第111話
試験が終わった翌日の早朝。
ベッドですやすやと深い眠りについていたテンジは、スマホのバイブレーションに起こされることとなった。
「……ん?」
重たい瞼を擦りながら、枕の隣に置いてあったスマホの画面を確認するが、そこには見知らぬ番号が表示されていた。
テンジは必ず番号と名前、ギルドを併せて登録するようにしていたので、見知らぬ番号からの着信というのはそうそう掛かってこない。
不思議に思いながらも、寝起きのか細い声で応答する。
「はい。どちら様ですか?」
『おう、千郷からの報告を聞いたぞ』
「リオンさん!?」
その渋くてやる気のない乱暴な声を聞いて、テンジはすぐに気が付いた。
まさか、あのリオンから連絡が来るなんて思っても見ずに、毛布を勢いよく剥いで思わずベッドの上に正座してしまう。
『なんでそんな驚いてるんだ。てか、今そっち何時だ?』
「そりゃあ驚きますよ……今、朝の5時です」
『だから眠そうな声してたのか。それでだ、ブラックケロベロスを倒したらしいな』
早朝だと言うのに、当たり前のようにマイペースに本題を話し始めた。
テンジは懐かしく感じるペースに苦笑いしつつも、素直に答える。
「はい。中々苦戦しましたが、なんとかですね」
『詳細は冬喜から聞いてるよ。まだまだだな』
「もっと精進します」
『そのまま千郷と一緒に成長していけ。リィメイにはこっちから話を着けといた。口止め料20億で決着がついたのが幸いだった』
「20億!?」
『まぁ、そんな端した金気にするな』
「は……端した金……20億円が……」
寝起きから突き付けられたリオンの狂った金銭感覚に、テンジの頭頂部からはぷすぷすと白い湯気が立ち上った。
『ブラックケロベロスに勝ったと言うと……そろそろ半一級レベルの強さは手に入れたってところか』
「いえ、まだまだ身体能力は二級探索師相当ですよ。召喚を使えば、半一等級というところでしょうか。まだまだって感じです」
『なるほど、まだまだだな。とりあえずブラックケロベロスを余裕で倒せるまでは帰ってくんな、以上』
ブツリ、と電話が切れた。
いつも通りな一方的さに、テンジも苦笑するほかなかった。
「もう一回寝よ。……あっ、九王のこと聞けばよかった。また今度でいっか」
エアコンの効いた部屋。
温もりが残った布団に再び潜り込み、テンジは久しぶりに二度寝へとしゃれこんだ。
† † †
いつもよりも少し遅い時間に起きたテンジは、リビングでぽけーっと椅子に座りながらぐぅぐぅとお腹を鳴らしている千郷に朝食を作ってあげていた。
千郷は自分で作るという発想がないようで、テンジが起きるのをずっと待っていたのだ。
「千郷ちゃんってペットみたい」
「もぐもぐ……なんで?」
「お腹鳴らすほどご飯食べたかったら自分でパンでも焼けばいいのに、じっと僕が起きるのを待ってるんだもん。昔飼ってた猫もそんな感じだったなぁ、と思ってさ」
「ふーん。あっ、今日のスクランブルエッグ美味しい」
あまり興味なさそうな千郷は、お皿に盛られたスクランブルにケチャップをたっぷりかけながら食べていた。
一緒に盛ってあるパンにもジャムやら何やらを塗って、美味しそうに頬張る。
「その卵、昨日の帰りにキッチンカーのおじさんが『余ったからやる』ってくれたんだ。たぶん試験お疲れって言いたかったんだと思う。結構高級そうな卵だよね」
「うんうん、超美味しい」
その後も千郷は一心不乱に食べ続け、食べ終えるとソファの上でごろんと仰向けに寝転がる。適当にテレビでも点けて、あとはごろごろタイムだ。
本当に猫みたいな女性である。
テンジは食器を洗い、洗濯やら家の掃除をする。
10時までは少し時間があったので、そのまま庭に出て庭の芝生を綺麗に整えていくことにした。
そうして時刻は10時を迎える。
「テンジ~、学校行かなくていいの?」
ふにゃふにゃと猫のように液体になった千郷が、ベランダの窓越しにそんなことを言ってきた。
テンジは「ふぅ」と軍手で汗を拭いながら、爽やかに答える。
「うん、別にいいよ。ブラックケロベロスがどれくらいの点数になるかもわからないし、今はあんまりパインたちと会いたくないからさ」
「そっかぁ~」
「何さ」
「いやぁ~ね、たぶんだけど……」
「うん」
「ブラックケロベロスは0点だと思うよ?」
「えっ?」
「イロニカって昔からそういう性格してるし、一番難しい障害をあえて得点低くしたりするんだよね。昔、私もおんなじことやられたからさ」
「てことは……」
「うん、下から数えた方が早いよ! やったね! 目標通り!」
「ま、まぁ……別に結果は悪い方が良いのか」
なんか釈然としないテンジであった。
折角あのブラックケロベロスを倒したのに、まったく評価されないというのはもやもやとする。
それでも目立たないことを言い含められているテンジにとっては、それでいいのだ。
今はまだブラックケロベロスになんとかギリギリで勝てる強さしかない。
策を弄して、血の滲むような訓練をして、生まれたばかりの悪魔に運よく勝てたに過ぎない。
本当の支援者、リオンから言われている約束『ベテラン一級探索師相当の強さと技術を習得するまでは、天職について、強いては天城典二という存在について隠し通すこと』を成し遂げるためには、もう少しマジョルカで頑張らなければならない。
日照りの強い庭先でそんなことを考えていると、自分の名前を呼ぶ声が庭の外から聞こえてきた。
「おはよう、テンジ。朝から庭仕事?」
「おはよう、冬喜くん。うん、ちょっと手が空いたから芝生の整理でもしようかなって。雑草抜いたり、芝生を刈ったりね」
「相変わらずな働き者だねぇ。うちなんて雑草ぼうぼうだよ?」
「じゃあ今度冬喜くんの家の家事をやってあげるよ。いつもお世話になってるしね」
「そりゃあ助かる。中、入っていい?」
「いいよ。千郷ちゃんが猫みたいになってるけど」
「何それ?」
不思議に思いつつも、冬喜はちゃんと正面玄関から家の中へ入っていき、ガラス越しにも聞こえる声で感想を呟いた。
その視線の先には、床の上ででろーんと伸びている千郷の姿があった。
「確かにこれは……猫だ」
冬喜は、その光景を見て呆れるように空笑いするのであった。
そうして時刻は10時を迎えた。
「テンジ、10時なったよ」
「あっ、本当? ちょっと待ってね、今そっちにいく」
「いいよいいよ、俺が調べるからさ」
冬喜はバッグから自分のタブレット端末を取り出し、早速1年生の実技試験の結果を調べ始めてくれた。
テンジは雑草をゴミ袋に仕舞いながら、口をぎゅっと力強く結ぶ。そのまま庭の端にゴミ袋を置いて、軍手を脱いでからベランダを上がった。
ソファにはタブレットを操作する冬喜と、それを興味津々に覗き込む猫――千郷――の姿があった。
テンジはエアコンの涼しさに感動しながら、冬喜の背後へとゆっくり回っていく。
「テンジ……」
「む~……」
覗き込もうとすると、なぜか二人は不満そうな顔を見せる。
「な、なに?」
「とりあえずこれを見て」
冬喜が提示したタブレットを覗き込むテンジ。
そんなテンジも「む?」と反応した。
一年生は満枠のちょうど45人が在籍している。
試験は違えど、成績は45人纏めての順位で表示される。
1位:デミリア・ガルシア 5246点
2位:カルロス・トルネ 2123点
3位:モハメット・パイン 1658点
4位:ジョージ・マクトイーネ1298点
5位:天城 典二 977点
・
・
・
「「「…‥まさかの5位」」」
三人の声がハモった。
まさか45人中で一桁の順位を取るなんて想像もしていなかった三人は、その結果に「うーん」と喉を唸らせた。
正直に言うと目的とは違う。
だけど――。
「やったな、テンジ」
「まぁ、仕方ないか。折角だし今日はお祝いでもしよっか」
二人は悔しがるのではなく、思いのほか嬉しがっているように思えた。
それもそのはずだ。
テンジはずっと不当な評価を受け続けている。それを良く思わないのは、テンジと一緒にいる時間の長いこの二人だったのだ。
知っているからこそ、テンジが真に評価されたことは嬉しかった。
もやもやとした結果にはなってしまったけど、テンジは割り切って笑顔になるのだった。
「人生で初めて5位なんて取ったよ。ちなみに冬喜くんは一年生の時、何点だったの?」
「109,878点」
「「何それ……」」
マジョルカ・エスクエーラ史上、最高の特典を叩きだした黒鵜冬喜はやっぱり規格外の怪物だったのだ。
その事実を知り、テンジと千郷の二人は思わず素で突っ込んでしまう。
かくして。
マジョルカでの前期課程が修了し、テンジはようやくレベル5へと駆けあがった。
そしてテンジはようやく第二の地獄扉を開いたのだった。
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