第4話 王女様、出発します
ロウンの領主官邸は、めちゃくちゃ狭い。
そう気づいたのはいつだっただろうか。
夜も更けた頃、アルムは自室でリイと共にいろいろな会話を繰り広げていた。
泊まる部屋が現在清掃中で使えないということで、リイはアルムの部屋へ、イサムとイズミはアルゼルガの部屋へ、ジェンロはそのまま客間を利用する形になった。ジェンロだけは廊下で寝てもいいんじゃないのとアルゼルガが言ったが、流石にそれはまずいだろうとイサムが止めてくれた。
アルムとリイはお風呂に入った後、髪をしっかりと乾かしてから布団に潜り込んだ。明日から出発とあって、アルムはとてもそわそわしている様子が見て取れる。そんな彼女に向けて、姉のようにリイは語りかけてきた。
「アルム、アンダストに行ったら何したい?」
「んーとねえ、リイ姉さんが食べてる唐揚げ食べたい!」
「あら、じゃあおばちゃんにはたくさん作ってもらわなきゃね」
「あとね、街も見てみたい。ロウンと違う場所ってどんなのかなーってなるし、お土産も買いたいな~」
「あらあら、じゃあイズミにちゃんと見張っておくように言わなくちゃ」
小さく笑ったリイはアルムの頭をゆるゆると撫でて、その様子を優しく見守る。外の世界を見続けてきたリイにとって彼女の純粋さはまた珍しいもので、この純粋さをいつまでも持ち続けてほしいと願っているのが見て取れる。……アルムにはリイのその考えは全く気づいていないが。
あふ、と欠伸をしたアルム。そのうちリイとの会話がおぼつかなくなってきたため、そのままリイはアルムを寝かせてあげた。眠れてないままに旅をさせる訳にはいかないという、従姉なりの配慮だった。
翌朝、アルムは起きてすぐに髪を整えるために廊下を出て洗面所へ向かう。今日は彼女が朝ごはんの支度をしなければならないため、外はまだ少々暗い。それでもリイは既に起きていたし、アルゼルガやガルヴァスも仕事を開始していた。
だがアルゼルガとガルヴァスの顔は、正直に言うと鬼気迫るような顔。まるで、アルムが起きて朝食を作るまでにこの仕事終わらせなければ死ぬことになりそう、という勢いのある表情が浮かび上がっていた。
そんな中で、朝食ができたという知らせが届く。今日はイサムとイズミがアルムを先回りするように作ってくれていたようで、それぞれの朝食が渡された。
「あれ? 今日あたしが当番だったんだけど……」
「いやいや、今日はお前の旅の始まりだぞ? そのことが頭で一杯で、怪我でもしたらどーする?」
「う。確かにイサム兄ちゃんの言う通り、怪我しない自信はない……」
「だろ?」
(まあ、兄貴の言うことも間違ってはいないが……アルムを厨房に立たせるのは、まずいからな……)
イサムがアルムのご機嫌を良くしている間に、イズミはテキパキと各人へ朝食を渡す。その合間にアルゼルガとガルヴァスから感謝の言葉が小声で聞こえ、気にするな、と返しておいた。
……というのも、アルムの知識というのは本やガルヴァスからの伝聞のみで伝わった知識。故に料理に対する知識がだいぶ狭く、『辛いなら砂糖で中和すればいいんじゃない?』『弱火より強火のほうが強くない!?』『全部みじん切りのほうが早く作れるのでは!?』といった、調理場でのみよくあるお姫様が誕生する。
この領主官邸は人数が少なく、食事作りはいつもガルヴァスとレイヴァンとアルゼルガの3人で回していた。アルムが作ることがないようにと、いつも目を光らせては当番にならないように注意深くローテーションを組んでいたのだが……今日はイサムとリイとイズミもいるせいか、絶対にキッチンに立つ! と張り切っていた。
(兄貴が早起きしてくれなかったら、俺も犠牲になってたんだろうなぁ……)
遠い目をするイズミ。イサムが早起きしてくれたおかげで目を覚ますことが出来たが、もしこのまま眠り続けていたらいったいどんな料理が前に置かれていたのだろうか。それを考えると、兄への感謝が止まらなかった。
朝食を済ませ、あとはアルムの外出の準備。何が必要で何が不要なのかの話をイズミから聞きながら、自分が持つ装備と財布だけをしっかりと準備。どのぐらいの旅路になるかはわからないため、不要となるものはしっかりと排除しておいた。
「これから先、俺と兄貴がお前を守るように徹するが……どんな事が起きて、どんな状態に陥るかは本当にわからない。それでも、俺らに甘えないと誓えるか?」
「もちろん! ……とは言っても、知識とか全然無いんで手探りで進むことになりそうだけど!」
「旅はだいたい手探りでなんとかするものさ。……っつっても、俺よりも兄貴にその辺は聞いたほうがいいんだけどな」
小さく笑ったイズミは準備を終わらせたアルムに左手を差し伸べ、そのまま彼女を部屋から連れ出す。見知った官邸内の廊下だというのに、なんだかその道がまた別のものに見えたのはアルムだけの秘密だ。
出入り口では見送りのガルヴァスとレイヴァンがいた。既にリイ、イサムは外に出ているそうで、あとは2人が外に出るだけだと。
しかしここで、ガルヴァスがジェンロの姿が見当たらないことを告げる。前日にアルゼルガと何かを話していたらしいが、それ以降は見かけていないと。
「大方、まだ居座ってんじゃねえか?」
「そうだといいんだが。イズミ、アルム様を頼むぞ」
「わかってるよ。命に変えても守ってみせるさ」
約束だとアルムとガルヴァスに告げたイズミは、先に扉を開けてアルムを進ませる。もうすぐ季節の変わる風が彼女の身体を吹き抜け、外の世界がまた違うものであることを知らしめる。
イサムやリイと合流したアルムとイズミはそのまま領主官邸を出ようと歩みを進めたのだが、ジェンロから声がかかって足を止める。なんでも、彼も旅に同行するのだそうで、正式な許可証をもらっていたらしい。
その証拠に、ジェンロの衣装が来たときと違っていた。胸にはオーストル第一騎士団の紋章を付け、正式な騎士団服を着用している。アルゼルガとガルヴァスから許可を得ての着用らしく、アルムも驚いていた。
「えっと、じゃあ正式な依頼を受けて……?」
「んー、そういうことになるかな? 魔王さんに話聞いて許可取れたのがついさっきでさ、話すの遅れちった!」
「でも、なんで……」
「あー……流石に俺とイズミだけだと身分証明が難しくなるからか。リイがいる間はまだ問題はないが、送った後は風来坊とアンダスト騎士のみという状況になるから、アルムの身分を保証できる奴がいないんだ」
「まあ、現在の領主と国王は皆アルムを知っているが、騎士達や兵士達が全員アルムの顔知ってるわけじゃないからな。無用なトラブルを避けるためだ」
「うへぇ……何故あたしは王女に生まれたのだ……」
心底嫌そうな顔をしたアルム。しかし王女として生まれなければイズミとも出会えなかったのだと思うと、複雑な心境になってしまうようだ。
ともあれ、ジェンロがアルムの身分を証明する騎士の代役を務めることで、少々大変な手続きなどが緩和されることは間違いない。特にこれから向かうのは、国境門を超えなければならないアンダスト国なので、彼がいてくれるのは非常に心強い。
「まあ、国境はソルトかルカがいるだろうから通れるとは思うけどね」
「それだったら楽だけどなー。たまにアイツらいないときあるから」
「まーね。騎士だし」
そんな事を語りながらも歩くこと2時間ほど、最短距離で港へと辿り着いたアルム達御一行は舟券の購入から始まった。
今回はリイが出してくれるとのことで、彼女が買いに行くのだが……イサムはしっかりと、アルムの分は大人で購入するようにと念を押した。昨日成人の儀を終わらせたばかりなので、絶対に間違えるんじゃないぞと。
「やーねぇ、間違えるわけないでしょ。それより、イズミ用の酔い止め買っといてね。今朝の分で無くなっちゃったから」
「あ、マジ? じゃあちょっと多めに買っとくわ、今後のこと考えて」
「お願いね。イズミ、アンタはアルムから離れないようにね」
「ん」
それぞれイサムとリイが買い出しに出て、アルムとイズミとジェンロで待ちぼうけている間、会話は少ない。というのもアルムは見慣れない船に興味を示しており、ジェンロはぼうっと港町の人々を眺め、イズミはこれから乗る船がランクが高いものであるよう願っていたからだ。
特にイズミは船酔い体質であるのが災いしているのもあって、大型の船でなければ死にたくなるほど。姉だからこそ自分の体質は知っているだろうから、程度の低い船は選ばないだろうと思っているが……港町の状況を見ると、一概にそうとはいえなくなっているようで。
そんなイズミの表情は真っ青。それに気づいたアルムは何事かと驚いていたが、事情を話すとなんとなく理解してくれた。まだ船に乗ったこともないアルムにとっては本で読んだことある、騎士に話を聞いたことある程度の知識ではあるが、しんどい人はそれだけしんどいのだと理解はしてくれていた。
「いい船に乗れるといいね?」
「あと、兄貴が薬をどれだけ準備してくれるかによる……。ここの港町でしか手に入らないやつだから、しばらく買えないのつらい……」
「あ、そっか。リイ姉さんを送り終わったら、いろんな国に行かなきゃならないから……?」
「そういうことだ。……なんてタイミングでいなくなってくれたんだ、リアルドさんはよぉ……」
壁にもたれかかって嘆くイズミを慰めたアルム。好きな人の弱点を知れてちょっぴり嬉しかったのもあるが、そんな彼をどん底に貶めるほどの船酔いとはいったいどういうものなのか、少しだけ知りたくもなったという。
だが、アルムはこの後しっかりと船酔いの事を知った。
己の身をもって、しっかりと――。
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