第21話 予告場外ホームラン?!
球場の歓声が轟くなか、真浦は静かな足取りで右打席へと入った。
(璃子が入院している病院は、あの方角やな)
オールドヒッコリーのヘッドをスコアボードの上空へと向ける。
その瞬間、再びスタンドが沸騰した。
「スゲェ、場外ホームランの予告だッ!!」
「今度はちゃんとしたバットで打つんやでえ!」
当意即妙なヤジに笑い声も沸き起こる。
マウンドの渋川大河はまさしく渋い表情だ。苦虫を噛み潰しているようにも見える。
真浦にしてみれば挑発する意図はない。
彼の頭のなかにあるのは、璃子に誓ったホームランの約束をいかに果たすかということだけだ。
真浦が構えた。大きく足を広げ、バットを大上段に突き立てる。明らかに長打狙いのフォームだ。野手のあいだを抜こうという意志はそこにはない。
「プレイ!」
主審が試合再開を告げた。
渋川はチラリと一塁ランナーのジュリアス・ボーズを見た。
ベースにべったりと張りついている。盗塁しようなどとは微塵も思ってないようだ。
キャッチャーがアウトコース低めのカーブを要求した。クロスファイアで仕留めるための布石である。
渋川が右足をあげて初球を放った。
絶妙にコントロールされたカーブが理想の軌道を描いてキャッチャーの構えどおりの位置に納まる。
「スットライーークッ!」
主審がすかさず右手をあげた。
真浦はバットを下ろすと、マウンドの渋川をにらみつけ、吠えた。
「どうせ最後はクロスファイアでくるんやろ! 下手な小細工は無用や、さっさと決め球投げたらんかいッ!!」
「バカか、オッサン。決め球を初球で投げるわけないだろ!」
渋川も負けじと言い返した。
「ほな約束や。2球勝負じゃ。わしが打ち損じたら3球目はもういらん。おとなしゅう凡退して退がるわ」
「ああっ! ホンキでいってんのか?!」
「男に二言はないわい。はよ投げい!」
「君たち、私語は慎みなさい!」
ガキの野球のようなやりとりに主審がたまらず二人を注意する。
「どうせ打てやしないぞ。クロスファイアで決めたれ、タイガー!」
「次で引導渡してやれ!」
3塁側のグレイツ応援席がヒートアップする。それにつれて1塁側のタイタンズ応援席も負けじと声を張りあげる。
「おまえなら打てるぞ、真浦!」
「その通りや、渋川なんかいてこましたれ!!」
(補欠のクソロートルが調子づきやがって!)
渋川はまだ25歳の若手だが先輩や年長者を敬う気持ちはない。
プロは実力が物言う世界だ。守れない走れない投げられないの三拍子揃った真浦などはただのポンコツだと思っている。
渋川がキャッチャーに向かってサインを出した。
それは断固たる意志を示したクロスファイアのサインであった。
第22話につづく
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