第12話 リールプル郊外遭遇戦・後編

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 後にリールプル郊外遭遇戦と呼ばれるこの戦闘は、死者四、負傷者七という損害を出して終結した。僕の部隊からも負傷者が発生してしまったけれど、幸い死者は出なかった。

 六十人の部隊で損耗率約一割は手痛い被害ではあるけれど、謎に包まれた魔人と遭遇した上に強力な魔法を使う相手に対してこれで済んだのは不幸中の幸いとも言える。

 そのリールプル郊外遭遇戦が終わった交戦区域では後処理が既に始まっていた。


「アカツキ少佐、参上遅れてしまい申し訳ありません!」


「気にしないで、サザンドル少佐。それより双子の魔人の追跡部隊は?」


 今、僕が会話している相手はリールプルに駐屯している部隊の隊長で三十代後半の男性軍人の。すなわち遭遇戦で戦っていた部隊の上官でもあった。階級は僕と同じ少佐であるけれど、彼は平民出身だからなのか律儀に同じ階級相手に敬語で話してくれていた。


「既に二個小隊を出した上で、東部にも順次通達しております」


「ならよしだね。ノースロード領に関しては領主代行の僕の臨時権限で戒厳令も出したし、ひとまずの対処はこれくらいでいいでしょ。魔人については伏せてあるよね?」


「領内の人民の混乱を防ぐために箝口令かんこうれいは敷いてあります。交戦区域には非戦闘員はいないはずですから、漏れないとは思いますが……」


「漏洩しないことを願うしかないね。あまり期待はしてないけど」


「遅かれ早かれ、噂にはなるでしょうな……」


「壁に耳あり障子に目ありってね」


「はい?」


「……何でもない。ところでサザンドル少佐、部下は残念だったね」


「……いえ、あいつらは立派に戦ってくれました。国民を守るは軍人の務めですから」


 遺体の収容がなされている方角を見つめながら、悲しそうな瞳で彼は言う。こう言えるサザンドル少佐は良い軍人だと思う。


「魔人が出たのに逃げ出さなかったのはサザンドル少佐の教育の賜物だと思うよ」


「とんでもありません。アカツキ少佐の指揮は的確で、双子のアレの攻撃から身を呈して守ってくれたと耳にしております。本当に有難う御座いました」


 頭を下げるサザンドル少佐にやめてよ、当然の事をしたまでだと僕は彼に返す。

 すると頭を上げた彼は笑顔でこう言った。


「これは俺の考えです。貴族に対する考えが改めて変わりました。以前からノースロード様方は領民に優しい方々ではありましたが、アカツキ少佐は御自ら戦場に駆けつけて頂き、部下を守ってくださる。ノースロードで軍人をやっていて良かったと思います」


「特権階級たる僕らは、だからこそ義務を果たさなければならない。領民を、部下を守るのもその義務の一つだよ。当たり前をしただけさ」


「当然だと言えるアカツキ少佐の姿勢はご立派でありますよ。我らも命を預けられると思えますから」


 ノブレスオブリージュ(直訳すると、高貴さは義務を強制する)。

 前世の地球にあった言葉だ。貴族は特権を持つからこそ社会の規範として振る舞うべきだという考え方で、これには領民を守ることなどが含まれる。確か、イギリスの貴族はこの考えが求められていたんだっけか。

 アルネシア連合王国の貴族もこの例に漏れず、ノブレスオブリージュの考えで動く事を求められている。だからだろうか、ファンタジー作品にありがちな私腹を肥やしまくる馬鹿な貴族はあまりいない。あまり、というのは賄賂などはどうしても多少存在しているからだね。それでもめちゃくちゃな事をする貴族が少なくともアルネシア連合王国の貴族にはいないのは凄いと思うよ。歴史上ではあったみたいだけど。


「国民、領民の為に命をかけるのはいいけれど、決して命を投げ捨てるような真似はしないでよ」


「はっ!心に留めておきます」


 誇らしげに敬礼をするサザンドル少佐。すると、横から僕に声をかける人物がいた。アレン大尉だ。


「お話の途中に失礼します」


「どうしたの、アレン大尉」


「遺体の収容は間もなく終わります。負傷者への回復魔法による応急処置も完了し、重症の者はリールプルへ搬送の予定です」


「お疲れ様。ウチの部隊のはどう?」


「三日もあれば復帰できるかと。回復まではリールプルに留まらせないといけませんが」


「そっか。無事ならいいよ」


「アレン大尉、俺の部下はどうだ」


「ご安心を。一名が少し危なかったですが、命に別状はありません。二週間から三週間は安静にさせないといけませんが」


「助かる。部下を治療してくれて、礼を言う」


「礼ならアカツキ少佐へ。優先してサザンドル少佐の部隊の治療を仰られたのは少佐ですから」


「そうでしたか。何から何まで申し訳ありません、少佐殿」


「優先順位からしたらサザンドル少佐の部隊の負傷者が先だったからね。それも気にしなくてもいいよ」


「これは、ますますノイシュランデの方角には足を向けて寝られませんな」


 サザンドル少佐はわざとらしく苦笑いをする。けれども、その瞳には尊敬の念が確かにこもっていた。


「ああ、それと。アカツキ少佐にはお伝えすることが」


「アレン大尉、まだ何かあった?」


「そろそろ後処理も終わりますし、そろそろ陽が落ちます。今日はリールプル市での宿泊になるので、そのおつもりで」


「だろうね。今から帰りだとノイシュランデに着く頃には夜もいいとこだし」


「リールプル市長が、感謝の意味も含めて市長官邸にお招きしたいと」


「それは助かるね。君らはどうするの?」


「私共はリールプルの駐屯地官舎や士官用には宿の部屋を手配されております」


「手早いね。市長には今日中に会いに行くかな」


「はい。市長は歓迎したいとの事でしたから」


「了解。じゃあサザンドル少佐、この辺で失礼するね。後は任せたよ」


「はっ!重ね重ね有難う御座いました!リールプルではお寛ぎください」


 サザンドル少佐だけでなく近くにいた彼の部下達からも敬礼を受けて、僕は返礼をすると部下達と共に交戦区域を後にした。

 その道中、夕陽に照らされながらゆっくりとした行軍スピードでリールプルに向かう途中に僕は思考の海で考えていた。

 記憶が蘇って転生してわずか四日なのに、魔法を含めた初の実戦だけでなく二五〇年も姿を現してこなかった魔人との遭遇。おまけに実戦込み。異世界に来てのチュートリアルが今回とか、ゲームだったら苦情を入れたいレベルだったよ本当に。前世が軍人で戦場慣れはしていたから恐怖や動揺は無かったけれど、それでもいかに魔人が強力な存在なのかは僅かな戦闘時間で痛感した。

 しかし、それよりも何も気になるのは双子の魔人の発言だ。

 任務は完了した。

 これは一体どういう事なんだろうか。予想されるのは、アルネシア連合王国に潜入しての破壊工作。いわゆるテロ。平和ボケしている国に対して国境線ではなくて北東部のここで、魔物だけならともかく魔人まで現れるのは強烈な衝撃を与えるだろう。

 だけど、テロ行為を行うにはここは不向きなんじゃないかとは感じた。僕が敵の立場ならば理想的なのは王都アルネセイラ、少なくとも北東部の要衝ノイシュランデで決行する。けれど、双子の魔人はリールプルのそれも郊外で行った。そこがイマイチ掴めない。

 単純に見つかってしまったからというのも考えてみたけれど、察知できなかった事を鑑みればそれも薄い。

 じゃあ何故だってなるんだけど……。どうにもこうにも点と点が繋がらないな……。

 何せ双子の魔人から情報を引き出したくても捕縛は出来なかったし、そもそも魔法障壁にはヒビしか入れられなかった。現在追跡部隊は組織したけれど、あの早さでの離脱とこれから夜になる点を考えると捕まえられないだろう。まんまと敵を逃す事になる。


「ああもう。本当に、本当に厄介な事になったなあ……」


 近付いてきたリールプルの街並みを眺めながら、僕はため息をつく。

 これが一時期流行っていたファンタジー作品ならば、転生してから実績を積んだ後、内政改革及び軍事改革を行って経済と軍を強化。それから敵国と対峙するって順序を踏む。

 ところが皮肉な事に現実はそう順調にはさせてくれないらしい。魔物ならともかく魔人まで連合王国に侵入してきたとなると、何も無い訳が無い。遠くない内に、世界は大きく揺らぐ事になるだろう。

 だとすれば、行動は急がないといけないだろう。こっちは目標が固まりつつある段階というレベルなのに、悠長にしてられなくなるなんて。

 神様がいるんなら、文句も言いたくなるよね。転生して一週間足らずでこれとか、おかしいんじゃないの!?

 ってさ。だけど、嘆いてはいられない。


「ノイシュランデに帰ったら忙しくなるだろうなあ……」


「アカツキ少佐、先ほどからどうしたんですか?魔物を討伐し、アレと接触しながらも被害を極力抑えるという功績を積まれたというのに溜息ばかりつかれるとは」


「アレン大尉なら察してくれると思うけど、暇は無くなるかなってさ……」


「…………確かに、暇とは遠くなるでしょうね」


 メガネの位置を人差し指で整えながら言うアレン大尉は、次期領主部隊の副官だけあって頭が回る。今の一言で真意に気付いたようだった。


「それを考えると憂鬱でさ……」


「心中お察しします。しかし、今日は体をお休めください。市長も歓迎はすると言えど、戦闘後の疲労を含めて配慮してくれるでしょう」


「じゃないと困るよ。正直、広範囲魔法障壁を発動して自身の魔法障壁も維持。攻撃魔法も使ってるから魔力はそれなりに消費してる」


「なら尚更です。市長は箝口令の理由を話してあり、事情は知っておりますから」


「なら程々にして解放してくれそうだね」


「ええ。そうでないと、アカツキ少佐と同じように私も困ります」


「ははっ、ホントにね」


 僕とアレン大尉は顔を合わせて苦笑いをする。

 リールプル郊外遭遇戦を終えてリールプル市街へ到着する僕達。

 しかし、この戦闘はあくまでも波乱の始まりの一つでしか無かったのに気付くのは今しばらく後になるのだった。

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