第150話



 ――第74階層。

 現在の最高到達階層、その一歩手前。



 テンジは第71階層で足止めを食らっていた冬喜と合流し、戦いを共にするようになっていた。

 一人では難しい攻略、それでも同じ目的を持つ二人が力を合わせることでそれは限りなく可能な現実となる。


 元々、テンジは第67階層まではその足を進めることができた。

 しかしそれ以降は一人での攻略が不可能と判断し、レベルを上げることに専念するようになった。

 その結果テンジのレベルは7へと向上し、今では道中のモンスターとは比較的対等な戦闘を行えるようになった。


 そうして二人で共闘することで、一週間と経たずにここに到達した。


 相変わらず千郷は指導員としての立場を維持し見守るだけ。

 それでも弟子の二人は必死にモンスターと戦い続け、元々上手かった連携をより濃いものへと進化させ、この第74階層までテンポよく攻略してきた。




 この階層に辿り着いて五分のこと――テンジと冬喜は第74階層のボスを発見した。


 テンジはすぐに木の陰へと身を潜め、ジッと好機を伺うように準備を始めた。


 それに対して冬喜は拘束力と攻撃力に優れた幻獣『シンスカイドラゴン』へとその身を進化させ、ボスの討伐の準備を着々と進めていく。

 エメラルドとサファイアの狭間のような美しい半透明な鱗が至る所に生え始め、尾骶骨の辺りからは太くて長い龍の尻尾を生えてくる。瞳は猫目にも近い、青い竜眼へと変わる。


 この幻獣『ジンスカイドラゴン』について冬喜は、テンジにこう語っていた。


 真の姿は綺麗な女性メスの龍であり、現実では会うことの叶わない存在。しかし、冬喜だけは夢の中でのみ合うことが許されている。幻獣に認められた人だけが立ち入れる夢の無意識領域に、冬喜は許可なく立ち入ることができるのだ。

 

 冬喜の夢領域は、幻獣の住まう幻想世界と繋がっている。


 冬喜の《幻獣王》なる天職は、夢という媒介を介して幻獣たちと絆を育んでいき、ともに成長していく能力。

 だから、いつもいつも冬喜は楽しくおかしく幻獣たちの話を聞かせてくれる。


 冬喜がグッと拳を優しく握り締め、胸の前へと置いた。


「ジン、今日も力を貸して」


(あァ、フユキ)


 冬喜の優しい語り言葉に、ジンスカイドラゴンは心の言葉で答える。


 その返事は冬喜には聞こえていない。

 幻獣と冬喜が語らえるのは夢の中だけという限定付き、現実世界では冬喜から幻獣たちへの一歩通行な会話しか成り立たない。それでも冬喜はたまに、こうして話しかける。


 幻獣をその身に纏った冬喜の口元には、青い円環が目まぐるしくMP原子の高エネルギーを回転させており、何かの大きな技を繰り出そうとしていた。


 戦闘準備に入ったテンジと冬喜の視線の先――。


 そこには十階建てのビルにも及ぶ、巨大な三つの首を持つ亀型のモンスターが優雅にのっそりと歩いていた。巨体が過ぎるゆえに動きは比較的鈍く、地面のモノや人はほとんど見えていないようだ。鈍感、そう表現してもいいだろう。


 それを逆手に取り、二人は確実にボスを倒すための準備を進めていく。



 これほどの巨体。

 深層に住まう硬いボスモンスター。



 普通の攻撃では、碌にダメージが通らないことは最初からわかっていた。

 これまで戦ってきたマジョルカのボスモンスターとの経験則、リィメイ学長の攻略マップによる事前の情報――これらがボスの硬い装甲を打ち破れる攻撃力が無ければ攻略不可能と言っていたのだ。


 この第74階層には弱者の通行を阻むように、ボスモンスターはこの一体しかいない。

 程度の低い攻撃しか持たないチームはこれ以下の階層に進むことすら許さない、そう伝わってくるほどの存在感がこいつにはあった。


 冬喜は口元の目まぐるしく回転する青い円環の準備を完了させた。

 少し離れた位置で待機するテンジに向けて大きく手を挙げて見せた。

 テンジもすぐに大きく手を振って返事をし、お互いに武運を祈るようにグッドマークを示し合わせた。


 準備を整えた二人の視線は、自然とボスモンスターに吸い寄せられていく。


 冬喜は「ふぅ……よし」と、深呼吸をして気合を入れ直した。



「――『青の咆哮』ッ」



 冬喜がジンスカイドラゴンの奥義を発動した。


 その瞬間――。


 口元に溜まっていた青いエネルギーの円環が開き、一本の長い鞭のような形へと変化した。それが鞭のようにしなり始め、縦横無尽に空間を暴れはじめた。


 勢いよく、青い鞭はボスの三つ首にぐるぐると巻きつき、移動を阻害することに成功する。


 突然の奇襲に、ボスは「ヌォォォォォオ」と鈍い雄たけびを上げた。


「せーのッ!」


 それを見て、冬喜はその青い鞭を手に掴み一気に引っ張り上げた。

 亀型モンスターは『ヌォォォォォオ』と鈍い声をあげながら、その圧倒的な力技に大きく態勢を崩され、片足が地面から離れる。


 冬喜はこの好機を見逃さなかった。


 足が離れた逆方向へと全速力で駆け出す。

 そのまま力技で青い鞭を引っ張り続け、ボスの態勢を大きく崩していく。


 そして――その巨体がひっくり返った。


 蓮の葉が浮かぶこの沼地エリアの一帯に、水しぶきがドカッと吹き荒れた。小鳥や小動物たち鳴きながら逃げ回り、至るところに七色の虹がかかった。


 目の前にいる亀型ボスモンスター『ゼノルド』は、一等級モンスターであると知られている。

 世界中で観測されているモンスターの中でも三番目に大きな巨体を誇っており、異常なほどに背中の甲羅が硬く、皮膚も同じぐらいの強度を誇っている。

 性格は比較的大人しいのだが、その巨体ゆえに自分で知らぬ間に多くの生物をぺしゃんこにしてしまうモンスターなのだ。



 それともう一つ――。

 ゼノルドを倒せるのは、一級探索師の中でも選ばれた者たちだけだ。火力が足りなければ、どんなに凄い探索師でさえこいつに勝つことは許されない。



 ゼノルドがようやく腹を空へと向けた。

 腹の中央付近には少しだけ黒ずんだ皮膚の部分があった。弱点――そうは言っても生半可な脆弱ポイントではなく、比較的脆弱という枕詞が付く。


 それを木陰で見届けていたテンジはニヤリと笑みを浮かべ、傍で控えていた二体の炎鬼に視線を向けた。

 炎鬼たちは姿勢を屈め、組手を作る。


 二体の炎鬼の手のひらにテンジは足を乗せ、そして小さな声で指示を出す。


「じゃあ、僕を上に飛ばして」


「「……承知」」


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