第148話
――エジプト、スフィンクス前。
観光地と化した、このエジプトのスフィンクスやギザのピラミッドのあるストリート。その通路の塀に肘と顎を乗せ、ジッと何かを待つ人物がいた。
上下をブラウンのセットアップコーデでまとめた秋服に、砂を避けるための民族衣装のクーフィーヤを頭からかぶっているチグハグなコーデの日本人だった。
そのクーフィーヤからはちらりと銀色のマッシュヘアが垣間見えている。
「オイ、中国人! そろそろここを閉めるって言ってんだろうが! つーか、何日そうしてるつもりだよ。さすがに観光客ってわけでもないだろ?」
「ハサン、もう終わりなのかい? もう少しここにいたかったんだけど」
背後から警備員のエジプト人に声を掛けられた彼は、「え~」と言いながらもそう返答をした。
そんな気の抜ける反応に、警備員も思わずため息を吐いていた。
「ダメだ、ダメだ。もうここは閉鎖だ」
「はいは~い。それとさ、僕は日本人だって言ってるじゃん」
「中国人も日本人も見分けがつかないんだよ。ほらッ、さっさと出ていけっての」
警備員から思いっきり尻を叩かれた彼は、にへらっと笑いながらその場を後にしようとした。
そのまま二人は仲良さげに会話をしながら、観光ルートのその場所を出ようと歩き始めた。
そうして、侵入防止用の柵を超えたちょうどその時であった。
「おや?」
スフィンクスのある方角から小さな二人の影がちらりと見えたのだ。
それを視界に捉えた彼は慌てて足を止め、塀から乗り出すようにその二人をじっくりと観察し始めた。
そして目を細めるように遠くを見つめ、その人影が目的の人物なのかを観察する。
「おい、中国人!」
「ちょっと待って、ハサン」
常に変な笑みを浮かべていた彼からは想像できないほどの真剣な声が聞こえてきた。
突然の変わりように警備員は驚きを見せるも、少しくらい構わないかと思い、清閑してみることにした。そしてハサンもその男性の隣に立ち、その人物をジッと見つめる。
そうして数分後には、二つの影がくっきりと見え始めた。
それを見た日本人の彼は、ニヤリとした笑みを浮かべた。
その勢いのまま大きな声で叫ぶ。
「おーいッ! ジェイ! ミラスッ! 待ってたよ~」
その名前を聞き、警備員はゾンビでも見たかのように驚いていた。
慌てて日本人と同じ姿勢で塀へと乗りかかり、近づいてくる凸凹コンビの二つの影を食い入るように見つめる。目を見開き、二人の顔をようやく確認できた。
その顔を見て、ハサンは口をあんぐりと開けていた。
「日本人、お前……ジェイとミラスをずっと待っていたのか。……知り合いか? 知り合いなのか!? サ、サイン欲しいんだがッ! ずっとファンなんだ! いつか会えないかと思って、この警備員の仕事に応募したんだよ!!」
「まぁね。あとで聞いておくよ。おーいッ! ジェイッ! ミラスッ!」
ようやくその声が聞こえたのか、背の小さい方の影が手を振り返してきた。
それを見て、日本人の彼も大きく手を振り返す。
本当にこいつは知り合いだったのかと知り、警備員は思わずその日本人に聞いた。
「お前、何者なんだよ。エジプトの英雄と知り合いって……日本人、お前の名前は?」
その問いに対し、日本人は徐にクーフィーヤを外した。
ちょうど夕日が彼と重なり、銀色の髪がくっきりと見えた。そして優しく、懐っこい表情でにっこりと笑って答えた。
「海童周、とある零級探索師のパートナーだよ」
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