第110話



 チェウォンの興味心が先行したせいで、四人の空気が気まずい物へと変わってしまった。


 パインは「じょ、女子や……思春期や……」と心の中で思っていた。

 ミナは「やればできるじゃん。でもテンジは可愛い系だよ? チェウォンは昔からカッコいい系が好きだったよね? まぁ、チェウォンが好きならいいんだけど」とあらぬ勘違いをしているのであった。

 チェウォンはチェウォンで、足先から頭までをぽっと赤く染めている。


 そこで次は私の番だと、パインがテンジの瞳を見返す。


「ねぇ、テンジの支援者って誰な――」


 いつも通りの眩しくも元気な表情で問いかけた矢先、その言葉を遮るように一人の青年がこの場に現れた。

 テンジ以外の誰もが、彼の接近にまったく気が付くことができなかったのだ。テンジの背後に突然現れ、テンジの両肩に手を置く背の高い青年。


「テンジ、行こうか」


「うん、冬喜くん」


 その青年に連れられて行くように、テンジは後ろへと振り返った。

 そのまますぐに冬喜が踵を返して噴水広場へと向かっていったので、テンジも慌てて駆け足でその隣に並び歩き、小さな声で「ありがとう」と言うのであった。


「待って!」


 パインの声が響き渡る。

 しかし冬喜はいたって平然とした表情のまま顔だけを後ろに振り向き、足は一度も止めずに優しく言ってあげる。


「君たちは君たちの試験官と一緒に噴水広場に戻っておいで。俺はテンジの試験官だから、君たちには関係ないんだ、ごめんね」


「クロウフユキ! あなたはテンジのことを!」


「さぁ、どうだろうね? 詮索はしないこと、これがリィメイ学長との約束だよ? これだけは絶対に忘れないこと。迷惑がかかるのは君たちじゃなくて、君たちに支援をしている人、している国にすり替わるんだからね?」


 その正論にパインも思わず口を閉ざしてしまう。


 今しかなかった。

 テンジからちゃんとした言葉を聞くのは、もしかしたらこのタイミングが最後だったのかもしれないのだ。なんだかそんな気がしていた。

 それでも三人はテンジから何も聞きだすことができなかった。


 リィメイ学長が緘口令を敷くほどの出来事。

 一体、テンジの背後にはどんな支援者がいるのか。

 テンジという日本人は――。


「テンジ……一体何者なんだろう」


 チェウォンの虚しい言葉が、二人の心にも突き刺さる。

 今に思えば彼の周りにいる人物は、全員がこのマジョルカでは知らぬ者などいない有名人ばかりだ。

 白縫千郷、黒鵜冬喜、ウルスラ=リィメイ。

 これほどの存在を知らない者など、このマジョルカにはいない。千郷は最近来たばかりなのでともかく、他の二人はここに住まう小さな少年少女たちですら知っているほどの人物。


「支援者はチサトって話だけど……本当にそうなのかな?」


「それは確かだと思うよ。テンジもそこは一度も否定したことはなかった。テンジは嘘を付けない子だから。だけど……」


「「だけど?」」


「チサトの背後にも誰かしらいるんだと思うよ。それこそ……リィメイ学長と並ぶ存在、零級探索師とかかもね」


「そういえば日本には零級探索師がいるって聞いたことあるわね。でも、それって本当の話なの? てっきり都市伝説的な何かだと……」


「うん、ちゃんと存在するよ。普段からダンジョンにはまるで興味なくて、何かをずっと調べてるらしい。私の支援者のムシュタさんが昔そんな話をしてたの聞いたことあるの」


 パインはどうやら日本の零級探索師が都市伝説ではないと知っているらしい。

 日本はともかく、他国から見れば日本にいると言われている零級探索師の存在自体がデマなのではないかと、普段から一般人の間では噂されている。

 それも仕方のないことだろう。

 メディアへの露出は一度もなく、ましてや写真の一つすら世に出回っていないのだ。

 彼らのような一介の高校生では、都市伝説として知られていてもおかしくないこと。


 それでもパインが知っているように話すので、ミナとチェウォンも「本当にそうなんだ」と信用する。


 ちょうどその時、近くの森の中から三人の試験官が姿を現した。


「「「先輩っ!」」」


「お疲れ、ミナ」

「チェウォンも頑張ったね」

「やあやあ、パインパイン。ボインボイン?」


 その三人は、彼らが常日頃から行動を共にしている二学年、又は三学年年上の先輩たちであった。

 彼らは国籍もバラバラで、最初から繋がりがあったわけではない。

 それでもこの数か月間はダンジョンに一緒に潜り、夜は何度も一緒にご飯を食べてきた。わからないことは質問して、訓練にもいつも付き合ってくれる。


 そんな頼れる存在が姿を見せてくれたことで、三人の肩の荷が一気に下りていく。


「一先ず帰ろうか」


 ミナの先輩が代表してそう言葉を発すると、全員が帰るために噴水広場へと歩き始める。

 道中では先輩方は珍しく無口で、正式に試験が終了するまであまり会話ができないのだと知った。そのせいで三人の間にも会話一つなく、淡々と歩く。


 噴水広場に到着すると、1-Aクラスの生徒15名全員が無事な姿で到着していた。

 それぞれの先輩と共に、イロニカが話すのを待っている様子だ。


 中にはパインや他の者に怪我を負わされた生徒もいたのだが、すでに治療は完了しており、全員がピンピンな状態だった。だけどその瞳には、恨んだような感情も籠っている。

 ここには薄っすらとだが、ぎこちない空気が漂っている。

 逆に試験をやり切った様子で満足げな生徒も何人かいた。


「やっぱこうなるよね」


「まあね、なかなか酷い試験だったから仕方ないと言えば仕方ない」


 ミナとチェウォンが軽くそんな会話をすると、噴水広場の目の前に飄々とした表情で紅茶を飲み続けていたイロニカ秘書が、優雅に紅茶を机の上に置いた。

 一体、どこからアフターヌーンティーセットを持ってきたのか。そう突っ込みたくなっていた生徒たちである。


 そうして三人の先輩方が徐にイロニカ秘書の元へと近寄り、小さな声で何かの報告を上げる。

 それを聞いてすぐにイロニカは「そう」と言い、立ち上がった。


「皆さん、お疲れ様です。今回の試験では怪我人もでなかったようで何よりです。多くの人が自分の『役』になりきって遊んでくれたことで、私は非常に満足しております」


 お前の満足ってなんだよ!

 そう突っ込みたくなった生徒が数人ほどいた。


「試験の結果はこのあと正確に集計したのち、明日の午前10時より校内掲示板への掲示を行います。同時にタブレットにも結果を配信しますので、好きな方で確認してください。明日は学園の講義もないので、今日の疲れをしっかりと癒してくださいね。では」


 淡白にそう言い切ると、イロニカは紅茶セットをこの場に置き去りにして、街へと転移していくのであった。

 素っ気ないと感じてしまう対応に、生徒たちも困惑の表情をみせていた。


 しかし彼らの先輩方は慣れた様子で苦笑していた。


「一年生は初めてだもんな。イロニカはいっつもあんな感じだから気にするな。じゃあ帰るぞ。帰ってムシュタさんに報告しないとな」


 パインの先輩が優しく笑いかけて言った。

 その言葉に少し安堵した様子の生徒たちは、先輩に連れられるまま転移ゲートを潜っていくことになる。

 テンジもその流れに乗って、冬喜とともにトュレースセントラルパブロの街へと戻っていくのであった。そのまま真っすぐ誰とも話すことなく、郊外の家へと帰っていく。


 ジョージ、パイン、ミナ、チェウォン、そして彼らを採点していた先輩方。

 テンジの本当の姿を見た彼らだけは、その後姿をただじっと見つめていた。


 こうしてマジョルカエスクエーラでの、前期実技試験が幕を閉じた。


 明日。

 その結果発表がある。


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