第11話 リールプル郊外遭遇戦・中編
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魔人。
人類諸国側の敵国である妖魔帝国に住む者達は謎が多い。知られている情報の大半は二五〇年前のもので、残りは細々と行われている諜報活動によるもの。ただ、後者は国境線付近しか潜入出来ておらず、山脈から向こうの事などまるで分からない。
とりあえず言語は聞き取れるみたいだけど、そんな謎の塊である魔人が僕の目の前にいた。
「あらあらあら?どうして呆けた顔をしているのかしら?」
「どうしてでしょうね、姉様?」
僕は黒翼の人外でありながら美少女の外見を持つ双子を前にして悪態をつきたくなった。
まったくどうなっているんだ。こっちは前世の記憶が戻ってまだ四日なんだぞ。展開が早すぎるだろう。かつて読んだ展開が早めだと思ったファンタジー作品だって、もう少し準備をさせてくれたというのに。
しかし、ここは生憎僕にとっては現実の世界だ。目の前に敵が現れたというのならば、倒すしかない。
魔人に対する恐れは思ったより薄く、どう対処するべきかと頭は冷静になっていたけれど、周りはそうではなかった。
「う、うわああぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ、待て!!」
近くにいた、この丁字路で元々戦っていた部隊の一人の兵が恐慌状態で、双子に目掛けて魔法を放つ。詠唱もめちゃくちゃな火属性の魔法はあらぬ方向に飛んでいき、双子からかなり離れた場所に着弾した。
「くすくす、どこを狙っているのかしら?」
「ダメダメね姉様。まるでお話にならないわ」
「ええ、お話にならないわね」
双子は愉快そうに、しかし嘲笑う。
「だけど、私達に手をかけようとしたのはお仕置きね」
「そうね、姉様。わたし達を殺そうとしていたもの。お仕置きね?」
双子は短く呟くと、現れたのは彼女らの背丈はあろうかと思われる長杖。それをゆるりと円を描いて回転させると魔法陣が出現する。それも、合計で六つ。
直感が告げる。言うまでもなくあれは攻撃の意思だと。
「総員、魔法障壁!!」
詠唱している暇など無かった。周辺にいる全員に魔法障壁を展開させるのを命令すると同時に、自身も魔法障壁の呪文を脳内詠唱、いわゆる無詠唱発動をする。無詠唱での発動は効力は弱まるけれど即応性が高い。緊急にはもってこいではある詠唱方法だった。
早々に魔法障壁を構築出来たのは僕とその部下だった。遅れてジュード大尉の部隊が構築を開始する。この時間差は練度の差だ。だけど、それが命取りになる。
「遅いわよ?獄炎は其れらを焼き尽くすぅ」
「ほんと遅いわね、姉様等しく消し炭になぁれ!」
『炎獄ぅ!』
双子の詠唱の後、魔法陣から発射されたのは禍々しい黒混じりの炎。六つの炎球はそれぞれ展開していた僕達やジュード大尉の部隊に飛来する。
明らかに中級以上の魔法だ。まずい、急ごしらえの魔法障壁で耐えられるか!?
危機を感じれば僕の行動は早かった。魔力の消費はこの際気にしない。
「天の盾達よ!我らを守り給え!」
炎球が発射されると同時に僕は広範囲魔法障壁魔法を発動させる。張った障壁は一度に三つ。これなら!
魔法障壁が展開されたと同時に障壁と炎球が衝突し、目の前で大爆発を引き起こした。一枚が割れもう一枚もヒヒが入ったけれど、何とか直撃は回避できた。
しかし、大爆発によって視界が奪われる。くそっ、これだとどこから敵が襲来するか分からない!
「風よ、振り払え!」
続けて攻撃目的ではなく粉塵と煙を払うために風魔法を発動して視界を確保。
すぐさま周辺の煙は晴れるけれど、そこにあった光景は。
「ちっ、間に合わなかった」
僕が展開した広範囲魔法障壁は確かに十分な効力を発揮した。だけど、全員を覆うまでは間に合わずジュード大尉の部下二名が消し炭に、三名が中程度の火傷で僕の部下も一人が軽いやけどを負っていた。
「負傷者を後退させて!急いで!」
「りょ、了解!」
「させないわよ?」
「させないわあ」
「それはこっちの台詞だっての!総員目標双子!なんでもいいからぶっぱなせ!」
双子は負傷兵を搬送しようとしている味方を狙って分散して突撃。僕らもそうはさせまいと攻撃命令を下して僕も魔法の詠唱を開始する。
「火は仇なす者へ!爆ぜよヴァルキュリユル!」
僕は二丁拳銃を双子に向けて、一度に四発の魔法弾を発射する。
彼我の距離は二百。けど既に五十は縮まっている。おまけに黒翼を持つ双子は味方の魔法を軽々と回避し乱数機動で接近していく。
でも、ヴァルキュリユルは狙った相手は外さない。ったく、もうちょっと魔法での実戦を積ませて欲しかったよね!前世の記憶が戻ってからのチュートリアルがこれとかおかしいっての!
文句を言いたい気は満々だけれども、今はそれより双子をどうにかしなければとヴァルキュリユルを持つ両手を横に広げる。
「あらあらあら!面白いわね!」
「あらあらあら!わたし、珍しいものを見たわ!」
ヴァルキュリユルから放たれた魔法弾を双子は一度避けるものの、弾丸は逃すまいと弧を描いて双子に再接近し爆炎を巻き起こした。
よし、命中はした。少なくとも足止めにはなったはず!
双子がいた所に二発ずつ当たった僕の攻撃に、周りにいた味方達は歓声を上げる。二百五十年ぶりの魔人襲来で、初めて攻撃を命中させたのが僕になったのは果たして名誉な事なのかは分からない。けれど、味方にとっては心強い風景だったのか。
「やったか!?」
「やったろ!!」
やめてそれフラグだから!なんで旗を立てちゃうかなあもう!最も、あれで撃破出来たとは思ってないけどさ!
この状況に一時辺りは静寂に包まれる。隣にいるアレン大尉は息をのみ、僕も双子がいた所を睨む。
結果はやはりというか、予想通りだった。
「魔法障壁、ね……。こっちが使うんだから、向こうも使うよねえ……」
火炎と煙がおさまった後にあったのは、幾何学模様の魔法障壁を張って無傷の双子がいた。威力は決して低くはなくむしろ高いはずであった僕の攻撃は、その証拠に彼女らの障壁にヒビを入れさせていた。だけど、無力化していなければ意味は無いんだ。
割と本気でぶち込んだはずなんだけどなと内心舌打ちをしながら、僕はじっと双子を見つめた。
「すごいすごい!あなた、人間にしてはやるじゃない!」
「凄いわね、姉様!まさかわたし達の魔法防殼に傷を付けるなんて!」
「あらあら、よく見たらあの人間の持っている武器は変わっているわね?」
「あらあら、そうね姉様。他とは違う武器を持っているわ。まさか、召喚持ちかしら?」
「召喚持ちみたいね。ねえ、人間。あなた、名乗りなさい?」
双子の姉の方は尊大な態度で僕に目を向けて言う。なんだろう、さっきから腹立つ態度をするねコイツら。
「なんで敵にわざわざ名前を教えなきゃならないのさ」
「ざぁんねん。冷たいのね、人間」
「部下を殺しておいてよく言うよ」
「部下って、そこに転がってる死体の事ぉ?」
「姉様、きっとそうよ。だって、あの人間のコートは他より豪華だもの。サーベルも持っているから、お偉いさんね」
「召喚持ちにサーベル。あなた、貴族ねえ?」
「どうだか。想像にお任せするよ」
「つれないわねえ」
「ええ、つれないわ姉様」
双子は何が愉快なのかずっとくすくす笑いながら話す。こっちからしたら不愉快だ。けれど僕は顔に出さず、攻撃の機会を伺う。しかし、隙だらけに見えて全く隙がない双子の様子にやはり二人が只者では無いことを実感する。
状況は一転して膠着する。こっちは一個増強小隊に僕の部下達の一個小隊。あっちは二人だけ。圧倒的に有利なはずなのに、有利とは思えない雰囲気がこの場を支配していた。
その均衡を破ったのは、双子の方だった。
「いつまでもお喋りもつまらないわね。さあ……、え、えー、もう終わりなのお」
「まだお楽しみの途中なのに残念ね、姉様」
急に双子が誰かとやり取りをするような口振りをする。どういうことだ。あそこには二人以外はいないはずなのに。まさか、どこかにまだいるというのか?
僕は心中でやや慌てながら周りを見渡すけれど誰もいなかった。
すると双子は、こちらの心境なんて意も介さないように。
「でも、まあいいわ。任務は完了したもの」
「そうね、姉様。任務は達成したわね」
「任務?何のことなんだ?」
「教えられないわよ、召喚持ちの人間」
「ええ、教えられないわ。あなたが名前も教えてくれないように」
今度はくつくつと笑う双子はそう言うと、呪文を唱え始める。今度はなんなんだよ!と僕はすぐさま魔法障壁を構築し、部下達も同様にして身構えると。
「さあ、下僕たち!私達の為に死になさい!」
「じゃあね、人間!またお会いしましょう!」
彼女らが詠唱を完了すると現れたのはゴブリンが二十数体と、オークが数体。魔物がぽこぽこと湧いていたのはこいつらのせいだったのか!魔物を使役するんじゃなくて召喚したということはつまり。
「お前達、
「ご名答よ召喚持ちの人間!」
「姉様とわたしの置き土産を楽しんでくださいな、人間!」
双子は愉しそうに言うと身体強化の魔法を発動したのか、猛スピードでこの場から離脱する。逃がす訳にはいかないとすかさず僕もヴァルキュリユルの魔法弾を放つけれど、目標が早すぎて射線がずれた上に命中しても敵の魔法障壁が防いでしまって傷をつけることは叶わなかった。
「ちっ、仕方ない。総員、前方の魔物を殲滅して!」
『りょ、了解!』
魔人の出現で慌てふためいていた部隊は何とか立て直し、魔物の討伐に集中する。
結局新たに出現した魔物を討伐出来たのは十五分後だった。
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