再会は小説よりも奇なり


「それで心ここにあらずなのね。あんた今日会ったときから妙にうきうきしているし,ぼけーっとしているし,何かあったとは思ったんだけどとりあえずおめでとう」


 私と夏妃はいつもの喫茶店で向かい合って座っていた。今日は夏妃に報告をするのと,もう一つ別の用事があった。それは私たち二人にとってのかねてからの大切な約束だった。


「ありがと。でさ,そろそろ来る時間じゃない? 遅いね」

「急に立て込んだ仕事が入って抜けるのが遅くなったんだって。もうすぐだと思う」


 これから夏妃が新しい彼氏を紹介したいと言うから三人でお茶をすることになっていた。お互い彼氏が出来たら危ない橋を渡らないように冷静な目で品定めをしようと以前から約束してたのだ。スマートフォンをしきりに気にしながら美月は彼との連絡を楽しそうにしている。写真を見せてと言ったけど,会ったときの直感を教えて欲しいと言って見せてくれなかった。渋めの素敵な人だと聞いている。

 あ,という声とともに夏木の顔がひまわりのように明るくなった。りんというベルの音と共にスーツの男性が店内へと入ってキョロキョロとしていた。



 カジュアルスーツで綺麗な身なりをした男性が手を挙げてこちらに向かってきた。その男性の顔は確かに見覚えのある人だった。

 あ,と呟いて目を見開いて直立し,立ち尽くす男性は間違いなくあのときバーにいた中村さんだった。ちらっとニットで膨らんだ私の胸元に目をやり,そのまま視線をそらしたのを私は見逃さなかった。本当,初対面の時は気付かなかったけどうさぎのように性欲の強い男だ。


「もしかして顔見知り?」


 二人の様子を見て首をかしげながら私に問いかける夏妃に対して,「たまたま共通の知り合いがいて,一度だけ会ったことがある」と妙に慌てながら言った。もちろん,嘘ではない。なんだか妙な動きをする中村さんの様子をおかしく思ったのか,「まさか,二人は変な関係じゃないでしょうね」とおどけた調子で夏妃は肘で小突いている。変な関係、という言葉はあながち間違いではないため,さらに中村さんの動揺を誘ったようだが,今度はうまく取り繕ってその場をやり過ごしている。

 とりあえず座ろうということで私たちは席に着いた。私と夏妃はコーヒーとデザートのおかわりを,中村さんはアイスコーヒーだけを注文した。


「何か食べないの? 今日は朝から何も食べていないんでしょ?」

「いや,出張先で結構な量のお茶とおかしを頂いてね。結構お腹が膨れているんだ」


 ふうん,夏妃は言うと立ち上がった。


「ごめん,ちょっとお手洗いに。二人とも初対面じゃないから気を遣うまでもなくて安心だわ。ちょっと待っててね」


 ハンドバッグを持った美月と入れ替わるようにして,店員は三人分のドリンクと,ガトーショコラとイチゴのタルトを運んできた。お先に頂きます,と言って私がコーヒーに口をつけると,中村さんもアイスコーヒーに手を伸ばした。思わず口元が緩むのを隠しきれない。


「これには何も入っていないですよね?」

「そうだね。佐藤やミルクを入れていないからブラックだね」

「まさか間違って何かが入っているなんてことはないでしょうし・・・・・・。何も変わったものを入れるように頼んでないですよね?」


 思わずいじらしい言葉が出てきた。ストローでアイスコーヒーを飲んでいた中村さんのグラスの中で強く泡が立った。


「た,頼むからあの日のことは黙っておいてくれ。改心したんだ。あの素敵な女性を離したくはない」

「じゃあ,まずは女性の胸元を見る癖を直してくださいね」


 そう言って笑っていると,夏妃が戻ってきた。


 

 何の話をしていたの? と問いかける夏妃の言葉を遮るようにして,中村さんは店員を呼んだ。アイスコーヒーのおかわりとチーズケーキを頼むと,僕も何か食べたくなりまして,と微笑むその表情は明らかに引きつっていた。そんな顔を見てさらにいじめたくなる。


「無理にしなくていいんですよ」

「無理なんてしてないよ。朝からろくなものを何も食べていなくてさ」

「そう,間違えて食欲増進の薬が混ざっていたとかは?」


 途端に中村さんはまたコーヒーをふき出した。ちょっと二人ともなんなのよ,と私たちの顔を交互に見る夏妃には,もちろん何のことか分からないだろう。さあ,どんな風に仕返しをしてやろうかとほくそ笑んでいると,中村さんが勢いよく立ち上がった。


「ごめん,そういえばこのあと大事な会議があったんだった。すぐに戻らないと」


 夏妃は目を丸くして,そんなことある? と言ったがもう中村さんはビジネスバックを手にして伝票と共に立ち上がっていた。

 逃げるか,とこれから楽しくなりそうな場を急にしまいにする姿に,全てを夏妃に話すと決めた。そんな情けない男に夏妃は任せられない。「今日はごちそうしてくれたのね。千鳥足でもないし頼もしいわ」と後ろ姿に声をかけると,中村さんは振り返りもせずに身を小さくしてレジへと向かっていった。

 いったいどういうこと,と心底不思議そうに聞く夏妃に私はバーでのことを打ち明けた。




「そんなことがあったのね・・・・・・」


 中指でこめかみを押さえながら夏妃は反対の手でテーブルをトントンと叩いている。一通り考えを巡らせたのだろうか,テーブルを規則手金に叩く手を止めて大きく息を吸った。


「いや,実は付き合う前からかなり積極的なところはあったの。やたら家に上げようとしたり,家に行きたいと行ってきたり・・・・・・。私も気持ちが傾いていたからそう嫌な気持ちはしなかったけど,やっぱり下の方はかなりお盛んなんだね。しかもなんだか羽目を外しちゃいそうな感じ」

「繁殖能力が高いことは確かだね。これから大切な人が出来たら落ち着く可能性もあるかもって思ったけど,都合が悪くなるとああやって逃げる姿を見ると,夏妃におすすめできないねえ」

「残念だけど,ほんと助かる。私の残り少ない貴重な若い時間を変な男に使っている場合じゃないからね。やっぱり一度会ってもらってて良かったよ」


 さしてへこんでなさそうに明るい声で言い,私の手を握った。そして次の瞬間には私を合コンに誘うのだから,相変わらずだなと思いながらも私の方も顔を出すくらいならと,その申し出を引き受けることにした。私たちはこの特別な時期を謳歌している。

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