第10話 リールプル郊外遭遇戦・前編

・・10・・

「交戦区域まであと二〇〇〇です!」


「小隊分割!二五の内、一〇は分散!交戦地域を回り込んで挟撃するように!タイミングは任せるよ。ルッツ中尉の部隊に任せるからよろしくね!」


「きょ、挟撃でありますか?」


「交戦している部隊は正面で戦っていて、僕達は側面から攻撃するからね」


「なるほど。了解しました! では後ほど!」


「健闘を祈るよ!」


 僕はルッツ中尉の部隊に命令を下すと、彼等の部隊は統率の取れた行動で分散していく。交戦地域はリールプル市街郊外の真北、丁字路付近だ。僕達はそこを側面から攻撃。既に交戦中の部隊と共同で魔物を討つ。敵が東方面に逃亡を図ればルッツ中尉の部隊がこらを挟撃という形を取る作戦だ。もし東ではなく北方面に逃げようとしてもルッツ中尉の部隊は伏兵には変わりない。恐らくだけど、上手くいくはずだ。

 しかし、探知魔法をかけ続けていて気になる点があった。僕は隣にいるアレン大尉に話し掛ける。


「アレン大尉」


「どうかしましたか、アカツキ少佐」


「相手は魔物だよね。にしては、やけに統率が取れていない?」


「……確かに、連中の頭にしては動きが賢いですね」


「だよね。バカ正直に突っ込んで攻撃していないみたい。ただ、だとしてもやることは変わらないか」


「その通りでありますね。しかし、アカツキ少佐は肝が据わってますね」


「なんで?」


「魔物との戦闘はそう経験が無いはずでは?」


「怖がっても仕方ないでしょ。放っておけば領民に被害が広がる。軍人貴族としてそれは許せない」


「……貴族が皆貴方様のように考えていたらとつくづく思いますよ」


「お喋りはここまで。目標まで一三〇〇だよ」


「これは失礼。気を引き締めますか」


「そういうこと。総員に伝える!距離五〇〇になったら統制魔法射撃の用意、三〇〇になったら火属性魔法を面制圧で攻撃するように!合図は僕が魔法照明弾青を発射してから。いいかい?」


『了解ッ!』


 以前のアカツキがどうだかは知らないけれど、戦闘を目前にした今の僕は完全に前世の戦闘モードに頭が切り替わっていた。いかに部下の損耗を抑えて敵を殲滅するかに重きを置いて戦術を構築していく。後ろからは今日のアカツキ少佐は可愛いというよりカッコよくない?と声が聞こえるけれど気にするのはやめておいた。私語があるだけそれなりに余裕はあるみたいだ。魔物が現れてあたふたするよりはよっぽどいい。

 交戦地域まで九〇〇。目標である魔物が見えてきた。探知魔法の通り数は五〇。内訳はゴブリンとコボルド。それにオークが少数か。

 ううん、ゴブリン、コボルドはともかくオークは厄介だな。この世界は前世の創作でいう異世界転生するとありがちなHPという概念は無いらしい。オークの攻撃をモロに受ければ、魔法障壁――有り体に言えばバリア――が張れる魔法能力者ならともかく魔法の使えない非能力者軍人は一溜りもないだろう。

 てことは、まずはオークが先かな。オークがゴブリンなどに簡単な指揮までしてるし。


「目標まで残り六〇〇です!」


「統制魔法射撃を用意!ガラ空きの敵側面へぶち込んで!」


 交戦地域まで残り六〇〇になった時点で僕は十四名の部下に命じる。僕も合図の魔法照明弾を用意するために右のホルスターから拳銃を出して詠唱を開始する。周りからは各々が詠唱をする声が聞こえていた。

 そして、距離三〇〇にて。


「統制魔法射撃第一射、撃てぇ!!」


 魔法照明弾が放たれたと同時に十四名による統制魔法射撃が魔物目掛けて飛翔する。いずれも攻撃力が高く、迫力がある火属性魔法だ。

 魔物達がいる地点まで魔法が飛翔すると炸裂、爆発する。初火属性初級とはいえ、十四名が一度に放つ光景は圧巻だった。側面にいたゴブリンやオークは爆発に巻き込まれて木っ端微塵になるか、炎によって焼かれ火だるまになっていく。

 だけど、これで終わりではない。

 距離二五〇の時点で僕は部下達より前面に出て詠唱を開始する。


「我が地を侵す不埒者ふらちものに、鋭利な風の断罪を。風刃乱舞ふうじんらんぶ


 馬上で腰の左に収納していた方の拳銃も手に持って、二丁のヴァルキュリユルを構える。瞬時に魔法陣は出現して、次には一挙に四発の弾丸を放つ。

 空気を切り裂く音と共に、四発は魔物達に襲いかかる。今まで戦っていた相手に集中していたからか突然の奇襲に混乱していた魔物達へ追い討ちと言わんばかりに風の魔法を纏った弾丸が命中。ゴブリンやコボルドは真っ二つになっていく。

 部下達も各々で魔法を発動、攻撃を仕掛けていった結果第一撃で三分の一の敵を行動不能に陥れた。

 僕達十五名は相対距離五十になった所で突撃では無く、九十度反転。ちょうど丁字路になっている所に到着したからだ。そこにいたのは交戦していた部隊。それなりに苦戦していたようだったみたいで、間に合って良かったと一安心する。


「今が好機だ!追撃!攻撃開始!」


「うぉぉぉ!!」


 元々いた彼等も援軍が訪れた事により戦況が有利に傾いたからか部隊の一部が自律的に魔物へと追撃を始めていた。後ろからは魔法の詠唱と攻撃の音が響いている。

 その最中、僕はひとまずここの指揮官と話したかったので探すとすぐに見つかった。三十代前半で士官用の軍服にコートを身にまとった人物は交戦部隊の後ろにいたのでそこへ向かい、辿り着くと馬から降りる。突然の来訪者にビックリしながらも、近くにいた交戦部隊の兵が僕の馬を預かってくれた。


「援軍感謝しま、ってアカツキ少佐どうしてここに!?」


「待たせて悪かったね。伝令から一報を聞いたから部下達を連れて急行したんだ」


「まさかアカツキ少佐が来られるとは思いませんでした……」


「今は誰だっていいでしょ。君の名前と、状況を」


「ジュード、階級は大尉であります。状況は芳しくありませんでしたが、アカツキ少佐の部隊のお陰で何とかなりそうです」


「礼には及ばないし言うなら後で。なんでこんなに魔物が湧いてるのか気になるけど、今は魔物を潰さないと」


「ええ、訓練中にいきなり現れて……。そうでありますね、早いとこ殲滅しましょう。小隊、先までの鬱憤を晴らせ!」


「了解!」


 中肉中背で金色の短髪のジュード大尉は、追撃を既に開始した部下達以外にも戦線へ参加するよう伝えると、すぐさま部隊は動き出した。


「負傷者は僕の部隊から治療に回すよ。クルツ少尉、ルミナ曹長と負傷兵の治療を」


「このクルツにお任せあれ!」


「分かりました、アカツキ少佐!」


「残りは追撃に参加。殲滅するよ」


『御意!』


「何から何まで申し訳ないです、領主代行アカツキ少佐」


「戦場に貴族も平民も関係無し。今は領民の為に魔物を倒そう」


「えっ、あ、はっ!了解であります!」


 あれ、今僕おかしな事を言ったっけ。少しだけジュード大尉が戸惑った気がするけどまあいあや。未だにオークは残っているんだからそいつらを先に対処しないと。

 馬から降りた部下達と共に、馬はここにいた部隊の兵達に任せて僕は部下達とジュード大尉と共に最前線になっている丁字路付近まで走って向かう。

 僕達の参戦により前線は少し北上していた。ちょうど丁字路で統制魔法射撃が可能な位になっている。

 元々いた増強小隊は前線に出ているのがおよそ二十。残りは負傷したか死亡したかだろう。後は馬を見てもらっている者達か。

 接敵したのがゴブリンやコボルドにオークという近接に強い魔物で、こちらが超近距離まで接近されると弱い魔法能力者部隊のみで構成されていたのが不味かったよね。火力では優勢でも、数で押し切られると瓦解しかねない。それでもここまで耐えきってくれたのは、ここの部隊の練度のお陰かな。転がっている魔物の死体の数でこれまでの善戦が伺える。

 さて、なら僕達は彼等の頑張りに応えないと。


「厄介なのが残っているね……」


 丁字路まで着くと、二百先に未だ健在のオークが見える。オークは耐久力が高いので魔法を何発か食らっても立っていた。交戦部隊の中には接近されても戦える魔法銃剣士――魔法銃を使いつつ剣も扱える者の事――もいるけれど、相手がオークとなると中々接近出来ずにいた。

 だったら、あのオークが優先目標だ。


「アレン大尉」


「はっ、なんでしょう」


「オークの左脚を魔法で狙える?風魔法で奴の脛にぶち込んでほしい」


「了解しました」


「リリー軍曹とレイト軍曹はオークの隣にいる二体のゴブリンを倒して。邪魔されると面倒だから」


「はいっ!」


「分かりました!」


「僕はあのオークの頭を吹き飛ばすから」


 僕はアレン大尉と、女性下士官のリリー軍曹と男性下士官のレイト軍曹にも命じる。

 アレン大尉に表情の変化は無いけれど、リリー軍曹とレイト軍曹からは好感度が上がっているような眼差しをひしひしと感じるのは何故だろうか。

 しかし今ここで聞くわけにもいかないので、僕はさっさと魔法の詠唱に取り掛かる。

 ヴァルキュリユル二丁をオークに向けて構えると、呼吸を整え。


「火は其の命を燃やして奪う。異形を浄化せよ。爆砕」


 呪文の内容はあくまでイメージを高める為に行われる。今回の魔法は火属性中級の爆砕。大型の魔物でも確実にダメージが通る爆発系の呪文だ。

 魔法陣は紅く輝き、ヴァルキュリユルの銃口からは二発の弾丸が放たれる。その直前にはリリー軍曹とレイト軍曹の氷属性の魔法がオークの左右にいたゴブリンを貫き、アレン大尉の風魔法がオークの腱を切断させる。

 オークは立つことが出来なくなり、膝を地につけた瞬間、僕の放った爆砕の弾丸は心臓と頭部に命中。巨人のヒーローの怪獣がやられる瞬間のようにオーク爆発して上半身が吹き飛んでいった。


「よし、オーク討伐。リリー軍曹、レイト軍曹よくやったよ」


「はいっ!」


「ありがとうございます!」


「アレン大尉もタイミングばっちしだったね」


「なに、造作もありません。少佐もお見事でした。オークがやられたので周辺のゴブリンやコボルド共は混乱して逃亡を始めましたね」


「潰走している方向は東か。うん、完璧」


「ルッツ中尉なら問題なくやってくれるでしょう」


「そうだね。おっ、噂をすれば」


 リーダーとなっていたオークが殺された事でゴブリンとコボルドは戦意喪失し、東方面に逃げ始める。

 僕はその様子を目にして、ニヤリと笑う。作戦通りだ。

 東はガラ空きだと思い込んでいた魔物達。しかし、そこに待ち構えていたのは十人の魔法能力者。ルッツ中尉の分隊だ。

 十名の統制魔法射撃は敗走していたゴブリンやコボルドの命を等しく奪っていった。

 残ったのは魔物達の死体だけ。総合計で百以上あるそれは、一体どこから湧いてきたのか不明だけれど、勝ったのは間違いない。周辺にいた兵達は勝鬨かちどきをあげていた。


「状況終了、かな」


「状況、ですか?」


「……なんでもない。戦闘終了かなって」


「ええ、被害が拡大しなくて良かったです」


 危ない危ない。状況終了はこっちでは使わないのか。今後は使用は控えなきゃ。

 まあ何はともあれ戦闘は終わったんだ。想定より建造物の被害も抑えられたし、参戦から死者は出ていない。

 これにて一件落着。そう思っていた。

 しかし、転生してまだ四日だと言うのにこの世界は次々と事態を起こしてくれるらしい。


「正面の森林から人影!!」


「これは、高度魔力反応!高い!」


 丁字路の北。今は作物のない畑地の先にある森林から現れたのは二人の小さな人型の影。隠すつもりが無いのか、膨大な魔力をひしひしと感じる。前世の記憶が蘇ってからの四日間だけでも魔力のある人々と過ごしたから分かる感覚。明らかに尋常じゃない雰囲気は本能が警鐘を鳴らしていた。


「つっまんなーい。やっぱりこれくらいじゃだめねー」


「そうよ、姉様。やっぱりこの程度じゃダメよー」


 フードを被った二人の体躯は小さかった。身長は僕より一四五センチくらいだろうか。黒いローブが明らかに怪しさを醸し出している。だがそれよりも、何よりも異常の象徴は二人の背中にあった。


「黒い、翼……?」


「まさか、まさかそんな……」


 僕は呟く。横にいたアレン大尉の声は震えていた。

 まさかそんな。そのまさかだった。


「ごきげんよう、人間。二五〇年ぶりね?」


「ごきげんよう、人間。わたし達の配下はどうだったかしら?」


 黒翼を広げ、フードを脱いだそれは口元に鋭い牙を見せていた。肌は白く、瞳は金色。髪の毛の色は紫で、双方共にロングヘアーだった。顔は不気味なくらい整っていて、二人共そっくりな事から双子なんだろう。ただ、姉様と呼ばれた方は右目の下に泣きボクロがあり姉様と呼んだ方には無いので区別はつく。

 けど、そんな事はどうでもいい。何故ならば、目の前にいたのは。


「魔人、だって……」


 二百五十年、アルネシア連合王国どころか人類側領土では目撃すらされていなかった魔人が僕の視界の先に映っていた。

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