3

 ばあちゃんの用事は、居間の掛け時計の電池交換だった。柱の上の方にあるため、ばあちゃんの身長では届かなかったのだ。俺はそれをあっという間に片付ける。


 しかし。


 ふと、居間の隣の、仏壇のある部屋に飾ってあるセピア色のモノクロ写真が目に入る。その瞬間、俺の心臓は止まりそうになる。


「!」


 そこに写っていたのは、紋付き袴の男性と白無垢姿の女性。結婚の記念写真のようだが……その花嫁の顔が、どう見てもさっき見た「雪女」と同じなのだ。


「ば……ばあちゃん、この女の人、誰?」


「あー、そんなん、オラに決まってんねかね。オラの結婚写真なんだすけさ」


「えー! これ、ばあちゃんなの?」


「そうだて。オラが23の時だな」


 ……。


 これはいったい、どういうことなんだろう。


 若い頃のばあちゃんにそっくりな、雪女……


 もしかして……ばあちゃんのドッペルゲンガー?


 ドッペルゲンガーを見たら死ぬ、なんてよく言われている。雪女にしても、あの白装束は死の象徴だ。よくある伝説では、雪女は取り憑いた人間を凍死させるという。いずれにしても不吉すぎる。胸騒ぎがしてならない。


 そして。


 俺の悪い予感は、見事に当たってしまった。


 ドスッ、という音に振り向くと、台所で夕飯の用意をしていたばあちゃんが、いきなり床に倒れていた。


「……ばあちゃん!」


 とっさに俺はばあちゃんに駆け寄り、抱き上げようとするが、こういう時はあまり動かしてはいけない、ということを思い出して、様子を見ることにする。


 呼吸は止まっていない。が、目は固く閉じられ、意識はないようだ。


 ど……どうしたらいいんだ?


 俺はパニックになる。とにかく……救急車を呼ばなくては! 電話は? どこにある?


 俺は家の中を探して、ようやく見つけた。


 ……って、ダイヤル式の黒電話?


 ちょっと待て! 俺、こんなの電話のかけ方わからないぞ?

 さらに俺のパニックに拍車がかかる。


 どうしたら……どうしたらいいんだ……


 いや、とりあえず落ち着け。深呼吸しろ。


 そう自分に言い聞かせて、深呼吸を3回繰り返した俺は、自分のスマホを使えばいい、ということに思い当たる。


 俺がスマホを取りに行こうとした、その時だった。


 ドンドンドン、と玄関の戸を叩く音が響く。


「!」


 だ、誰だ……?


 俺は恐る恐る玄関に近づく。と、いきなり引き戸が開かれる。


 そこから入ってきたのは、まぎれもなく、さっき俺が出会った雪女だった。凄まじい形相で俺を睨みつけている。雪を伴う強い風が玄関に吹きすさび、彼女の長い黒髪がふわりと舞い上がる。


「……うわあああ!」たまらず俺は悲鳴を上げる。

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