第7話 王女様、山を超えました


 アンダストの山、孤児院へ向かう登山道の中腹。

 既に半分以上は登ったとイサムは言うのだが、なかなか降りる様子が無い。

 流石にこれ以上は無理だと言うようにアルムは足を止めては休憩をしているが、このままでは夜に到着してしまうため、イズミがおんぶしながらも登っていった。



「うえぇー……なんでこんなに長いのー……」


「まあ、土地柄としか言いようがないんだよな。もう少しでトンネルだから、そこ抜けたら下りになるよ」


「アンダストの山、ホントとんでもないね……。イサム兄ちゃん達はいつもここ登ってるの?」


「まーな。昔はもうちょい簡単に行ける洞窟があったんだが、落盤で崩れちまってなぁ」


「あと、今は闇の種族のお産時期でもあって大回りしなきゃならなくてな。そういうのも重なってる」


「ぐへぇ」



 まさかここまで山登りをさせられるとは思ってなかった、とはアルムの愚痴。アンダストのお国柄は本で読み、知識として持っていたが……実際に自分が体感してみると、また違った感想が出てくるものだ。

 一歩、また一歩、自分の知らない道を歩くアルム。そのうちイサムとイズミの足が止まり、アルムにある場所を指し示した。


 山を降りた先に見えるは、広々とした土地に作られた孤児院。敷地内にいる子どもたちが楽しそうに走り回っているのが見える。今は勉強の終わった休憩時間なのか、外で遊んでいる子もいれば中で休んでいる子もいるようだ。



「お、今は休憩時間か。となると、降りたぐらいで夕飯かな」


「だな。……っつーか、俺らの帰宅を知らせてないから、俺らの分ないんじゃねぇの?」


「そこは抜かりなし。ディロス到達時点で伝えてある」


「え、どうやって? イサム兄ちゃん達って通信魔石持ってたっけ?」


「兄貴は一応持ってるんだよ。今回のお前の成人の儀みたいに、各国から連絡が入ってはそこに向かうみたいな風来坊やってるから」


「ま、流石にお袋には怒られたけどな。急すぎるからって」


「でもアルム来るって聞いてお祝いの準備するって言ってたろ」


「言ってた言ってた」



 からからと笑うイサムの横で、アルムはぎゅっとイズミの右腕をつかんでいる。というのも山頂付近なだけあってかなりの高さがあり、ここまで高いところに来たことがないアルムには僅かに恐怖心が芽生えていたようで。

 彼女を絶対に落とさないようにと、アルムの肩をぐっと抱き寄せるイズミ。僅かながらに彼の右腕も震えている気がしたが、それは高さによる恐怖ではないようだ。


 やがて下り坂へと辿り着いたアルム達は、一旦休憩を取ることにした。

 下り坂は近道と急な坂を利用して降りるため、山道に慣れていないアルムが転ばないようにとイサムが提案してくれたのだ。



「ありがと」


「まあ、突然外に出て急に山登りだからな。それはスマンと思ってる」


「孤児院を建てた場所が建てた場所だもんねぇ……」



 ふう、と一息ついたアルムの視線の先には、これから下るであろう坂道。わずかに人の手が入っていることがわかるその坂道は、ゆるやかに孤児院への道を示していた。

 ああ、山道ってこういうものなんだな。そう思っていたアルムの隣で、いつの間にかジェンロが座ってアルムに話しかけてきたものだから、思わず彼女は飛び跳ねて後退りをした。



「っ!!??」


「え、何? どったの?」


「おま、いつの間に!? 砂漠超えるの早すぎだろ!?」


「え、魔王さんに助けて貰ったんで余裕余裕」


「何だこいつ!!」



 イズミの焦りようを笑いながらも、ジェンロは立ち上がる。ふと先程は見えなかった彼の瞳が目に映ったアルムは、はて? と首を傾げた。

 というのも、ジェンロは元々赤い目をしていたのだが、今は何故か黒い目をしている。魔族というのは赤い目を持っているため、彼も魔族ならば色が変わることはないはずだがと考え込んでしまった。


 その様子にジェンロは自分の目の色が違うことに気づいたようだ。手鏡を取り出し、自分の目をしっかりと確認すると……ぱちん、と手を合わせて謝罪のポーズ。



「ごめん、今日の俺はベッドいらねーや」


「え、マジか。なんでまた」


「や、俺この目になったら眠れなくなっちゃうんだ。せっかく寝る場所確保してくれてたのにホント、ごめん」


「そうか。まあお前を寝かせる部屋なんて俺と兄貴の部屋ぐらいしかねえから、狭くならないのは助かるけどな」


「っつか、なんでまた不便な身体持ってんだお前。魔族だよな?」


「んー、ちょっとね。昔、いろいろやらかした弊害」



 へらりと笑ったジェンロ。過去の罪が自分を重くしているとのことで、こればかりはどうしようも出来ないのと彼は言う。今はその過去の罪について語ることは出来ないし、いずれわかることだろうと笑っていた。


 そんな話をしたりして、休憩を終わらせたアルム達。急勾配の坂道を下り、時には山の警備をしているアンダスト国の兵士達に顔を合わせつつ孤児院へと急ぐ。



 ルフォード孤児院。

 経営者はイサムとイズミの母リエナ・アルファード。アルムの叔母なので何度か顔を合わせたことはあるが、アルムは叔母が孤児院の経営者であることは知らなかったようだ。

 広く、複数階の建物はチラホラと灯りをつけている。今現在は自由時間なのか、1階は子供達の声が大きく聞こえてきていた。


 ただいまと声をかけて扉を開ければ、イサムが帰ってきたことを知った子供達が玄関口へと集まってくる。イズミもいると知った時には、もっと大きな声が辺りを包み込んだ。



「す、すごいね」


「まあ、人数が多いからな。母ちゃんは台所かー?」


「ご飯作ってるー! アルムお姉ちゃんのお祝いだから、唐揚げ作るってー」


「はわっ、リエナおばさんの唐揚げ!?」



 じゅるりとヨダレが出てしまったアルム。昔食べたっきりで忘れられないせいか今まで以上に目を輝かせており、そわそわとした様子を見せ続けていた。

 またイサムとイズミも久しぶりに実母の料理を食べるというのもあって、そわそわとした様子が隠せていないのがよくわかる。彼らのそんな様子は子どもたちにも伝播していった。


 そんな3人の様子を聞きつけたルフォード孤児院の院長であり、イサムとイズミの母リエナ・アルファードがひょっこりとキッチンから顔を出す。帰ってきたことにはたった今気づいたようで、手が離せないから手伝って欲しいと3人に告げる。



「ごめんねえ、今誰もいないもんだから運ぶのもちょっと一苦労で」


「あれ、あずさ辺りもいねえのか? ルカは国境にいたけど」


「ソルトとルカはリイのところにいて、あずさから魁牙かいがまでは全員城下町。いるのは秋穂あいおだけよ」


「その秋穂はー……」



 ちらりと視線を向けると、子どもたちに紛れてジェンロと遊ぶ黒髪の子供がいる。その子供こそが秋穂という子で、イサムとイズミとは大きく年の離れた実兄弟なのだそうだ。

 アルムは秋穂とは生まれたときにしか会ったことがなく、いつの間にか大きくなっていたんだなぁと感慨深くなっていた。



「おっきくなったよねぇ……何歳だっけ?」


「えーと、俺が今28だから、4歳か。冬の月で5歳」


「はえぇー!? そりゃ大きくなるよねぇ!」


「まあ私からしたら、アルムが20歳になったのも驚きなんだけどねぇ。リイがもう27だから、そりゃそうかぁって感じなんだけどね」



 テキパキと夕食の準備を済ませたリエナはイサム、イズミ、アルム、ジェンロの席を別途に設け、子供達を呼び集める。夕飯だと知った子供達は皆揃ってリエナの作った席にそれぞれ座り、食事を取り始める。

 同じくアルム達も席について食事を取り始めようとしたのだが、その瞬間に孤児院の扉が開かれた。



「たっだいま~! パパ帰ってきt」



 赤髪の男が嬉しそうに飛び込んできたのもつかの間、リエナの手からおたまが、イズミの手から菜箸が手裏剣のごとく男へと向かって飛んでいき、見事男を倒す。

 倒れ伏したその男の名は、フォッグ・ルフォード。リエナの夫であり、イサムとイズミの父のその男はアンダストという国の王である。


 リイに言われてこっちに来たというフォッグ。リイが官邸に戻った時間的にも言う暇は無かったんじゃないのか? とイサムが問うが、そこは通信魔石を使って聞いていたようだ。



「山道にいい近道あるよーって闇の種族達に教えてもらっちゃったからさ、そこ使ったらめちゃくちゃ早く到着出来たん。後でお前らにも教えとくね」


「やべー道じゃねぇだろうな?」


「そこはほら、国王権限で命令出してリュンベルを先頭に歩かせてチェックさせておいたから」


「守護騎士の使い方が圧倒的クズ」


「新規ルート開拓に貢献したと言ってほしいね!」



 どやぁ! と言わんばかりのいい笑顔を向けたフォッグはアルム達の食事を先に、と告げて2階へと上がろうとしていた。彼は既に夕食は済ませているようなので、それならばと先に用件だけを告げる。

 謎の人物が持ち込んだリアルドからの手紙を渡し、別の手紙ではオルドレイの日誌を預かるように言われてたことを伝えると、すぐに準備しておくとだけ告げてそのまま彼は2階へと上がっていった。



「さ、じゃあ食べましょ。熱いうちにね」


「はーい。いただきまーす!」



 山を登って下ったあとだから、余計に腹ペコだったアルム。

 ここだけの話、イズミもイサムも見たこともない勢いで唐揚げが消費されていたそうで、追加の唐揚げが入ったそうな……。

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