第12話 不穏な病室

「わざわざ、ご足労いただきありがとうございます」


 真浦の大ファンだという少女の入院先の病院にゆくと、両親がすでにロビーまで出迎えにきていた。


「本当になんとお礼をいっていいか…」

「今日は娘にとって忘れられない1日になると思います」


 くどいほどペコペコと真浦に向かって頭を下げている。

 両親とも穏やかで上品だ。それもそのはず、高宮食品工業は明治のころからつづいている魚介類専門の加工業者で関西では言わずと知れた老舗中の老舗である。


「こちらです」


 高宮広志たかみや・ひろしとその妻、素子もとこの案内で5階のフロアに足を踏み入れる。そこはVIPルームが立ち並ぶ高額個室の専用階だ。


 高宮が512とナンバリングされた西向きの病室のスライドドアを開けた。


 10畳ほどの広さだろうか、書棚に調度品、窓際には高価な電子ピアノまである。おそらく娘の部屋を再現しているのだろう、ファンシーなぬいぐるみがベッドの周りを埋め尽くしている。


 真浦は少女趣味の空間とは別種の居心地の悪さを感じていた。

 なにか神経に障るものがここにはある。

 真浦はドア付近の壁を見た。

 黒っぽい人影のようなシミが薄くにじみでている。

 見つめているうちに、それは濃さを増し、大鎌をかかえた死神のようにも見えてきた。


「真浦……選手?」


 遠慮がちな声が背中に届いた。

 振り向くと、埋め尽くされたぬいぐるみの間から少女が真浦を見つめていた。

 透き通るような白い肌の少女、高宮璃子たかみや・りこであった。



 第13話につづく




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