第23話 奇跡…。

「21時42分。ご臨終です」


 心電図の波がフラットになった。

 事務的に高宮璃子の死を告げて担当医師と看護師が病室をでてゆく。


「璃子〜〜ッ!!」


 物言わぬ存在となった娘の遺体にすがりついて素子が泣いた。


「あの外道や。あの外道のせいで、うちの娘は死んでもうた」


 広志が悔しげにベッドの縁を何度もたたく。


「お父さん、このことを球団に訴えましょ」


「そうやな、真浦のクサレ外道を球界から追い出してやる!」


 このままでは腹の虫がおさまらない。真浦の野球生命を完全に絶って娘の仇を討つ。

 広志と素子が真浦に対する復讐の念を燃やしはじめた、そのとき——


 ガシャーーン!!


 窓ガラスを割ってなにかが病室に飛来した。

 それはドア付近の染みの浮き出た壁にぶつかり、跳ね返って広志の足もとに転がった。


「ボール?」


 それは野球のボールであった。広志は手に取ると割れた窓ガラスを振り返る。

 豪志園球場の歓声がここまで聞こえる。


「まさか……」


 信じられない。こんなところまでボールが飛んでくるなんて。


 ——璃子、約束や。わしは絶対、ホームランを打つで!!


 真浦道太の誓いが広志の脳裏に甦る。

 すると——

 手にしたボールが白く光った。

 このボールにはなにかが宿っている。

 人智を超えた念のようなもの……。


 そう確信した広志は、その白球をベッドサイドまで持ってゆくと、そっと娘の手のひらに置いた。

 その瞬間、染みの浮き出た壁が音を立てて崩れた。

 なにか奇跡が起きようとしている。

 広志と素子は死んだはずの娘の様子を見た。見つめた。


 ピ。


 わずかな電子音が聞こえた。

 心電図の波が小さく跳ねた。


「あなた!」


 素子が広志の袖を引っ張る。


「ああ、これは……!」


 璃子の指が動き白球を握りしめていた。




 最終話につづく
















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