第149話



 ――アルプス山脈、モンブラン。



 冬季の山は日によってはひどく吹き荒れ、肌に突き刺さるような冷気が体を襲ってくる。防寒を怠れば数分と経たずに普通の人間は死んでしまうような、そんな過酷な環境だ。


 モンブランの山頂でジッと何かを待っていたリオンは、全身を毛布でぐるぐる巻きに囲いながら、コーヒーで暖を取っていた。たったそれだけの防寒しかしていない。

 だからか、意図せずに体はブルブルと震えてしまう――普通の人間ならもうすでに死んでしまっているところだ。


「……クッソ、何で俺がこんなことを」


 自棄になって、リオンはコーヒーを一気に飲み干した。

 そのままモンブラン山の頂上付近に鎮座している漆黒のダンジョンゲートを見下ろす。雪の降り積もった山脈の上にそびえ立つそれは、否応にも存在感が強く感じる。

 ここは世界でも数少ない一等級の『モンブランダンジョン』と呼ばれる迷宮であり、場所が場所ゆえにそこまで探索師の出入りが頻繁な場所ではない。それでも近くには国が資金を使い作られた小さな街が存在する。


 そんなゲートをリオンはジッと見下ろしていた。

 誰かの帰りを待つように、ただただそこで寒さを凌いでいく。


 それでも今日は誰も帰ってくることはなく、街へと一旦降りることに決めた。

 リオンは命綱やパラシュート一つ着けることなく、ポケットに手を突っ込みながら、唐突に山頂から跳躍した。そのまま空を掛けるように、まるでここが世界最高峰の山の一つだと言うことを知らない子供のように、ゆっくりと街へと戻っていくのであった。


「あ~、寒゛ぃ~」


 グスンと鼻を啜り、ポケットに入れていたカイロを強く握り締める。

 そんなリオンの言葉はモンブランの寒さに掻き消されていく。




 ――それから三日が過ぎた。


 リオンは寒さに耐え続け、ただひたすらに誰かの帰りを待っていた。

 白い雪山の上にぽつんと、やぼったい男が座っている。


「マジでこのままだと死ぬ。早く出てこいや、オーブラカ」


 リオンは悪態を吐き、恨むようにそこら辺にそびえ立つ山々を睨みつけた。

 今にもその山々を破壊してしまいそうな睨みを利かせつつ、ずずっとコーヒーを飲み込んでいく。


「んお?」


 そして――、

 ようやくリオンの待ち人が姿を現した。


 恨み言葉が聞こえていたかのように、漆黒のダンジョンゲートの僅かな隙間から小さな一つの影が現れたのだ。

 その小さな人影を見て、リオンは「よっしゃ、キタ!」と高らかに叫ぶ。

 そして、勢いよく山頂から跳躍してその場へと向かい始めるのであった。


 そんなリオンの瞳には、とても奇妙な人物が映っていた。


 全身を黒や藍の布で覆い、目の周辺以外はまるで肌が見えないのだ。

 黒いズボンに、藍色のシャツ、その上からはボロボロで虫食い状態な外套を羽織っている。口元も布で覆い、頭にもスカーフのように藍色の布を被っている。

 そんな男の左手の五指にはキラキラと数多のアクセサリーが輝いており、右手には身長とほぼ同じ長さの杖が握られていた。その白い杖にはいくつものカラフルな宝石が埋め込まれており、白銀の世界の山の上では一筋の星のような輝きを放っていた。


 傍から見れば、中二病患者やホームレスと言われてもおかしくない男だ。

 しかし、それらはすべて世界でも最高等級の『零等級アクセサリー』のみで構成された、本物の探索師としての真の姿だったのだ。


 そんな『オーブラカ』と呼ばれた男のすぐ傍の足場に、颯爽と粉雪をまき散らしながらリオンが着地した。

 勢い余って転びそうになりながらも、オーブラカの白い杖を慌てて掴んで、転ぶのを阻止したのであった。そのまま睨むように顔を近づけ、オーブラカの瞳をジッと覗き込んだ。


「……びっくりした。…………リオンか?」


「ナイス杖。転ばずに済んだわ」


「私の杖は転倒阻止の杖ではないぞ。これは世界最高位の――」


「あ~、そんなことはどうでもいい。ちょっと力を貸せよ、厨二」


「チュウニ? ……意味は分からないが、貶しているな」


「とりあえずついて来いって。俺が動いてるっていう異常事態に気が付けよ」


「……確かに。リオンがここにいるなんて異常だな」


 こうして、二人は再会したのであった。


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