第202話
モンスターのギザギザで獰猛な歯が突き刺さった――はずだった。
完全に大嶽丸の意表をついたはずだったのに、皮膚より先に歯が食い込むことはなかった。大嶽丸の異常な筋肉の層が、その攻撃を拒んでいたのだ。
奇妙な弾力の噛み応えだけが、モンスターの顎に伝播する。
「ル゛ォ!?」
「痒いわ」
まるで蚊に刺されたとでも言いたげに、大嶽丸はモンスターの首根っこを掴んでいた。そのまま力任せに、戦場の中央へと投げ飛ばす。
鞠のように地面を転がると、何かに掴まれるように空中に止まった。
まただ。伊吹童子が使う不可視の巨大な手の中にモンスターは掴まっていた。焦ったように藻掻くが、その手の中から抜け出すことは叶わない。
そこでモンスターはようやく気が付いた。
大嶽丸と酒吞童子、そのちょうど真ん中の直線上に自分が立っていることに。まるで最初からここに誘導されたかのように、二体の鬼は大技を放つがごとく構えを完成させていた。
伊吹童子は背中に背負っていた大太刀を抜刀術の如く左の腰に深く構え、ぼぅぼぅと激しい炎を鞘の周りに溜めている。大嶽丸は四本の腕と二本の足を支えに上半身を前のめりに大きく口を開けている。そこには目まぐるしく回転する、青い球体が出現していた。
何か――大技が繰り出される。
それに気が付き、必死にモンスターは藻掻き始めた。
それでもその不可視の手には抵抗する余地もなく、ただただ暴れるだけしかできなかった。
そして、伊吹童子がニヤリと笑った。
「小僧、いずれ会う日を楽しみにしているぞ。せいぜい足掻け、藻掻け、苦しめ! 俺たちは王の帰りを待っている。たとえ何千年のときが経とうとも、ずっと待っている」
その言葉に続くように、常に無表情だった大嶽丸の口角が僅かに上がる。
大きな口を開けたまま、テンジへと視線を向けた。
「新たな閻魔よ、オラが一つ助言してやる。――その書を完成させるんだ」
テンジがその声に反応しようとした、まさにそのときだった。
僅かに、酒吞童子と大嶽丸の体の端から白い煙がゆらゆらと沸き立ち始めたのだ。
それが何の煙なのかテンジにはすぐに分かってしまった。タイムリミットだ、もう彼らがこの現世にいられる時間はないのだろう。それからすぐに、彼らのすぐ背後にあの白い門が出現する。
早く帰って来いと言わんばかりに、門が勝手にギギギッと開かれていく。
もう、彼らが現世に存在できる時間は数秒とない。
これが酒吞童子と大嶽丸の最後の攻撃なんだと、テンジは理解した。
「ル゛ル゛ォォォォォォォォォォォオッッッッ!!」
モンスターが生まれてこの数時間の中で、それは一番の雄叫であった。
反骨芯に溢れたその雄たけびによって、モンスターを覆っていた不可視の手がはじけ飛んでいく。気が付けば、体の自由が利くようになっていた。
これなら――自分でも勝てる。
そう思った、まさそのときであった。
二体の鬼の存在感が突然、ぶちあがった。
最後の技、その準備が完了したのだ。
ニヤリと、二体の鬼の口角が僅かに上がった。
「獄王刀――『無赤』ッ」
「獄王咆――『転青』ッ」
酒吞童子が居合を繰り出すと、赤と黒の炎が織り成す三日月形の巨大な斬撃が、地面を抉り取りながら解き放たれた。大嶽丸がその言葉を発すると同時に、口内に渦巻いていた球体の青い炎が、目では負えない速度で解き放たれていた。
三日月形の赤い斬撃と、球体形の青い砲撃。
無情にもその二つが、モンスターへと解き放たれてしまった。
「ル゛ォ!?!?」
逃げるような時間はないとすぐに分かった。
モンスターはコンマ数秒以下の世界で、慌てて右手を青い球体に、左手を赤い斬撃へと向けて抵抗しようと態勢を整える。
もう受け止めるしか、ここを脱する方法はなかったのだ。
「じゃあな、小僧」
衝突の最後を見届けることなく、二体の鬼はモンスターへと背を向けていた。
そして――そのまま白い門を潜って、地獄へと帰っていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。