第184話



 まさか――。

 まだまだ未熟な学生である冬喜から強気な提案をされるとは思っていなかった九条は、少しばかり驚いたように聞き返す。


 ここに残ることを許された一人とは言え、学生に作戦のような頭脳戦は期待していなかった。

 そこはまだまだプロである自分の領分だと考えていたのだ。


「策があるのか?」


「策……というほど、確実な可能性ではないですが。まぁやってみる価値はあるかなって感じです。でもその間、俺は極端に弱くなるので守ってくれませんか」


「そうか……いいだろう。やってみろ」


「ありがとうございます」


 冬喜はほっとしたようにそう言うと、シャドースナイパーの進化を解除する。

 集中するように胸へと右手を置くと深呼吸を一つ。そのままゆっくりとお願いするように冬喜は対象の幻獣へと伝えた。


「――幻獣王が望む、『ヨモギ』よ」


(ヨモギ?)


 テンジも初めて聞く幻獣の名前だった。

 そこも確かに驚くことであったが、最も驚いたのは冬喜の姿にまるで変化が現れなかったことであった。大なり小なり容姿変化するのが冬喜の天職の特徴だったからこそ、テンジはその些細な違和感に驚いていた。


 不思議に思いつつも、テンジは冬喜の次の行動を待つ。


 何かに微笑むように冬喜が顔を上げると、たった一つだけ冬喜の体に変化が生じていた。


「目が……」


「あっ。そういえばテンジにヨモギのこと言ったことなかったっけ? まぁ、今度詳しく説明するよ」


 優しく笑いかけてくると、唯一変化のあった“瞳”がゆらりと揺らいだ。

 生来の茶色い瞳から、三つの円環上に黒目が変化した緑色の瞳。


 瞳が僅かに輝く。


 静かに、冬喜は言った。


「見つけました」


 あまりにもすぐに結果を出したことに、九条は僅かに目を見開く。

 世界でも屈指の異能と言われている自分の固有アビリティでも見つけられなかった。

 それなのにも関わらず、冬喜はこの一瞬で奴を探し当ててしまったのだ。


 否応にも、九条の中で冬喜の将来への期待感が高まっていく。


 そんな戦場にそぐわない心の高揚を抑えつつ、九条は冷静に聞き返す。


「どこだ?」


 冬喜はその問いに即答しなかった。


 いや、できなかったのだ。


 ヨモギという幻獣は、冬喜の友達の中で唯一戦うような強い幻獣ではなかった。

 それどころか五等級のモンスターにさえ踏み殺されてしまいそうなほどにか弱く、手のひらに収まるほどの、まんまるで妖精のような小さな存在だったのだ。

 ふさふさとした柔らかく包み込まれるような緑の体毛に、丸っこい尻尾がついたなんとも言い表しづらい姿をしている。


 極端な弱さゆえなのか、ヨモギにはたった一つだけ突出した能力があった。

 どの強い幻獣よりも飛びぬけて優れた能力があったのだ。


 なんということもない、危機察知能力。


 弱いがゆえに強者に対しての反応が異様なほどに敏感で、距離や障害物関係なく、何かが自分に対して意識を僅かに向けただけでも、センサーが激しく警告をならしてくる。

 だが、そのセンサーも万能なものではない。おおよその方角は理解できるのだが、それがなんとも大雑把で『色』によって識別されるのだ。


 冬喜はこの場で、何かがセンサーに引っかからないかな。

 という曖昧な根拠で戦闘力皆無なヨモギを自分の身に宿し、自分を進化させた。いや、もはや退化に近い進化かもしれない。今の冬喜は、地上最弱のモンスターといっても過言ではないレベルで弱体化していた。


(びっくりするほどに冬喜くんの生命力が弱く感じる……一体どんな幻獣なんだろうか)


 そんな冬喜の様子を近くで見ていたテンジは、あまりにもMP原子の波長が弱くなった冬喜の姿を見て多少の不安を抱いていた。

 これほどの危険な戦場で自ら弱くなる行動なんて、普通では選択しないだろう。いつ、どこから、どんな形で、子飼いのモンスターが襲ってくるのか分からない状況なのだ。


 ただ、冬喜は周りの探索師を信じていた。


 その淡く輝く緑色の瞳はここじゃないどこかを見ているのだろうか。

 テンジと目は合っているはずなのに、どこか合っていないような不思議な感覚。


 そうして間もなく――、


 冬喜が勢いよく上へと振り向いた。



来ています!」



 次の瞬間には、五人の頭上に異形の影が落ちた。


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