引き締まっていた。


「まずは連合王国についてからね。正式名称はアルネシア連合王国。人口三千五百七十万で、人間達の国の中では一番工業化が進んでいる国よ。国王は名君と呼ばれ、貴族も義務感から馬鹿をやる者はほとんどいないわ。随分とマトモなのね。軍隊は陸軍三十五個師団、海軍が二個艦隊。内海国なのに二個艦隊もあるわ。軍に占める魔法能力者の比率は二割。魔法教育が盛んだから練度も高いわ。他国に比べて人員練度共に一番上で間違いないでしょう」


「となると、一番厄介な敵はアルネシア連合王国で間違いないですね。召喚武器は?」


「SSが四人、Sが十人よ」


「人数はイリスより少ないんですね。しかし、アルネシアについては気になる事を聞きましたよ。ご存知で?」


「私達が遭遇した人間の事かしら?」


 丸眼鏡の男に問われて双子の姉は表情を変える。当時を思い出してどこか楽しそうな顔をしていた。


「名前は確か……、アカツキ・ノースロードでしたか。彼についてはノースロード家の次期当主で陸軍少佐程度しか情報がありませんでしたけど」


「彼はレア持ちよ。S程ではないから、推定Aかしら。あと、中々腕の立つ子だったわ。見かけは女の子みたいに可愛かったけれど、殺気は本物。並の魔人なら殺されてるわね。実戦経験はあまり無いって資料にはあったけれど、有り得ないわね。絶対に相当の場数を踏んでいるわよ。だからこそ、愉しかったのだけれど」


「Aならさして問題はありませんがしかし、実力は要注意ですか……。SやSS持ちになったら危険度は跳ね上がりますね」


 丸眼鏡の男はメガネの真ん中に人差し指を添えながら、まだ見ぬアカツキに対して警戒心を滲ませる。


「姉様、それだけじゃないわよ。ほら、一番新しいデータが連邦経由で届いたって」


「あらあら、そうだったわね」


「おお、オレから送ったやつな。ありゃビックリしたぜ。確か――」


「私が話すわ」


「はいよ」


「じゃあ、連合王国の新情報を言っていくわ。――あっちの暦で三の月二の日に連合王国の改革案が議会通過及び勅令発行。正式名称はA号改革ね。三の月十の日には諸国向けに発表。改革内容は鉄道の敷設と、最新鋭武器数種類の短期間一斉更新。あとは軍の情報管理や内部制度の改革もするらしいわ」


「ほう。改めて聞くと、随分と大胆な行動であるな」


「連合王国って産業を大きく変えたばっかりだろ?まだやるってか?」


 双子の姉の発言内容に対して、寡黙な男とちゃらちゃらした男はそれぞれ驚きの表情を浮かべる。


「そう、さらなる改革を行うのよ。しかもこの改革の立案者がアカツキ・ノースロード。諸国向けには役職名のみが掲載されていたけれど、彼の名前があったわ」


「彼が立案者だった、と。十分戦える上に、頭も回るときましたか。……危険ですね。もし改革が成功すれば連合王国は経済的だけでなく軍事的にも飛躍を遂げるわけですね。そうなれば……」


「私達妖魔帝国にとって、アルネシア連合王国は最大の敵となるのは最早確定事項よ。必然的にこっちの犠牲は大きくなるわ」


「だったら最優先で潰すか、ってなるがよ。今でも連合王国は一番面倒な敵だろ?」


「上は連合王国を最先鋒で滅ぼすのは妥当ではないとしています。後ろには共和国はともかく協商連合も控えていますし、南方大陸もありますからね」


「しかし、放っておけば今より強大になるんだしますますめんどくせえんじゃねえの?」


「ええ。ですが敵は何も連合王国だけではありません。東側諸国は法国や連邦もいるのです。まあ、ここで自分達が語っても仕方ありません。決めるのは」


「皇帝陛下、でしょう?よーく知ってるわよ」


「その通り。なので、我々は変わらず情報を収集し分析するのみです。来るべき時に備えて、ね」


「分かったわ」


「姉様に同じく」


「御意」


「りょーかいりょーかい」


「では、本日はこれまでとしましょう。全ては皇帝陛下の為に」


『全ては皇帝陛下の為に』


 妖魔帝国内で行われた会談。

 僅かずつであるが、不穏は迫っているのだった。

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