第98話
――ソン・チェウォン、ユ・ミナの共闘グループ。
彼女たちはテンジのいた禿げ山のエリアからさらに三キロほど離れた、山の中腹にある地図に載っていた目印の場所に訪れていた。
そこには妙に新しいプレハブ型の倉庫が建てられており、この試験にために作ったものだと二人は考えていた。
「ここ……みたいだね」
「ね、でもなんでこんなに手の込んだことするんだろうね?」
「さぁ、なんでかはわからないけど、マジョルカエスクエーラだしって思うよね」
「あぁ、わかる! ここって自由で何でも有りって雰囲気があるよね。私はそこが好きなんだけど。いつかは私もここに一軒家でも立てて優雅に過ごしたいなぁ~。イケメンアイドルでも引っ掛けてさ!」
「あははっ、チェウォンは相変わらずアイドル好きだねぇ」
「逆にミナが何でアイドルを好きにならないのか、私はそっちの方が理解できない!」
「まあまあ、落ち着いてって。時間もないしそろそろ空けてみようか」
「そうだね。何が来ても私は驚かないぞ~」
そのプレハブ小屋は明らかに異質だ。
周囲にはガラス窓がなく、四方全てを真っ白な壁で覆っている。中を見えなくしているということは、中に見せたくない何かがあるということだ。
二人はそのことに気が付いており、いつ戦闘になってもいいように武器を構える。
そして――『運び屋』であるミナがドアノブに手を掛けた。
「行くよ」
「うん」
短いをやり取りをして、ミナは勢いよく扉を開いた。
そのまま二人は一度プレハブから距離を取って、中から何が出てくるのかを待つ。
しかし、いくら待てど中から何かが出てくる様子はなかった。
恐る恐るミナが前にずり足で進み、そぉーっと倉庫の中を覗き込む。
「あっ……ははは」
そこでミナが肩の力を抜いて、後ろで武器を構えていたチェウォンに苦笑いを見せた。
それでも警戒を止めないチェウォンは、首を傾げながらも聞き返す。
「何があったの?」
「冷凍された黒繭だよ、これ」
その言葉を聞いて、チェウォンも「なーんだ」と肩の力を抜いた。
二人は武器をだらりと下げ、ゆっくりとプレハブ倉庫の中に入っていく。
その奥にあったのは、氷系魔法を扱う一級探索師の能力によって、孵化する前に凍らされてしまった黒繭であった。
黒繭とは、その名の通り黒い糸で作られた大きな繭である。
繭の大きさは様々であるが、それが孵化すると必ず強力なモンスターが出現する。そのモンスターは単に『インスタントモンスター』と呼称される。
黒繭は少し特殊で、全世界どんな土地でも出現する可能性のある、突発的なモンスター災害として協会から認定されている。サブダンジョンにはメインダンジョンの半径10km以内という範囲制限が存在するのだが、黒繭には範囲制限がないことでも有名だ。
もし一般人が宙に浮かぶ黒繭を発見した場合、一秒でも早く協会に報告することが推奨されている。
それから直ちに、氷系魔法を扱う一級探索師の手によって冷凍保存され孵化までの時間を限りなく延長させるか、多くの探索師を招集して討伐に向かうかの判断が下される。
孵化するまでの時間も様々で、単純に孵化するモンスターの等級が高ければ高いほど時間を要すると言われている。
五等級モンスターならば最短で五分という孵化時間が観測されていたり、零等級モンスターならば最長で八か月という記録も存在する。あくまで記録は記録で、感知されていない黒繭もしばしば存在するのだ。
「でも、なんで冷凍された黒繭をゴールまで運ばせるのかな?」
チェウォンが純粋な疑問をミナに投げかけた。
しかしミナもその意図をわかるはずがなく、首を傾げるほかなかった。
「ん~、わかんないけどさ、とりあえず運べばいいんだよね?」
「まぁ、そうだね。学園側が要求しているんだから、安全は保障されているでしょう」
「だね、じゃあ一緒に運ぼっか」
二人はあまり深く考えずに黒繭を持ち運ぶことにした。
ここにあった黒繭は二人で一緒に持てばギリギリ運べるほどの大きさで、まだまだ孵化はしそうにない大きさであった。
そもそも孵化までの時間が長ければ長いほど、黒繭は肥大化していく性質を持つため、見識の無い人が見てもその黒繭にどんなモンスターが眠っているのかは推測できない。
国家が所有するほどの高額な精密機械を駆使して、ようやく中に眠るモンスターを判別できるのだ。
この場で二人が、中のモンスターは何等級かを気にすることはなかった。
「あっ、ちょっと重い」
「本当だね。というか、そもそも黒繭自体を持つの人生で初めてなんだけど」
「言われてみれば、私もかも。意外とざらざらしてるんだね、それに冷凍されてるからか結構冷たい」
「本当に冷たいね。これはゆっくり持っていこうか」
「そうだね」
彼女らはプレハブ倉庫を出ると、「いっち、にー、いっち、にー」と掛け声を掛けながら時間を掛けて頂上にあるゴールへと運び始めた。
これが――。
試験の難易度を跳ね上げる、馬鹿げた要素だとは知らずに。
† † †
彼女らが黒繭を持ち出した、少し前のこと。
テンジの前には二体のジンタヲが立ち塞がっていたのだが、何ということもなく腹にアイアンソードを突き刺して倒していた。
いまだに特級天職の本領は一ミリたりとも垣間見せてはおらず、あくまで自分は五等級天職の剣士の戦い方を継続していた。
「これでジンタヲが9体に、アマリユーが5体か。十分すぎる結果かな」
アマリユーとは、水辺に潜むウサギ型モンスターのことである。
五等級でも比較的弱いことで知られ、水辺の石に擬態し奇襲攻撃を仕掛けてくる。
テンジはここまでに五等級モンスターを合計で14体も倒し、すでに採点において十分なのではないかと考えていた。
パインや冬喜に聞いた話では、毎年の合格ラインは『ゴールすること、五等級モンスターを12体以上』らしいのだ。
だから、あとはゴールすればテンジは問題なく合格なのだろうと推測している。
「もうこれくらいでいっか。戻ろう、戻ろう」
どこかで採点しているであろう冬喜の薄着姿の件も考えて、テンジは試験時間をまだ一時間以上残した段階で頂上を目指すことに決めた。
他の生徒や教師が見れば、「なんて向上心の無い生徒だ」というかもしれない。
それも仕方ないだろう、他の生徒は時間ぎりぎりまでモンスターを倒す人が多く、早々にゴールを目指す者は少ないのだから。
「っと、帰る前に」
テンジはその場にしゃがみ、適当な枝を見つけて地面の土を削りながら文字を書いていく。
『冬喜くんへ ゴールに向かいます。帰ったらカフェで温かい紅茶でも飲もうね。風邪引かないように気を付けてください』
私情駄々洩れなメッセージであった。
それでもなぜかやり切ったように顔を晴らしたテンジは、足早に山を登り始めるのであった。
時々スキップを踏みながら、獣道すらない林道を進んでいく。
そんな時であった。
テンジの頬のすぐ横を、淡く輝く魔弾矢が霞めていった。
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