第8話 王女様、お手紙来ました


 食事が終わり、あとは風呂に入って寝るだけだ……となったところで、リエナとフォッグと少し話をする時間を設けてもらえたアルム。

 フォッグがリアルドからの手紙を読んだのはいいのだが、実はその手紙の中にアルムへの手紙も紛れ込んでいたのだという。



「あたしへですか……?」


「うん、そう。俺も中身は見てないから、どんな内容かはわからないんだ」


「うーん、なんだろ。ひとまず読ませていただきますね」



 フォッグから手紙を受け取り、中身を読み進めるアルム。

 とは言ってもさほど長くは書かれておらず、端的に言えば『エオルシャスへと向かえ』という指示が書かれているのみ。それ以外には特に何も書かれておらず、むしろ早く向かってほしいといった懇願の言葉が書かれているぐらいだった。


 第七連合国エオルシャス。その国は文明として途絶えた機械を復活させるため日夜研究を続ける寒空の国であり、リアルドとフォッグの友人であるベルガ・クーシェロンが国王として座している。

 しかしここ最近、奇妙な集団が市街で見かけられるようになっており、リアルドはそれの調査をアルムに任せたいと手紙に書き連ねていた。ベルガになにかあったか、あるいは市政に何かあったか、ともかくリアルド本人が行けないということでアルムに任せたいとのことだった。



「んん……お父さんはエオルシャスにはいないってことになるの、かな?」


「んー、この書き方からするといそうな気もするんだけどねぇ。リア兄ちゃんは結構遠回しな書き方するから」


「どうする? エオルシャス方面の調査はギルドに任せることも出来るが……」


「いえ、行きます。こうしてお父さんがあたしに任せたいって言ってるのは、なにか理由があるからなんだと思います。理由なくそこに向かえなんて、お父さんはいいませんし」


「うーん、信頼されてんなぁリアの奴。じゃあそうだな、俺からも調査を頼む。ベルガの奴、最近連絡してこねぇから気になるしな」



 フォッグが言うにはアンダスト、ディロス、レイオスガルム、エオルシャス、ロウンの5国の王によって行われていた定期連絡が、エオルシャスだけ途絶えているという。

 エオルシャス国王ベルガ・クーシェロンは機械文明の解析で忙しいとは言え、必ず月に1度は連絡をしてきていたのだが……ここ1年ほどは3ヶ月に1度の頻度に下がっているそうだ。


 リアルドとの約束は必ず守るはずのベルガが連絡を疎かにするのは少しおかしい、というのがフォッグの持論であり、調査をお願いする理由とのこと。



「……ええと、そうなるとまた山を超えなきゃならないのかな……?」


「いや、船はうちが使っているのを出そう。次の季節に変わってもディロスからエオルシャスへは行けなくなるから、アンダスト側の海流から乗った方がいい」


「あ、そっか。そろそろ秋の季節になっちゃうんだった……」



 ガルムレイという世界では、季節によって一部の国の間にある海流が変わる。

 今は中央諸島でもあるロウンを中心に、時計回りの海流になっているのだが、アルム達が孤児院を出る頃にはガルムレイの季節は秋の季節へと変わっており、海流が変わってしまう。

 次の海流は外海が時計回りのまま、内海が時計回りという少し不思議な流れになる。そのためディロスからエオルシャスでは外海を回らなければならないため、アンダスト側から内海を通ってエオルシャスに向かう方がいい、とフォッグは教えてくれた。



「王様ってそこまでわかるんですねー」


「まあね。ちょっとした秘密があって知れるんだ」


「それってお父さんも……?」


「そうだな、いつでも知れる。ロウンの国王だから、どの国にいても知れるな」


「?? 場所って関係あるんですか?」


「おう、ある。……そうだな、一応王女でもあるしアルムには仕組みは教えておこう。リエナ、外してくれ」


「はいはーい」



 国王であるフォッグと王女であるアルムだけになるように、リエナは席を立って子供達のお世話を続ける。そろそろ眠る時間帯でもあるため、子供達を寝かせるためにそのまま子供部屋の方へと向かった。


 その間に2人は海流を知る秘密について話を続けた。

 リアルドやフォッグといった国王は皆、それぞれの島に住まう守護龍から海流の動きを聞く事が出来る。自国にいなければ聞くことは出来ないのだが、ロウンの国王であるリアルドはある程度距離が離れていても守護龍の声が聞こえるという。

 これはロウンという国が小さい代わりに守護龍の力の範囲が大きく広がっているのが理由だそうで、どんな国にいても、というのはロウンに近ければ聞こえるという意味でもある。



「だからアイツは姿をくらましてはいるが、海流の動きはどこにいても知ることが出来る。旅出来るのもそれが理由よな」


「なるほどー……あっ、だからガルヴァスが探しに行っても、船を使って逃げてるってことなんですね!?」


「そういうこと。そっか、ガルヴァスは領主だからそっち方面の事情知らんのよな。そりゃ捕まらねぇわ、あっはっは」



 軽く笑った後、再びリエナを呼び戻したフォッグ。ふと思い出したアルムはオルドレイの日誌についてを問いかけ、借りたい旨を伝えた。


 オルドレイ・マルス・アルファードの日誌。それは文化遺産としても有名ではあるが、日誌末尾に『飾るの禁止!!』といった意味合いの文章が書かれていたため、リエナとフォッグで保管していたそうだ。

 何故本家であるアルファード家が所有していないのかというと、アルゼルガが城で飼っている猫がいることやリアルド不在率の高さから『任せたらやべーんじゃね?』というフォッグの提案により、本家出身のリエナが持つ形で預かっていたという。



「あー……アルお兄ちゃんの猫ちゃん達、みんなやんちゃで図書室でも寝転がりますからねー……」


「いつも思うんだけどあそこの本って大丈夫なの??」


「図書室には重大文書などは置いてないので大丈夫ですよ。兵法書とか、歴史書の写しとか、そのへんが置いてあるぐらいで」


「じゃあ大事なのは地下で保管してるんだ。これもそこに置かせてもらえばいいのにねぇ」


「まあでも、お城にはオルドレイ様の幽霊がいるって噂ですし、見つけたら捨てそうな気がするんですよねー」


「日誌末尾にあんな事書いてあるからなぁ」



 ぱらぱらとめくっては中身を確認するアルム。彼女の先祖でもあるオルドレイは2万年前の人物のため、日誌は劣化を繰り返す度に模写をして内容を残し続けている。

 というのも、日誌にはある重要な話が書かれており、アルファード一族の誰かがそれを読んで解決するのを待ちわびているとのこと。リエナも中身を覗かせてもらったそうだが、あまりにも突飛な内容で最後まで読むのをためらったという。


 古い文字で書かれている故、解読に時間はかかりそうだが旅の合間に少しずつ読んでみたいからと借り受けたアルム。既にフォッグとリエナの手配で模写は済んでいるとのことなので、そのまま借りていっていいそうだ。



「ありがとうございます。これからエオルシャスだから、本はすぐ傷んじゃいますもんね」


「一応その本は加工済みだけど、多量の水はご法度だ。船の中では読まないようにな?」


「それ以前に酔うので大丈夫ですよぅ」


「おーう……イズミと同じだったか……」


「あらまあ。……イサムには安全運転で行くように伝えないとねぇ」



 小さく笑ったリエナはアルムの頭をゆるゆると撫で、そんな明日に備えてゆっくり寝ようと促した。イズミが船酔い体質と知っているからこそ、同じ体質を持つ彼女がこれ以上夜更かしをさせる訳にはいかないと告げた。


 その言葉の後、小さな欠伸をしたアルム。そろそろ眠くなっていたので、オルドレイの日誌を片手に借りている部屋へと戻る。薄暗い中、蝋燭の明かりだけで本を読んでいたジェンロに一声かけると、日誌を枕のそばに置いて彼女はすんなりとベッドの中へ。

 そんなアルムが部屋を出て行く前には持っていなかった日誌に気づいたジェンロ。自分が読んでいた本から視線をそちらに向けると、今にも眠りにつきそうなアルムに問いかけた。



「あれ? アルム、それなに?」


「ん……オルドレイさまの、日誌……」


「……へぇ。ね、読んでいい?」


「ん……いいよ……」



 微睡みの中、ジェンロとの軽いやり取りを終わらせて眠りについたアルム。

 そこから先の彼女の意識は深い夢へと落とされ、ジェンロが日誌を読んでいることだけが記憶されて長い夜を過ごしていったのだった。

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