第159話
ここにはモンスターも小動物も、虫さえもいない。
リィメイはそう言っていた。あるのは中央の窪地地帯上空に浮かび上がっている黒繭と豊かな自然が広がっているだけで、他には何もないのだと。
「本当に自然の音しか聞こえないんだね」
テンジは中央窪地地帯の崖上から足を投げ出し、見渡す限りの自然をゆったりと眺めていた。
耳を澄ませば風が靡く音が聞こえ、木の葉が揺れる音が木霊し、近くにある湖の波が立つ音が聞こえてくる。コオロギの鳴き声も、小鳥のさえずりも、カエルの合唱もここではまるで聞こえてこない。
不思議な感覚だった。
たぶん地球上の大陸どこを見渡しても、こんな幻想的な場所はないのだろう。
そんな自然音しか聞こえてこないテンジの耳に、優雅に歩く人間の足音が聞こえてきた。
テンジは特に警戒する素振りも見せずに、ゆっくりとその方向に振り返り「誰だろう」と観察する。
闇に落ちた林の間から現れたのは、腰を曲げて杖を突きながら歩くリィメイ学長であった。
リィメイもテンジの姿をその目で捉えると、少しばかり驚いたように目を瞠った。
「あら、驚いた。先客がいたのね」
「こんばんは、リィメイ学長」
互いに軽く挨拶をすると、リィメイは太々しい表情のままテンジの方へと近寄ってきた。
そのままテンジの三メートルほど離れた崖上に立ち上がり、テンジと同じようにジッとその豊かな自然の光景を眺め始めた。リィメイ学長もこの光景を見に来たのだろうか。
少しの静寂が、この空気を包んでいた。
先に口を開いたのは、リィメイの方であった。
テンジへと視線は向けずにただジッとその森を眺めながら、問いかけてきた。
「あなたの役割はなにかしら?」
ふと投げかけられた問いに、テンジは少し戸惑った。
それでもすぐにリィメイの方へと視線を向け答えようとする。
「リィメイ学長のサポート、子飼いの殲滅ですよね?」
「……そうね」
リィメイが珍しく笑っているように見えた。
星明かりに照らされたリィメイのしわしわな表情は、どこか寂し気なものだった。
そんなリィメイに対し、次はテンジが問いかける。
「僕からも……一つ聞いてもいいですか?」
「何かしら?」
「『欠落者』ってなんのことですか? ずっとリオンさんに聞こうかと考えてたんですが、最近全然連絡が付かなくて」
ほんの少し、リィメイは間を置く。
そしてゆったりとした音色の声で話し始めた。
「そういえばあなたはまだ一年生だったわね。強さと年齢が見合っていないからすっかり忘れていたわ。そうね……」
そう言いながら、リィメイはようやく腰を下ろし始めた。
テンジと同じように崖先へと両足を投げ出し、地面にゆくりとお尻を落としていく。
そうして、準備が出来たのか再び話し始めた。
「おそらくその『欠落者』という言葉が当てはまるのは、世界でも六人だけね。私、リオン、オーブラカ、ジェイ、ロニバラ、黒鵜冬喜かしら」
テンジは驚いた。
そこには零等級天職を持つ探索師の名前しかなかったのだ。
「零等級天職に共通する言葉ってことですか?」
「その通りよ。『欠落者』……それは言い得て妙な表現ね。その言葉通り、私たちは『欠落者』――強力な力と引き換えに、一部の感情を失った人間なのよ」
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