第203話



 酒吞童子と大嶽丸が現世から姿を消した、その瞬間。

 二体が残していった置き土産――両側からの超高火力砲という尋常ならざる大技が、モンスターへと衝突した。


 テンジの人生史上、最大の爆風がそこでは巻き起こっていた。

 周りにいた探索師たちは吹き飛ばされないよう、必死に地面にへばりつき、近くの探索師と手を取り合い、なんとかその衝撃波を乗り切ろうとしている。それから僅かに遅れて、体の芯に響いてくる衝撃波が届いてきた。


 モンスターは必死に耐えていた。


「ル゛ル゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオッッッッ!?!?」


 右手で青い攻撃を、左手で赤い斬撃を、それぞれに対し力づくで押し返そうと地面に踏ん張っている。それでもじりじりとモンスターの手先が焼け焦げてしまい、あの痛みが再び全身を襲ってくる。痛い、でもここで諦めたら確実に自分は死ぬ。


 モンスターもここで負けるわけにはいかないのだ。


 無意識に、魂を震わすように叫んでいた。


 叫んで、叫んで、叫び続けて。

 自分の120パーセントを無理矢理捻り出そうと体が勝手に動いていた。


 だがしかし。

 二体の鬼が残していった置き土産の威力は、予想をはるかに上回るものであった。


「ル゛ィィィィィィィィィィィィイイッッ!?!?」


 じわりじわりと、両側からの力に屈していき腕が内側へと寄ってくる。気が付けば、肘の辺りからはすでに骨が飛び出ていた。腕の皮膚は焼け落ち、そこから筋肉の繊維が剥き出しになって見えていた。赤と青の業火が、モンスターの体を芯から焼き焦がしていた。


 少しでも気を抜いてしまえば、たちまちにこの砲撃たちは全身を貫いてしまうだろう。

 もしこれをまともに食らってしまえば、進化した自分でさえ再生が困難になることはなんとなく想像できた。この業火は、今までの炎とは何かが違った。格が違ったのだ。


 必死に、生きようと藻掻き続ける。

 腹の底から声を出し続けて、何がなんでも押し返そうと力を振り絞る。


 押しては、押し返されてを繰り返していた――まさにその時だった。


 ふと、モンスターの目の前に小さな影がちらついた。

 大嶽丸よりも、酒吞童子よりも、あきらかに背の低い影だった。


 凄く嫌な予感がした。




「僕も負けられないんだ。獄王刀――」




 目の前でぼうぼうと燃え盛る刀を振りかぶっていたのは、一人の少年だった。


 酒吞童子と大嶽丸の存在感が強すぎたゆえに、今まで存在感が薄くなっていたテンジ。

 鬼と比べると小さなテンジの手には、伊吹童子が振り回していたあの白い大太刀が握られていた。ずっと使っていた炎鬼刀ではなく、酒呑童子の『獄王刀』が握られていたのだ。


J4■K〇$”)43W△S鮭K5)*+#なぜお前がそれを持っているッッッ!?」


 あまりの最悪な状況に、モンスターはそう叫んでいた。

 炎鬼刀ならともかく、その獄王刀は絶対に食らってはいけない刀なのだ。それが放つ本物の業火の味を、モンスターは嫌というほどに知っていた。



 やめてくれ、テンジ。



 懇願するような瞳を向けられるテンジだが、まるで気にも留めない様子であった。


 そこに置いてあったんだよ。

 そう言いたげにテンジは不敵に笑って見せた。


 伊吹童子は自らの白い大太刀を捧げることで、大嶽丸を現世に召喚した。


 それが大嶽丸の帰還と同時に、テンジの傍に再び召喚されていたのだ。

 伊吹童子はここまでのシナリオを想定していたのだろうか。最後の置き土産は二つの大技だけではなく、この大太刀もテンジへと残された三つ目の置き土産であった。


 テンジは静かに、息を吸い込む。


 自分が使おうとした技ではなく、伊吹童子が使った斬撃を想像する。

 本来持つ獄王刀の姿は、今のテンジには引き出すことすらできない。それでも伊吹童子の技を一度見たことで、知ることはできた。




「――『無赤』ッッ!!」




 赤と黒の業火が織り交ざった一撃が、下から上へと斬り上げられた。

 その一振りは無防備なモンスターの右肩から先をあっという間に切り離していた。


 そして、テンジは連続するように頭上へと大太刀を振りかぶる。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 そのまま訓練された動作で、大太刀をモンスターの左肩へと振り下ろしていく。


 両側からの高火力砲への対応で精いっぱいであったモンスターは為す術がない。


 その一振りを正面から受けてしまい、ついに左肩から先の腕さえも胴体から切り離されてしまった。これにて、両腕がテンジの刀によって奪われた。


 それはつまり――完全な無防備を意味していた。


 自分を守る両手が無くなってしまったということは、両側から迫っていた青と赤の高火力砲を受け止める手段がなくなってしまったということだ。


 赤と青。


 二つの極大な業火が、モンスターを左右から押しつぶしていく。


「ル゛ル゛ァァァァァァァァァァァァァァアアッ!?!?」


 防御無しのモンスターには、もう対抗できる手段は残されていなかった。

 弾着と同時に、激しい爆風が巻き起こり、辺りの空気さえも焼き焦がしていく。


 その爆発に紛れて――テンジは三度、大太刀を振るっていた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!」


 その一撃が、胴体から首を斬り飛ばしていた。

 あの凶悪だった白亜のモンスターの首が、無情にも宙を舞っていた。


 それからすぐのことだった。


 赤鬼と青鬼の置き土産が、灰一つ残さずに胴体を焼き焦がしていた。


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