第2話 王女様、儀式へどうぞ。
ロウンの大草原をすたすた歩くアルムとイサム。目指すは守護龍が眠ると言われている祠なのだが、そこに向かうまでの道のりが少し遠い。
前日に雨が降った影響でしっとりと草原は濡れており、葉についた水がぴしゃり、アルムの足に引っかかる。それでも外に出れた喜びのほうが強いせいか、彼女はあまり気にしていなかった。
「アルム、走ったら転ぶぞー?」
「大丈夫大丈夫~!」
軽快に走るアルムをゆっくりと追いかけるイサム。そのうち、祠の方向がわからなくなって彼女は戻ってきたため、今度はゆっくりと歩いて祠へと向かっていった。
数時間ほど歩けば祠へと到着。大きくそびえ立つ岩肌をえぐり取った入口がアルムを待ち構えている……かと思いきや、その入口は封印が施されていた。どうやら守護龍を守るためのものらしく、厳重に閉じているのだという。
この封印は誰にでも解けるものではなく、強力な封印解除の術を使わなければ解除することが出来ない代物。そのため入口を守る兵士もおらず、封印解除用のスクロールを貰わなければならない。
イサムはアルムをその場で待つように言って詰所の方へ向かい、その間はアルムは暇になるのでボーッと祠の方を眺めていた。
(あー、お腹すいちゃった。お餅食べたい……あ、飲み物も欲しいなぁ)
(終わったらアイス食べたいなぁ……。ガルヴァスが前に買ってきてくれたアイスってどこのお店だろ?)
(そういえば今日のお夕飯カルボナーラって言ってたなぁ。今日は早く帰らなきゃ)
色々と頭の中で考える内、視線は思わず祠の入り口に向けられる。特に理由もない、ただの気まぐれから向けた視線の先には……いなかったはずの男が2人、封印された入口の前から歩いてアルムの方へ近づいてくる。
1人は白と赤が入り交ざる髪を持った男。もう1人は真っ黒の髪に白のメッシュが入った男。どちらも耳が尖っており、アルムは直感的に彼らが『魔族』であることに気づく。
魔族はガルムレイという世界に蔓延する魔力を管理する生き物と言われているが、真相は定かではない。アルムも生きている内に魔族を見ることが出来るとは思っていなかったのか、視線が外せずにずっと2人の魔族を眺めていた。
そのうち、彼らの会話が聞こえてくる。アルムの隣を通り過ぎようとしている彼らは僅かに声を落として会話を続けたが、彼女の耳にしっかりと会話の内容が届いていた。
「あんた本当に魔王なのかよ? 頭の中どうなってんだ?」
「す、すまん……」
「まあいいけどさ。一応連携してくれるって言うし」
2人の魔族はアルムの前を通り過ぎる。その際、アルムは小さくお辞儀をしたのだが……一瞬だけ、赤い髪の魔族と目が合ったのに気づく。
睨むような、見下すような、あまり心地よいものでは無い。身長の差でそう見えているだけかもしれないが、アルムは少々居心地悪そうになっていた。
その後、イサムと再び合流。彼の手には巻物が持たされており、その巻物を手に入り口へと近づいた。封印が施された入り口からはジリジリと見えない力が皮膚を焼くような感覚が拭えないが、これも一般人が守護龍に近づけないようにするためだ。
封印解除用のスクロールを読み、入り口を解放。これで中に入れる……と思ったのだが、アルムはふと先程の2人組のことを思い出す。
洞窟の中から入り口を通り抜け、アルムの隣を通り過ぎるように歩いていた2人組。しかし入り口は今の今まで封印されていたため、魔族であっても通ることは出来ない。
もしかして彼らは封印を解くことが出来るのだろうか? それを考えたが、一旦はこの封印を解けるのは誰なのかをイサムに聞いてみることに。
「……ねえ、イサム兄ちゃん……この入口ってさ……誰でも開けるの?」
「ん? いや、ここはアルファード家の血筋の人間じゃないと開けないし、俺が使った封印解除スクロールじゃないと開けないぞ」
「……え、じゃあ……」
――さっきの魔族2人組は、何処にいた?
会話の内容から誰かと協力をする、というのは伺えた。それが洞窟の先にいる守護龍への協力を申し出たのだったら、それは有り得る話。
だが、やはり今の今まで入り口が封印されていたという事実は拭えない。彼ら2人がどうやって封印も解かずに中へ入り、どうやって出てきたのか。あまりの恐怖に入り口から顔を背けてしまったアルム。
けれど儀式は止められないし、止まらない。入り口を開いたイサムはここからが本番だというと、アルムをゆっくり洞窟へと押し込む。見届人は洞窟内部に入ることは許されないため、入り口の見張り番も兼ねて待機するのだそうだ。
「うえー……あたし1人なのかぁ」
「まあ、女性は龍玉を貰うだけだから大丈夫だって。お前が男だったら守護龍と戦わされてたけどな」
「あたし、そっちのほうが良かった……」
「王女??」
なんかとんでもない爆弾発言が聞こえた気がしたが、イサムは言及するのをやめた。最強の守護騎士ガルヴァスに育てられてるなら脳筋になるのも仕方ないのかな、と思ったりしたが決して口に出さずにアルムを見送った。
洞窟の中は薄暗いため、光を作る魔術で辺りを照らしていく。アルファード家の人間にしか使えないこの光の球は、まさにこのときのために用意されたものなのだろう。
一本道をまっすぐ進めばいいと聞かされているため、さっさと進んでさっさと帰ろうとアルムの足は少し早めに動く。だが、その足を止めるのは試練として立ちはだかる者――闇の種族と呼ばれる魔物と同系統の存在、最下級眷属のスライムの群れだった。
闇の種族は最下級、下級、中級、上級、最上級の5つの強さで分けられており、最下級では人の骨を折るぐらいの強さ。それでも下手をすると致死量に至るほどのダメージを受けるため、油断は禁物だ。
「わお。……まあ、守護龍以外と戦わないなんて言われなかったしね」
異空間から大剣を呼び寄せたアルムは左手で光球の術を維持しながらスライム3体を相手にする。スライムはアルムの顔を塞ごうと勢いよく飛びかかったが、大剣を盾に取られたせいでべちょん、べちょん、と鋼の刃に叩きつけられる。
その直後、強く振りかぶって刃からスライムを引き剥がし、勢いを利用して岩壁に叩きつける。数秒の合間に行われた攻防で2体のスライムが消滅し、最後の1体はそのまま逃げ出した。
「ふう。……でもなんか、倒したって気になれないなあ……」
暇なときには彼女も訓練に参加したりするのだが、ガルヴァスとの訓練では中級眷属を想定された訓練が行われているため、最下級のスライムでは少し物足りないと感じている。話に聞いている闇の種族はもう少し強いものだと聞かされていたものだからか、余計にそう感じていた。
本来、闇の種族と戦うことはあまりオススメされない。一撃で人間を屠る事が出来る上級眷属や、一瞬で村や街を破壊できる最上級眷属と出会った時は逃げるべきだと誰もが言う。それでも彼女にとっては、興味が出るモノでしかないため一度は会ってみたいという。
王女という立場、そして領主官邸に理由があって軟禁されているために外の世界を知らないといえば知らない。人はみな彼女を『世間知らず』だと言うだろう。しかしそれでも、彼女は己の探究心のために上級眷属や最上級眷属に会ってみたいと称するのだ。
(……でも正直、1人じゃ太刀打ち出来ないから……あんまり迷惑はかけられないよね。ガルヴァスとか、イズミ兄ちゃんとか)
もし戦うのなら、人に迷惑をかけない状態で戦いたい。……とは考えているが、そんな状況が来た時は、世界が本当に危険な状態に陥ってしまったときだ。あまりにも物騒な考えなものだから、すぐに頭の中から捨て去った。
やがて、最奥の祭壇へとたどり着いたアルム。本来ならばここで守護龍とのご対面……なのだが、その姿はどこにも見当たらない。
巨体故に隠れる場所は少ないはずだがと辺りを見渡したが、どこを見ても気配も何もない。ならばあとは祭壇に近づくだけだと、石段をゆっくりと上っていく。
「なんだよぅ。人には儀式だぞー来いよーって言っておきながら……」
色々と言いたいことはあったが、とにかく龍玉さえ貰えればそれでいい。石段を上がった先にたどり着いてあたりを見渡したが、やはり誰もいない。
その代わり、祭壇上には青い龍玉が備わっている。その龍玉にはぺたりとメモが貼り付けられていたため、アルムはそれを読んだ。
「……『アルムへ 勝手に持ってけ』?」
儀式とは一体何だったのだろう。そう言いたげなアルムだったが、色々と会話をしなくていいのは楽だなと思ったため、じゃあ持っていこうと龍玉に手を伸ばす。彼女が抱きかかえるほどの大きさの龍玉は祭壇を離れると一瞬だけ煌めいたが、特に何も起こること無く消えた。
何も起こらない状況に対しアルムは少々がっかりしたが、早いところ街へ行って買い物したいという気持ちが大きかったため、そのままメモを貼り付けた龍玉を持って外へと出る。その際、もう一度スライムが襲いかかってきたので容赦なく剣でたたっ斬った。
外ではイサムがたまごボーロを食べて待ってくれていた。兵士達が時折見回りに来てくれたようだが、ロウンは土地柄闇の種族が襲いかかってくることはない。そのため世間話をしたりなんだりで暇をつぶしていたそうだ。
「おかえり。どうだった?」
「誰もいなかったから、もらえるものだけ貰ってきた~」
「いなかった……??」
本来であれば国を守護する守護龍さえもいないという状況は異質なものだ。だがイサムは何かを考えた後に、ぽん、と手を叩いて思い出す。
――そういやここの守護龍、人の姿になって街に繰り出すの大好きだったなと。
イサムの考えではこうだ。
守護龍は20歳になったばかりのアルムに何か買っておこうと考えて街に繰り出したが、最近出ていなかったのもあって美味しいものを食べ尽くしたくなって帰るに帰れなくなったのではないか、と。
「はえー、守護龍の役目どこ行った」
「まあ言いたいことはわかる。が、多分歴代久しぶりの王女ってのもあってハイテンションになっちゃったんだろうなぁ」
「孫が来たおじいちゃんか??」
ツッコミもほどほどに、アルム達は一度龍玉を置きに行くために領主官邸へと戻る。アルムが抱きかかえるほどの大きさの龍玉を持っては城下町へは出向けないため、破損を防ぐために急いで帰っていった。
その際、イサムは今年の龍玉が大きいことに驚いていた。自分やアルゼルガ達のときは親指サイズでそこまで大きくなかったらしく、8年もの月日は龍玉をここまで大きくしたんだろうと。
「そういえば、龍玉ってなんで貰うの?」
「魔力安定のためだよ。20歳過ぎると急に魔力の流れが変わってきたりするから、それを制御するためにな。とはいえお前だとあんまり意味ない気がするな……」
「まああたし、魔術あんまり使わないから……」
魔術と言っても一口に色々あるのだが、そのどれもをほとんど使わないアルム。軟禁生活で使う場面が少ないというのもあるのだが、本人がそもそも魔術の使用をしたがらないのが主な原因。
この世界の魔術の使い方は簡単だ。外を漂う魔力と自分の持つ魔力を練り合わせ、それによって発生した力を放出するだけの簡単なもの。そのため、世界の外から来た人でも使えるという代物。
彼女曰く、使うと身体がむずむずして気持ち悪い、ちょっとでも外部魔力を入れるとなんだか目がチカチカするなどの症状が出ているそうで、自主的に魔術を使用することはあまりない。それでも、自身が危険な状態となったときには使うようにと指示されているため、やむを得ない状況が来ないことを祈りたいと彼女は願っていた。
やがてロウンの領主官邸がある森へと近づいてきたアルム達だが、ぴたりと足を止める。森の入口にはマントを付けた黒髪の男性がいるのだが、動く様子がないため様子をうかがっていた。
「誰だろ? 領主官邸へのお客様かな?」
「にしては棒立ちしてるけど……」
中に入らないんだろうか? そう考えていると、突如黒髪の男はその場に倒れてしまう。流石にまずいと思ったアルムとイサムは彼に近づき……そして、この言葉を聞いてしまった。
「は……はら、へった……」
……後に、この男を連れ込んで夕飯の準備をめちゃくちゃ早く終わらせたのは言うまでもない。
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