第2章 海を超えて、その先へ
第6話 王女様、国境越えました
馬車に乗って数時間ほどでディロスの砂漠は抜けられる。
生身の人間であれば2,3日はかかるところを数時間で超えられるのは、特殊な訓練を積んだ馬だからこそ。
……なのに余計なことを言ったジェンロは、道中馬車から叩き落された。
ちょっとだけアルムのこと好きになるかもしれないなんて言われては、黙って看過することが出来ないとはイズミの台詞。少し反省しろと言わんばかりに叩き出していたとアルムは証言していた。
「お前さぁ……」
「アルムの身分証明人を叩き落とすって、アンタ……」
「しっ、仕方ねぇだろ!? か、仮にも、その、あの……か、かの、彼女を好きになるなんて言われたらさぁ!!」
「彼女ってハッキリ言えないアンタに叩き落される方も叩き落される方だけどねぇ。……で、戻ってくると思う?」
「戻ってきてもらわにゃ、主に俺が困るので戻ってきてもらいたいところ。ただ、魔族と言ってもここ抜けるのに時間かかるだろうから、先に国境だけ抜けとく?」
「アンタも大概鬼畜よね……」
大きなため息をついたリイは一度砂漠の方を見やるが、誰も来る気配はない。馬車で向かおうにも何処で落ちたのかわからず、逆に危険なためディロス側の国境兵士達に伝言を告げ、国境を超えるための手続きを行った。
アルムの身分証明人であるジェンロがいない今は、リイが仮の身分証明人。とは言え、国境で手続きを行ってくれる騎士・ルカはイサム、リイ、イズミの弟なため、アルムのこともよく知っている。必要分の署名と所持品検査を行えば、あとは身分証明証を発行するだけなのだそうだ。
「って言ってもその発行時間が長いんで、次来た時に受け取ってもらうって形になるんっすけどねー」
「はえー、めんどくさいね。ルカ兄ちゃんのお仕事って毎回そんな感じ??」
「そんな感じっすよ。ソルト兄貴も似たようなもんっす」
「はえー……。出世街道無くなってない?」
「俺もソルト兄貴も出世と縁遠いんで、騎士関連のことはぜーんぶイズミ兄貴にお任せっすね。旅の合間にも全部積み上げておくっす」
「ははは、この旅が終わったら覚えてろよテメェ。帰ってきたら俺がロウンの王族になってることを祈っとけ?」
にこにこ笑顔で毒づいたイズミ。そんな笑顔はなかなか見せることがないからか、イサムとルカはドン引きしており、リイはいつものことだなぁと眺めている。なお、アルムはジェンロが心配なのか時折砂漠に視線を向け、彼が来るのを待っていた。
そんな中、黒衣を身にまとった1人の男性が国境へと近づいてきた。砂漠の中を歩いてきたとでも言うのか、身体は砂だらけだ。
ルカがその男の国境通行許可を与えようと近づいたのだが、彼は国境を超えるのが理由では無い様子。どうやら国王であるフォッグ・ルフォードへの手紙を持ってきたのだそうで、ルカが戸惑う様子が伺えた。
「どうしたの?」
「あの、この人が国王に手紙持ってきたって言ってて……あっ、姉ちゃん今から行ったりしないっすか!?」
「んー、私は官邸帰ったらすぐ寝るつもりだし……。というか、誰からの手紙なんですか?」
「ああ、これは私のクライアントからの手紙でね。大事なものなので、直接お渡ししたいんだが……」
「んん……ごめんなさい、直接は難しいですね。少し前に刃物を仕込まれた手紙を受け取ってて、現在国王へは私や騎士達が精査した分しかお渡しできないんです」
「そうか……あー、参ったなぁ……」
男は頭をかいて、どうしたものかと考える様子を見せた。リイとルカとやりとりをしながらも、どうにかならないものかと折衷案を考えていた。
そんな彼からふわりと漂う香水の香りがアルムの鼻を通り抜ける。爽やかな柑橘系の軽い香りはリアルドが付けていたものにそっくりだな、と頭の中を通り抜ける。父親が出かけるときには必ず付けていた外出用の香水は官邸に保管されていたが、旅に出ている今はどうしているんだろうと少し考えたりもしたが。
ぼうっとリイと男のやり取りを眺めていたアルム。そのうちその視線に気づいた男は、ちらりと視線を向けて彼女に『何か用かな?』と声をかけてきたが、声をかけられると思ってもいなかったアルムは緊張しながらも、なんでもない、と声を上げた。
「おや、そうかい? 旅人を物珍しそうな目で見るから、何かあったのかなと思ってね」
「うっ。あ、いえ、ええと……」
アルムがどう答えようか迷っている中で、彼女を守るようにスッと前に出るイズミ。あまり彼と関わりを持たないほうが良いと小声で忠告した後、男をキッと睨みつける。
不審な輩から彼女を守るのも自分の役割だと言わんばかりの目つきに、男は少し驚いていた。が、良いナイトを持っているものだと笑いかけると、イズミの肩を軽く叩いて一言だけ囁いた。
「目の前で起きていることが全てだと思わないほうが良いよ、イズミ君」
「……!? アンタ……」
その言葉に意味を問おうとしたイズミだが、男の金の瞳がそれを阻む。言葉を取り交わすのは今はまずいと言った様子の双眸は、イズミの言葉を遮って終わらせた。
後に、イズミは何かを察したかのように、男の手紙を自分が届けることを宣言。フォッグ・ルフォードの居場所なら大体の把握は付いているし、なにより騎士という立場なので精査後に直接届けることが可能だからと。
それを了承した男はそのまま手紙をイズミに渡すと、そのまま砂漠の道を歩いて戻っていった。本来、ディロスの砂漠を歩くのは危険視されているが、男は手慣れた様子でそのまま国境から離れた。
「なんだったのかしら、あの人」
「さてね。見た目から、コリオス国の貴族っぽくも見えたが、真相は分かんねぇ。次に会った時も少し警戒しねぇと」
「アルムに危害は加える様子は無さそうだったけど、気をつけてね。……それでイズミ、手紙の中身は大丈夫そう?」
「ざっと精査したぐらいだが、問題は無さそう。……っていうか、これリアルドさんからの手紙っぽくてさ。いつもの似顔絵マークがついてた」
「えっ。じゃあ、あの人のクライアントって、リアルドさん??」
「そうなるよな。……追いかけて居場所を聞いたほうが良いかな、姉貴」
「バカ、やめときなさい。アンタの格好だと余計に危ないでしょ。それに今年は砂嵐の回数が多くなっているそうだから、なおさら」
リイのため息とともに、少し、ディロス側の風が強くなる。このまま留まると危険だと思ったのか、早めに通り抜けようと彼女は提案した。
手続きを終わらせた4人は国境の門をくぐり抜け、第二連合国ディロスから第一連合国アンダストへと入国。先程まで突き刺さるような痛みだった太陽の熱が一転、柔らかな陽射しへと変わる。大陸魔力の流れが国境を区切りとして変わった証拠であり、アルムは思わずその熱の心地よさにホッとした。
風がゆるりと流れる中で、ひとつ、馬車が近づいてくる。城下町と国境をつなぐ街馬車の1つであり、丁度城下町から国境を越えようとする商人たちを乗せて来たようだ。
「あら、ちょうど良かった。乗る?」
「ん……いや、親父は多分孤児院に居るんじゃないかなって思ってる。オルドレイの日記も確か、あっちに置いてたよな?」
「あー、そうね。受け取りに行け、って言われてるものね。じゃあもしこっちにお父さんがいたら、そっちに向かうように伝えるわ」
「頼む。泊りがけになったらアルムをお前の部屋に寝かせるけどいいよな?」
「いいわよ。誰も使ってなかったら、だけど」
「ん。じゃ、気をつけてな」
「そっちもね」
馬車に乗ったリイを見送り、イサム、イズミ、アルムは歩き出す。これから向かうのはイサムとイズミの家族が経営する孤児院『ルフォード孤児院』……なのだが、その場所は山を超えた先の海岸沿いにある。
なんでそんな所に作ったんだとアルムが苦言を呈するが、闇の種族のいない土地を探し回っていたらその土地しかなかったらしく、闇の種族とは共存の姿勢を保って経営しているという。
「まあ、ほら、アルファード家って闇の種族との共存を唱えてるだろ? それに合わせて、孤児院もそうなるようにって」
「子供がいるのにそういうことしちゃって大丈夫なの……?」
「まあ、闇の種族達はこちらから手を出さなければおとなしいから大丈夫だ。内地に比べると、孤児院付近の闇の種族達はロウンに近いからかあまり凶暴じゃないしな」
「なるほど。ロウンの魔力が少しでもこっちに流れてるんだねぇ……でも、山の奥に作ったのは絶対許さない……」
「それは俺も兄貴も同意……」
山の入口、登山道を見上げてアルムが愚痴をこぼすと、それに同意するように頷いたイズミとイサム。勾配の厳しい登山道は知識豊富なアルムでも見たことがないもので、顔を青くして道を進み始めた。
なお、登山道なんて歩いたことのないアルムが数分でギブアップの声を上げたのは想定内だったそうだ……。
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