第204話



「か……勝ったのか?」


 突然の静けさが戦場を包み込んでいた。

 そんな雨上がりのような戦場で、とある探索師が信じられない光景を見たように呟く。普段ならばそれほど小さな声が戦場に響き渡ることはないが、今だけはその声が全ての探索師の耳に行き届いていた。


 まるで、映画でも見ているような感覚だった。


 私たちの知る探索師とは一体なんだったのか、そんな問いを突きつけられているような感覚を全員が味わっていた。

 プロの探索師たちは、私たちこそが世界を代表する探索師だと自信があった。もちろんリィメイのような化け物もいるのだが、まったく手の届かない存在だとは彼らも感じたことはない。互角とまではいかないだろうが、支援をしたり、協力したりできるほどの戦力差だった。


 彼らはプロという地位に誇りを持っていたのだ。


 だけど、プロとは一体なんの線引きなのだろうかという疑問を感じてしまった。

 あの少年と比べてしまえば、自分なんて何もできない一般人も同然なのではないだろうかと嫌でも考えてしまう。


 天城典二という少年は、たった一人であのモンスターの首を刎ねてみせた。


 戦場にいた探索師たちは勝利を喜ぶ余裕もなく、ただジッと静かに戦場の中央で一人佇む少年の姿を捉えることしかできなかった。なんとなく、声はかけられなかった。


「ふぅ。さすがに……無傷とはいかないか」


 テンジはふらりとよろめき、数歩たたらを踏んでいた。

 その少年の全身はボロボロとなっており、ところどころ火傷のような跡が見受けられる。あきらかに今の攻撃の余波を食らった様子だった。ただし、あれをもろに食らってしまえばモンスターのように、すでにそこに立つことさえ許されていないだろう。


 何か別の力が、王を守るように爆破の余波を掻き消してくれたのかもしれない。


 テンジは慌てて大太刀を地面へと突き立て、杖の代わりにして倒れるのを阻止する。


「はははっ……まさかこうなるとはなぁ」


 少年は何を想っているのだろうか。

 不意に空で浮かぶ雨雲を見上げると、空笑いを浮かべながらそんなことを呟いていた。


 ちょうどそのときであった。


 テンジが刎ねたモンスターの首が、空からゴトッと虚しく落ちてきた。

 ここから見える瞳には、すでに生気は無くなっているようだった。テンジはそれを見届けると、再びふらりとよろけてしまう。


「二度目の『代償』かぁ。そろそろ来るのかな」


 テンジは奴の死を見届けると、後悔したような表情を浮かべていた。気が付けば土に汚れた頬を、一筋の雫が流れ落ちていく。意図せずに、大太刀を持つ手が震えていた。


 怖いのだ。


 酒吞童子や冬喜の手前では強がったテンジだが、頭の片隅には恐怖が張り付いていた。

 つい最近、代償についての話を久志羅ムイから聞いたばかりだからだろうか。


 今は何も考えたくないほどに、怖かった。


「さて、僕もそろそろ……」


 地面から大太刀を引き抜き、ここから離れようとした――その時であった。


 ぴくり、と。


 モンスターの頬がひくついた。


 テンジは視界の端でその僅かな動きを捉えた瞬間、嫌な予感に襲われていた。ぞわりと全身をくまなく舐められているような、嫌な寒気がやってきた。魚が刺身になっても僅かに動くことがあるように、これもまた死後反応のような何かだと思いたかった。


 だけど、違った。


 ぱちり、と奴の瞳に生気が宿った。

 ねちょり、とギザギザの口が開く。



「ル゛ル゛ォォォォォォォォォォォォォォオオッ」



 奴が再び――動き出した。


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