第13話 帰還したのはいいけれど
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リールプル市に帰投すると市長の歓迎を受けて夕食会となったけれど、気を遣ってくれたのかあまり長い時間にはならず割と早く用意してくれた部屋に宿泊。
翌朝、改めて市長に礼を言われてリールプル市を出る時には快晴の天候の中、市民からの歓声を受けながらの帰投になった。どうやら早朝の時点で発行された新聞に記事にされていたらしく、魔物討伐の件は口伝も相まって市民の間に広まっていたらしい。記事には魔人の件はしっかりと伏せられていたのにホッとしたのはここだけの話だね。情報統制はなされているみたい。
リールプル市からノイシュランデ市への帰投は行きとは打って変わってゆっくりとした行軍だった。
とはいえ馬での移動なので朝にリールプルを出て、ノイシュランデに到着したのは昼過ぎになっていた。
「おお、ここでも市民の反応がすごいね」
「アカツキ少佐は魔物討伐の立役者ですからね。ノースロード家お膝元の街ともなれば、これくらいの歓迎は当然かと」
僕は歓声を浴びて多数の市民からの出迎えに対して手を振ると、喝采はより大きくなる。女性からは黄色い声も上がっているし、私の方を見てくれたわ!と喜ぶ姿さえあるのはこの外見のせいだろうね。いつ用意したのかノースロード家の家紋が入った旗を振る人達もいた。
まるで凱旋のような様子だけど、これにはれっきとした理由がある。
部隊の倍以上の数の魔物を相手に最小限の被害で勝利した名采配。何よりも、ノースロード家の嫡男が魔物を恐れず部下と共に戦った。自身も多くの魔物を討伐。
一部が脚色されているけれど、ノイシュランデで発行された新聞にはそう書かれていたらしい。
百以上の魔物が出現するなんて東部国境でも数年に一度くらいのもので、その討伐を地元の貴族が陣頭指揮をとって活躍したんだからこの扱いも分からんでもないよね。
だけど、市民達の表情とは裏腹に僕の心境は複雑だった。それはアレン大尉を始めとした部下達も同じだけど、努めて表情には出さないようにはしていた。
ノイシュランデの大通りを過ぎて、ノースロード家の屋敷に到着すると、今度はお爺様やアルヴィンおじさん、使用人達に出迎えられた。
「よく無事で帰ってきた!大活躍だったってな!叔父としても誇らしいぜ!」
「ご苦労じゃったの、アカツキや」
「お爺様、アルヴィンおじさん、ありがとうございます。リールプルの部隊には死者も出てしまいましたが、緊急任務は無事完了しました」
お爺様やアルヴィンおじさんと握手を交わしながら、僕は郊外遭遇戦について簡潔に話していく。始めは顔色の明るかった二人も話を聞くにつれて表情は曇っていく。
「しかし、何はともあれじゃ。孫が怪我も無く帰ってこれたのを嬉しく思うぞよ」
「報告には聞いていたが……、アカツキ、屋敷の中で詳しく聞こうか」
「はい。その前に、部下達に労いを」
「そうだな。――お前等、アカツキと共によく戦ってくれた。今日明日は特別に休暇を与える。帰ってゆっくりしてくれ」
「僕からも。皆、ご苦労さま。体を休めてね。ただ、例の件は許可が出るまではくれぐれも、ね」
『はっ!』
アレン大尉を含めた部下達は模範的な敬礼をすると、屋敷を後にしていった。
「では、早速で悪いのじゃが話とするかの」
「僕もそのつもりでしたので、お気遣いなく」
「うむ、すまんの」
部下達がいなくなった後、僕達は屋敷の中に入る。
「アカツキ様、緊急任務お疲れ様でした。コートをお預かり致します」
「ありがと、レーナ」
「話をされる部屋には昼食も手配してあります。サンドゥイッチと、昨日ご希望されたグラータンをご用意してありますよ」
「助かるよ。外は晴れていたけれど季節柄寒かったからね」
サンドゥイッチはサンドイッチの事で、さらには体の温まるグラータンまであるらしい。昨日の事を覚えていたのは嬉しいね。料理長には礼を言っておこう。
それにしても、転生して僅かなのにレーナの微笑みはなんだか落ち着く。なんていうか、実家のような安心感ってやつだろうか。まあ、ここ僕の実家なんだけどね。
屋内に入ると、さすがに軍服のままというわけにもいかないので普段着に着替えてからお爺様とアルヴィンおじさんのいる部屋へ向かう。
三人で話すので、広い部屋ではなくプライベートで使う歓談室に入ると既に昼食は用意されていた。グラータンは僕の分だけ作ってあったみたいだ。これはお爺様やおじさんはもう昼食を採って、僕はまだだかららしい。
「改めてご苦労じゃった、アカツキ。まずはゆっくり食べておくれ」
「昼にはもう遅い時間だから腹も減ったろ」
「助かります。実はかなり空腹でしたから」
僕は二人の言葉に甘えて、着席してからグラータンに手をつけていく。付け合せのサラダも含めて食事をしつつ、果実水も飲みながら僕は二人にリールプル郊外遭遇戦について概要を話していく。
魔物についてと、戦闘経過を伝える頃には食事も終わり食後のコーヒータイムに移っていた。
「しかし、魔人とはの……」
「速報を聞いた時点で史料を漁ったが、やっぱ魔人の出現は連合王国じゃ二百五十年振りだな……。今まで姿を現さなかったってのに、よりにもよって国境では無くウチの領内だとはな……」
「アルヴィンおじさん。連合王国では、ということは他国ではあったんですか?」
「連邦で四年前、法国で二年前にそれぞれ一件ずつだ。ただ、魔人であるという証拠が薄い上にすぐに目をくらまされている。こんなんだから、噂話の域を越えないわな」
「噂話とはいえ、疑わしいですね。当然この話は?」
「噂話だってのに機密事項だ。両国からのルートで情報が後になってきたってとこだ」
「魔人が自国内にいたというのは、噂であっても問題ですからね……」
「そういうこった」
「しかし、今回の事案は噂では無く、確定事項です。僕だけでなく、部下達も目撃しました。しかも、任務は達成したとの発言まで付いています。肝心の任務については何なのか聞けなかったのは、申し訳ありません……」
「構わぬよ。じゃが、問題はやはり魔人出現に尽きるの……。現れたとなれば、何も無いなど希望的観測に過ぎぬ……」
お爺様は苦い顔をして言う。アルヴィンおじさんも表情はますます曇っていた。
「お爺様の仰る通りです。魔人は強力な攻撃魔法を使いながらも、本職は
僕は真剣な面持ちで言う。その言葉を聞いてアルヴィンおじさんの顔が青くなった。
「最悪のケースって、お前まさか……」
「妖魔帝国の再侵攻。つまり、第二次妖魔大戦です」
「アカツキや、さらっと末恐ろしい事を言うのお……」
「僕だって考えたくありませんが、魔人と遭遇して、戦って、魔人の発言を耳にしてしまったからこそこの結論に至りました」
僕の発言に、部屋の中は沈黙に包まれる。当たり前だ。仮にも魔人と遭遇した人間が、しかも親類がここまで言ったんだ。静まり返るのも当然の事。だけど、僕は底知れない危機感と共に言わないとならないと決意して二人に可能性を提示したんだ。
というのも、戦争の始め方にも種類がある。
第一次妖魔大戦のように突如の宣戦布告と侵攻は電撃戦に該当する。当時の技術水準では戦車も航空機もあるわけが無いから侵攻スピードは大したことはないだろうけれど、人類側も全くといっていいほど準備がされていなかった。だからこそ山脈の西から現在の東部国境まで領有を許してしまっている。
そして今回。相手は連合王国内にて破壊工作を行った。目的は定かではないけど、推測として平和ボケした人類側の混乱を狙った可能性は高いし、二件目が発生する可能性もある。
事実、こっちは情報統制をして恐慌に陥らないようにしているから相手の目的は達成されていると考えてもいい。しかも現状では本件を知るのはノースロード領内の軍の一部とノースロード一族の一部のみ。既に王都には緊急案件として情報を送るようにしているから、じきに国王陛下を始めとした首脳陣にも届くだろう。
ん、待てよ?国王陛下などにも伝わり、僕は魔人出現の際に現場にいて戦闘にもなった。魔人について現時点で一番知っている事はつまり……。
嫌な予感がしてきたぞう……。
「のお、アカツキや」
僕が思考の海で情報整理と懸念をしていると、お爺様はこちらをじっと見て言う。一体なんだろうか。
「はい、お爺様」
「この件は既に魔道具通信にて王都には伝わっておる」
「ああ、そう、そうでしたね」
「そして、今日の昼前には王都から返信があったわけじゃが……」
すっかり頭から抜け落ちていた。魔道具というのは便利なもので、通信用の水晶型魔道具――通称、魔法無線装置――があるんだよね。ノイシュランデから王都までは多少距離があるので、魔法無線装置のある駐屯地を中継地点として経由する事にはなるけれど馬よりも圧倒的に早く情報が伝わる。ただ、これは非常に高価で数も少ない。当主の屋敷か師団司令部、王都主要施設くらいしか配備されていないシロモノだ。人口十万に満たないリールプルにはこれが無かったから伝令が来たわけだ。まだまだ情報通信分野は発展途上ってとこかな。
しかし、既に王都から返答があったっての、ますます嫌な予感がするんだけども……。
「あの、お爺様……。どのような返信が……?」
「アカツキ・ノースロード。王命により、王都に召還。国王陛下に謁見し、連合王国軍某重大案件について説明せよ。じゃ……」
神様、いるのなら聞いていますか。
転生して五日でいきなり国王陛下との謁見っておかしくないですか?
…………あぁ、時間が欲しい。切実に。
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