第3話 王女様、連絡事項です
領主官邸に帰ってきたアルムとイサムはまず、行き倒れになった男を客室のベッドへと寝かせる。彼はしきりに腹が減ったと呟くものだから、なにか無いかとキッチンを探していた。
ガルヴァスにカルボナーラの追加を頼もうと思っていたのだが、本来4人しかいないところにイサムの追加が入ってしまって材料がギリギリなので増やせないとのこと。
なので食べられそうなものを探し回っているのだが、非常に残念なことに明日が買い出し日だったのもあって食べられるものが殆どないという事態に発展していた。
「あとはアルお兄ちゃんの猫の餌しか無い……」
「いや流石に猫の餌は食わせちゃダメだろ。しょうがないから俺が買ってくる」
「すまん。ああ、じゃあ明日の材料費も渡すから買ってきてくれないか?」
「あー、そんならレイヴァン借りてくぞ。流石に俺だけじゃ無理だ」
「うむ、構わん。すぐにメモを用意する」
そう言ってガルヴァスは手早く買い物メモを用意し、イサムへ渡す。レイヴァンと共に買い出しに出たのを見計らったかのようにアルムも脱出しようとするが、そこはガルヴァスが止めた。
彼女の外出禁止令というのは少し難儀なもので、許可が出たら出ることは出来るが一度官邸に入ると次の許可が出るまで出ることが許されないというもの。既に今日は儀式のための外出許可を使用し、こうして官邸に戻ってきてしまっているためもう出ることは許されない。
ガルヴァスが止めた理由はもう1つある。それは、この外出禁止令で使用されている術式がアルムにとって危険だから。下手をすると領主官邸に戻ってくる事が出来なくなるため、ガルヴァスは毎回止めている。アルムはその辺の事情については知らないので、また無理矢理止められたとしょげてしまったが。
しばらくは暇になってしまうので、アルムも料理を手伝おうと思ったのだが……彼女はキッチンの出入りが禁止である。言わずもがな、料理の腕が最悪すぎるので。
「ひーまーだーなー……」
ただ自分の部屋で待つのも何かと暇だったので、アルムはそっと客室へと顔を覗かせる。今は眠っている男の様子を、少し確認してみようと。
そしたらまあ、男はベッドからはみ出て落ちていた。お腹が空いたとしきりに呟いて床を這いずり回ろうとしていたその様子があまりにも怖かったので、ちょっとだけ悲鳴を上げて逃げてきた。ガルヴァスは首を傾げていたけれど、そんな状況を伝えても理解してくれなさそうな気がしたので、黙っておくことに。
イサムとレイヴァンが戻り、戻ってきた2名の手に握っていたパンケーキを持って客室へ。男は今もなお床を這いずり回っていたが、パンケーキが届いたと知って起き上がった。
「ありがてぇーー!! この3日間なんも食べてなかったの!!」
「なんで??? 魔族って一応食事しないと生きていけないよね??」
イサムのツッコミもそこそこに、男はパンケーキを頬張っていく。3日間も食べていなかったという男の証言は本当のようで、みるみるうちになくなり、おかわりを要求されてしまうほど。イサムがガルヴァスに追加を要求する間、アルムは男の事情を聞いてみることに。
男の名前はジェンロ・デケム=ベル。領主アルゼルガに向けてある人物からの手紙を持ってきたのは良いのだが、ロウンの国柄を知らず、領主官邸を探し回っていたとのこと。森にあると聞いたのはつい先程だったそうで、見つけた途端に腹が減ったことを身体が受け付けてしまって倒れたという。
「いやぁ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「え、まあ、自分の家の前で倒れられると色々と面倒なんで……」
「いやいや、そう言ってもキミが助けてくれたことには変わりはないんだ」
そう言うとジェンロは跪いてアルムの右手をそっと手にとり、感謝の言葉を述べる。その様子はなんとも、イケメンが女性に向けて口説くようなスタイルにも見えないこともないが、そんな状況に慣れないアルムはドン引きしていた。
どうしよう、このまま殴ってもいいかな、とアルムはイサムに目線をやったのだが、既に彼はアルゼルガの部屋に行ってしまって何処にもいない。運悪く自分一人でジェンロの対処をしなければならないため、どうしたもんかと悩んでいた。
キラキラとエフェクトが輝くような、とんでもない状況。外に出たことのないアルムはこれを『詐欺商法』だと本で読んだことがあったため、今から始まるのは詐欺なんだな? という、とんちんかんな方向に意識が向いていった。
だが、そのキラキラした状況も、1つの銃声によって中断される。
アルムとジェンロの間すれすれで飛んでいった銃弾は壁へと突き刺さり、何事もなかったかのように振る舞われるが……銃を撃ち込んだ張本人は、この状況に怒り心頭だった。
「テメェ、アルムに何してやがる?」
「イズミ兄ちゃん!」
赤い銃の筒先をジェンロに向けた男の名はイズミ・キサラギ。イサムの実弟であり、アルムの従兄弟であり、アンダスト国の守護騎士である彼は真っ先にアルムを助けに来たようだ。
見知らぬ男がアルムと一緒にいると言う情報は兄から聞きつけていたのだろう。悪い虫がひっつかないようにということで、銃をぶちかましたのが真相のようだ。
「なんだよー、ただのジョークじゃんか」
「ジョークで済まされる案件じゃねぇんだよ、こっちから見たらよぉ。人の女に手ぇ出してんじゃねぇぞ?」
「えっ、嘘、カップル? 似合わない」
「はぁ!? テメ、表出ろコラァ!!」
「イズミ兄ちゃんどうどうどうーー!!」
銃をジェンロの額に構えたまま、イズミは獰猛な獣のように唸る。自分とアルムの関係性に似合わないと言われてしまっては、そりゃ彼も怒り心頭になるもので。
しかし、アルムはふと気づく。別の国に住んでいるはずのイズミが何故、このロウンの領主官邸にいるのか。彼は領主直属の守護騎士なため、本来ならば領主無しでの来訪はありえない。そのためアルムは彼の主である領主リイ・ルフォードも来ているのではないか? とイズミに問いかけてみた。
すると、イズミはジェンロとのやりとりもそこそこに、アルムにすぐ領主アルゼルガの部屋へ来てくれと告げる。その表情は普段彼が見せないような焦りの表情が浮かんでおり、アルムもこれはただ事ではないのだと判断。急ぎ、イズミと共に兄であるアルゼルガの部屋へと走った。
「アルお兄ちゃん!」
扉を開けてみれば、深刻そうに手紙を読んでいるアルゼルガの姿と……彼の様子を見守る女性、アンダスト領主のリイ・ルフォードが立っていた。どうやら彼女が持ち込んだ手紙でアルゼルガは深刻な情報を受け取ったらしく、妹が来たことに気づいたのはそれから数分後のことだった。
「あ、ああ……アルム」
「どうしたの、何があったの? というか、その手紙……」
「フォッグさんからの手紙だ。……どうやら父さんが行方不明になった、と」
「えっ、アルお兄ちゃん知ってるんじゃなかったの?」
「定時連絡が遅れているのは気づいていたが、まさか、行方不明になっているとは思わなくてな……。ほら、父さんってフラっといなくなるだろ?」
「あぁ~~……」
父リアルド・アルファードは、国王だというのに旅が好きだ。
役職放棄でもしてるのかと、息子のアルゼルガも娘のアルムも言いたくなるほどにリアルドの旅好きはとんでもないレベルになっている。故に諸外国へ出ても、他の国王からの連絡が届くため無事を知ることができる。
しかし今回、第一連合国アンダスト国の国王フォッグ・ルフォードから連絡が途絶えたという手紙が届き、異常事態を知る。これまで連絡をくれていたリアルドが国王達に連絡をよこさないまま旅を続けるということは絶対に無いため、急ぎアルゼルガへの連絡したということのようだ。
その連絡を渡しに来たのが領主リイ・ルフォード。アルゼルガとアルムの従姉妹であり、2人の良き理解者。身動きの取れない国王の代わりに来たようで、一応アンダストからロウンに来るまでに情報は集めてくれていた。
「と言っても、リアルドさんがディロスから船を出るくらいしか聞けなかったのよね。それ以降何処に向かうかまでは……」
「そうか。……となると、捜索隊を出す必要があるな。リイ、キミのところはどういう手筈になっている?」
「ギルド『白金騎士団』に調査を依頼し、そこから更にセルド達にも声をかけて捜索範囲を広げているわ。……でも、こういう時のリアルドさんって……」
「ああ……うん。スニーキングミッションでもやってんのかってレベルで見つからない。昔、私もガルヴァスも頭抱えるレベルで逃げ続けてたしな……」
「だよねぇ……」
国王たる人物が何やってんだ、という同時の大きなため息。そんな様子にアルムは自分はどうしたらいいのだろうと考え込んでいたが、その考えはある男の乱入によって終わる。
その男とはジェンロ。アルムは彼がある人物からの手紙を持ってきたと言っていたことを思い出し、さり気なく誰からなのかを聞いてみると……なんと、彼はリアルドからの手紙を持ってきているという。
手紙を渡してもらったアルゼルガは安全のために一度イズミに渡してから中身をチェックしてもらい、リアルドからの手紙であることを確認。その内容を確認したイズミが眉根を寄せ、アルゼルガは頭を抱えこんでしまった。
「……父さんからの手紙で間違いはない、が……」
「が?」
「……アルム、唐突だがお前の外出許可が出たぞ」
「ぬぇ!? なんで!?」
「いや……なんでと言われてもな……」
手紙の内容は簡潔に、アルムに外に出てもらってフォッグが所持しているオルドレイの日記を回収してほしい、という内容だった。
これならアルムが出る理由がないのだが、リアルドの手紙にはその後にアルムにしか出来ないことがあると書き残されている。本来ならばこれだけではアルムを外出させるには危険が伴うが、リアルドの居場所がわからない以上彼女にも外に出てもらって探してもらうのもありではないか、とアルゼルガは悩んだ。
そこへイサムがアルゼルガの後ろからリアルドの手紙を覗き見る。内容を確認したイサムはふむ、と軽く考え込んだ後、アルゼルガに1つ提案を出した。
自分とイズミが護衛係としてアルムと共に行くのはどうだ、と。
「現役騎士と風来坊。国の情勢には詳しい2人が付き添うし、何よりアルムの行動パターンを1番理解してる俺たちだ。それなら危険も減るだろう?」
「だが、この手紙が本当に父からのものと断定出来たわけじゃないぞ?」
「そりゃあ、そのときは犯人探しをするさ。ともかく、既に許可が出ている以上はアルムにダメって言えないだろ?」
「あー……」
ちらりとアルムに視線を向けたアルゼルガの目に映ったのは、外出の許可が得られて大変ご満悦そうなアルムの表情。ニヤニヤしているというか、思わぬタイミングでの許可で嬉しくなっているのがよく分かる。
だからこそ、兄である自分が却下を出すのは許せないと思ったのか、アルゼルガは1つだけアルムとの約束を取り決めた。なんてことはない、イサムとイズミからは絶対に離れないという約束。これだけを守るのならば、外出を許可しようと。
「いいか。外はお前が思っている以上に過酷で、残酷だ。それを守ってくれるのがイサムとイズミの2人だと思え。父さんを見つけるまでの護衛係だ」
「あいあいさー! つまりは合間にはイサム兄ちゃんをほっぽってデートしても良いんだね!」
「あ、それはダメ。絶対にダメ。イズミとのデートは絶対に許しません」
「なんでーー!!!」
「お兄ちゃんはイズミとの結婚なんて絶対に許しませーん」
「むきゃーーー!!!」
こうして、アルムは外出許可を得た。
父の行方不明の報とともにやってきた意外な許可は、これからの彼女の人生を大きく変えることになろうとは誰も知る由がなかった……。
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