第9話 王女様、船旅開始です

「ほあようございまーす……」


「あら、おはようアルム。今子供達が歯磨きしてるから、もうちょっと待っててね」


「ふゅい……」



 ルフォード孤児院の階段を下りて1階にたどり着いたアルムは、眠たい目をこすりながらソファに座る。

 先にイズミが横たわっているソファだったが、気にせず座ったアルム。そのうち子供達が戻ってくる様子が伺えたため、横たわるイズミを起こしてあげてから顔を洗ったり、髪を整えたり、準備を済ませた。



「昨日は寝れたか?」


「うん。ベッドが変わると寝れないかなって思ったけど、そんなことなかった」


「そうか。今日から船旅だが、大丈夫か?」


「……なんとかする」


「だよなぁ」



 揃って大きくため息を付いて、支度を終わらせたアルムとイズミ。朝食を頂き、荷物をまとめて外に出ると、孤児院用の波止場に船が止まっていた。

 運転手はイサムのようで、現在メンテナンス中。もうしばらく整備すると乗れるようになるそうなので、アルム達はもう少し孤児院のお手伝いをすることになった。


 朝の孤児院では子供達が畑に出向いて、野菜を収穫していく。まだ収穫の時期を迎えていない作物の雑草を抜いたり、肥料をあげたりとそれぞれしっかりとお世話をしていた。

 アルムとイズミも服を着替え、必要な分の野菜を取っていく。アルムの方はなかなか慣れない作業だったため、子供達に教わりながら畑の作物を運び入れていた。



「すっごいなあ……畑もあるなんて」


「アンダストの土地は作物が育ちやすいからな。買い出しに行くよりはこうして育てたほうが早いんだ」


「でも、作物だけだと動物性タンパク質取れないんじゃない??」


「そこは大丈夫。そろそろアレが来るからな」


「アレ??」



 イズミの言う『アレ』とはなんだろう。そう考えていた矢先、子供達が空に向かって手を振り始めた。

 なんだろうと思ってアルムも外を見てみると、そこにいたのは闇の種族と呼ばれる魔物に等しい存在。蝙蝠のような姿をしたそれは足に大きな荷物を括り付け、孤児院の子供達の前へと降り立った。

 本来であれば闇の種族という存在は危険視されているもの。だが、子供達の様子から見るにこの闇の種族は子供達に危害を加える様子はなく、ただの運び屋として使われているようだ。


 荷物を置いた後、蝙蝠の姿をした闇の種族――モルセーゴは口に紙を加えて、ぺこぺこと子供達にお辞儀。どうやら運び入れた証明を欲しがっている様子だったので、イズミが代わりにサインを書いてモルセーゴへと返した。



「ほら、これでいいか? 帰りも気をつけてな」


「ぎっ?」


「ん? ああ、そうだな。姉貴にこのメモ渡しておいてくれ」


「ぎっ!」



 証明書類と何かのメモを受け取ったモルセーゴはイズミの言葉にぺこぺことお辞儀を返し、後に大地を蹴って空を飛び山を軽々と超えていく。重い荷物を下ろしたからか、その動きは来るときよりも軽やかだ。

 そんなモルセーゴに手を降ってお見送りを終えた子供達は荷物を運び入れ、リエナへと報告。中にはたくさんの肉が詰め込まれており、城下町方面からの支援だったことが伺える。



「なるほど、そうやってお肉食べてるんだ」


「親父とお袋は一応通信魔石持ちだからな。足りなくなったらああやって届けられるんだ」


「でも、なんで闇の種族が? ロウンから離れてるし、凶暴化してるんじゃ……」


「ん……それは、あの闇の種族が友好的、だからな……」


「なるほど、確かに友好的な種族もいるって本にもあったっけ」



 空を眺めて納得したアルム。本の中の知識が正しいのだと知れた感覚にちょっと嬉しさを覚えつつも、何故だかイズミの歯切れの悪い反応が気になっていた。

 しかしなにかの事情があるのだろう、それ以上の追求はしないままアルムは孤児院へ戻り船旅装備の確認を開始する。



「薬よし、食料よし、酔い止めよし。……防寒着は向こうで買えばいいかな?」


「だな。姉貴のは流石にお前には大きいしな……」


「リイ姉さん、イズミ兄ちゃんより大きいもんねー」


「ほんの数センチだけな。ほら、そろそろ兄貴のメンテも終わるから行くぞ」


「はーい」



 イズミに促され、船着き場へと向かうアルム。整備を終えたばかりのイサムは髪を解くともう一度結び直し、そろそろ行こうか、と声をかけてきた。

 見送りに来てくれたリエナとも挨拶を済ませたアルムはそのまま船に乗り、姿が見えなくなるまでは船縁で手を降っていた。


 しばらくすれば船はアンダストの国を大きく離れ、内海の海流に乗る。後は魔力を調節しておいた魔石が作る推進力がなくなるまで、のんびり優雅な旅になる……はずだったのだが……。



「おぇ……」


「…………」


「……き、きもち、わる……」


「アルムとイズミは予想してたがジェンロもかよ。……先行きが不安すぎるなぁ」



 なんと操舵者のイサム以外は全員船酔いという最悪なケースが発生。酔い止めを飲んでいたが、今日の海はかなり荒れているためそれすらも貫通して彼女達に船酔いをもたらす。

 だが、船の旅では海上にいる闇の種族への対処が必要になってくるため、最低でも運転手以外に1人はいないとかなり危険になってしまう。

 そのためイサムはどうしたものかと悩んだ。魔石による自動操縦が使える船を使っているが、それを使ったとしてもイサムだけの戦力では確実に闇の種族を退けるのは難しいし、何よりイサムは前衛には立たないヒーラーなので攻撃力も乏しい。



「どうするよ? ロウンかレイオスガルムに一旦降りるか?」


「や、やだ。エオルシャス一直線がいい」


「んなこと言ってもなあ。酔い止め効いてないんだろ? そのままでの船旅ははっきり言ってマズいぞ」


「な、な、なんとかして、耐えるうぅ……」


「っつーかイサム、ヒーラーだってんなら治してくれよぉ……」


「回復魔術は傷は癒せるけど体力とか体調は治せねーの。とりあえず重度なイズミとジェンロは船室にいろ、邪魔になるから」



 ほら、とイズミとジェンロの肩を支えて2人を船室に連れていくイサム。アルムの方はと言うと、ジェンロよりはまだ会話ができる余裕があるため船縁に背をくっつけて、足を伸ばして船の揺らぎによる酔いを少し抑える手法をとった。

 波に逆らおうとするから、頭が揺れる。故に身体をぴったりと船縁にくっつけることで揺れを同調し、少しでも脳に行く情報を少なくすることで船酔いを少しでも抑える形になっているようだ。



「大丈夫か?」


「うぐー……なんとか……」


「まあ、動けるようになるならいいよ。きつくなったら言ってくれよな?」


「うん……」



 ゆらゆらと揺れる船に身体を預け、なんとか船酔いに耐えるアルム。酔い止めを飲んでもこうなるのだから、もう一生、船とは相容れないのだと悟る。

 とは言えこの世界では船は必需品。もし出向いた先の国に父親がいなければまた同じ目に遭うわけで。



「ぐむー……」



 これから先の旅もこうなるのか。

 一生続くのか。

 いつ終わるのか。

 というかなんで揺れるだけで気持ち悪くなるのか。

 これもすべて、急にいなくなった父親のせいだ。

 見つかったらいつも以上に叩いてやる。


 色々と言いたい事が頭の中に浮かんでは、波の動きと一緒に消えていく。

 あまりにも慣れない船旅にアルムは世界を、そして父親リアルドをちょっぴり恨んでいた。



 それからしばらく海上を走っていたが、船が少しずつ速度を下げていく。

 横からの風が少しずつ強くなってきており、船があまり安定しないので速度を下げて抵抗を減らしていくそうだ。その代わり大きく揺れるから注意しろとイサムから声がかかった。



「うぎゃあーーー!!」


「うおっ、コイツは俺でもだいぶしんどいな……!!」



 横薙ぎの風が1回、大きく吹いて船を通り過ぎていく。

 それからはしばらく風が吹くことはなかったが、風の影響で波が大きく立ってしまってしばらく収まりそうにはない。

 船室で大きな音が2つほど鳴り響いたが、イズミとジェンロが放り出されて壁にぶつかった音のようだ。


 大きく揺れる船はやがて荒れた波を抜け、北西に大陸を見据えながらゆったりと進んでいく。海流が勝手に船を運んでくれるのはありがたい反面、タイミングを間違えると戻るのも大変なのがこのガルムレイの海域だ。

 イサムは舵を切りつつ、北西の大陸の様子を確認する。北西に見える大陸――レイオスガルムの国の船がどうなっているかで、隣国エスケンガルドやこれから向かうエオルシャス国への停留が可能かどうかを見るために。


 商業の国レイオスガルムの港街を左手に通り過ぎてみれば、イサムの予想通りに大荒れで船を出していない様子が伺える。商業を終えた船がそのまま停泊するということは、このあと出向くエオルシャス国の停泊所は空いているだろう、というのがイサムの予想だった。



「やっぱさっきの大荒れで出なかった船が多いみたいだな。停泊所も空いてるだろうし、このまま向かうぞ」


「うげぇ……正気……?」


「エスケンガルドを左手に見据えればエオルシャスはすぐそこだって。もう少し頑張れ」


「ぐええ……」



 ぐるぐると回る身体の感覚に悲鳴を上げながら、アルムの旅は続く。

 その波と同じような大波乱を迎えることをつゆ知らず。

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アルムの小さな冒険記 御影イズミ @mikageizumi

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