第171話
「――え?」
ボールのように何かが吹き飛んできた。
その光景を偶然視界に捉えていたテンジは、あまりにも信じがたい状況に混乱してしまう。
『何か』が『人』だというのはすぐに分かった。
「リ……リィメイ学長!? なんで!?」
「ガハッ……」
ドシンッと大きな音を立て、勢いよく地面を転がり跳ねながら吹き飛んできたリィメイ学長が近くの巨木に衝突し、ありえないと言いたそうな表情で肺の息を吐きだした。
そのまま力が抜けた人形のように地面へと倒れ伏せると、血反吐をまき散らす。
激しい衝突音とテンジの声で、周囲の探索師たちもその異変に気が付いた。
「え? リィメイ!?」
「嘘ッ!?」
「は? なんで!?」
その驚きも当然の帰結だった。
ここはモンスター包囲網の一番外側、つまり激戦地からはかなり離れた場所にある。
もっとずっと――遠くの戦場で戦っていたと思っていたリィメイ学長が、気が付けばここにいたのだ。いや、探索師たちのその認識は正しいものだった。
包囲網の外側で戦っていたテンジたちにはずっと激しい戦闘音が聞こえていた。
たまにぴかっと何かが光り輝いているのも視認していたし、強力な攻撃スキルであろう轟音も度々聞こえていた。
それはずっと遠くの戦場、こことはかなり離れた場所のはずだと認識していた。
しかし――、
リィメイは今この激戦地から遠く離れた包囲網の外にいた。
明らかに強力な攻撃を食らったであろう激しい傷や血痕を体中に刻んだ痛々しい姿で、この戦場へと石ころの如く吹き飛んできたのだ。
例えプロ探索師と言えど、この状況に僅かな混乱をきたすのも無理はなかった。
零等級探索師ウルスラ=リィメイが勝てない敵など、ここにいる誰もが敵うはずがないのだから。この状況から考えると、これは「負け戦」なのではないかという負の思考が思わず脳裏によぎってしまう。
そんな中だった。
誰よりも先に行動を起こしたのは、体が動いていたのは――テンジだった。
「リィメイ学長!!」
一番近くにいて、巨木に衝突する瞬間を見ていたテンジは一目散に駆け出していた。
周りにいる子飼いのモンスターたちを炎鬼刀でばっさりと切り伏せ、一体たりともリィメイ学長に近づかせないように仰々しく振舞っていく。
斬っても、斬っても、奴らはどこからともなく湧いてくる。
(ヤバイ、このままじゃリィメイ学長が!?)
テンジの火力をもってしても、容易にたどり着けなかった。
少しでもモンスターたちがリィメイ学長に気を取られないように、必死に大きな技でタゲを管理し、助けに行く隙を探し続けた。
だが、奴らは絶え間なく襲ってくる。
雪崩のように次から次へとモンスターが奥から奥から押し寄せてくる。
隙が無い――どうしたら。
「『絶叫・羅生門』ッ」
「『千呪の壁』ッ」
ギョォォォォォォォ、とけたたましい叫び声が戦場に響き渡った。
それと同時に子飼いの群れとリィメイ学長の間を遮るように、千郷の防壁スキルが発動された。白く複雑に絡み合った糸の壁がモンスターの行く手を阻む。
「テンジくん行け!! こっちは俺たちが引きつける!」
「こっちは任せていいよ!」
最高のタイミングで二人はテンジの背中を押してくれた。
さすがのタイミング、すぐに行動に移す対応の速さに感嘆の息を漏らすと、テンジは一目散に駆け出した。周囲から襲ってくる残り少ない子飼いモンスターをあっという間に斬り伏せ、リィメイ学長の元へとようやくたどり着く。
そこにはぴくりとも動かないウルスラ=リィメイが地面に伏せていた。
世界最強の四人衆と名高いリィメイが、今にも息絶えそうな痛々しい姿で目を瞑っている。
慌てて耳を口に近づけると、微かにだが息音が聞こえてくる。
だが、リズムが変則的だ。
このままだと危ない。
腹には大きな血痕が広がっており、止め処なく血が流れ出てくる。
顔や体中に刻まれた無数の切り傷、酸でもかけられたようにただれた右腕の皮膚、額を塗りたくる真っ赤な血の滝――そんな周囲をぽわぽわと浮かぶ光る綿毛のような優しい光球。
テンジはその光が自己回復系統の能力なのだと、すぐに気が付いた。
以前に似たような光景を見たことがあった。試験の時に彼女が生徒たちに施してくれた光の色と同じだったのだ。それが彼女の息をなんとか持ちこたえさせている状況だった。
ただ――、
「このままだと間に合わない」
微かな息音が、徐々に間隔を空けていく。
呼吸が、静かに消えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。