男女6人駄目物語


 その日はすぐにやってきた。人数あわせで顔を出すと約束をした合コンだ。男性陣は先に店に着いていると言うことだが,私たちは人数が揃ってから一緒にお店に入ることにした。

 合コンに参加する一人は,私と同じように彼氏がいるのに参加する。今日の合コンは,その子の彼氏の紹介と,そのつながりで彼から男性を紹介してもらうのが名目だ。

 ただ,平坦な道が続くわけがないのが人生というもの。


「ごめんね,私の彼氏自慢をしたいわけではないんだけど,これから合コンに参加できないっていうのもみょうにさみしい気持ち半分と,紹介したい気持ちとで・・・・・・。せめて新たな出会いの場だけは提供させてね」

「いや,うちらはうちらでこの状況を楽しんでいるから良いんだよ。それに,私なんて今週変な別れか足したばっかりだからもう次いっちゃえって感じ。奈々子も,彼氏の品定めしてもらったら良いよ」


 夏妃は私の方に目をやり,先日の中村さんのことを話した。「どこで繋がっているのか分からないもんだよね」と興味深そうに奈々子はうなずく。

 そうこうしていると,個室居酒屋に着いた。

 部屋を開けると愕然とした顔が一つ。合コンに参加した男性陣の中には,あろうことかトオルさんがいた。私もトオルさんと同じ顔をしている。さらに追い打ちをかけるようにして驚くべき発言が続いた。


「紹介するね。私の彼氏のトオルくんです」


 あろうことか,奈々子はトオルさんを指して紹介を始めた。

 一瞬にして体の温度が上昇し,頭が沸騰しそうになった。しかし冷静になる。一体,誰が悪いのだ?

 まずは話を聞かねば。私と同じ、人数あわせという状況もあり得る。いや,奈々子は確かに,「私の彼のトオルくん」と言った。


 私はトオルさんの自己紹介を待った。いったいどういう説明をするのだろう。奈々子の発言は嘘をついている人の言葉ではない。今このばにいる男女六人の中で,この異常な状況に気付いているのは私とトオルさんだけだ。トオルさんという彼氏がいるにも関わらず,合コンに顔出している私。私という彼女がいるにも関わらず,奈々子の彼氏として紹介されて合コンに来ているトオルさん。状況はこれまで生きてきた中でも群を抜いてカオスだ。

 ここでトオルさんが自己紹介するのがスムーズなのだろうが,何も言わないので場がひんやりとしている。どうしたの? と不思議がる奈々子の横で別の男性が「こいつあがってるんだよ。美人がこれだけ多いと縮こまるよなあ」と気を利かせている。それに対しても何も言わないトオルさんにはだれも触れることなく,それぞれが席に着いた。

 呼び鈴を鳴らして店員にドリンクと一品ものの注文を奈々子が済ませる。みんなビールを頼んだ。飲み物を待っている間、簡単に事故初回が始まったが,夏妃が自己紹介をした後に私が何も言わないので不穏な空気がまたやってきた。今度は夏妃が場を取りなす。


「なーに気を遣っちゃってんのよ。ごめんなさいね,みんな聞いていると思うけど,この子最近彼氏が出来ちゃって,無理矢理誘っちゃったの。ということはこの場でフリーなのは私だけだね。みんなけんかしないように」


 何してんのよ,とこちらを一瞥して牽制したものの,ユーモアたっぷりに話す夏妃はさすがだ。みんなが楽しめるように当たり障りのない言い方で回してくれる。そんな夏妃の気遣いをぶち壊す言葉を私は吐いた。


「ごめんなさい皆さん。冷やかしのような参加の仕方になってしまって。申し遅れました。私はトオルの彼女です」


 この場にいた全員の,とりわけトオルさんの表情は触れれば凍っているのではないかと思えるほどに固まった。いや,一人だけ,奈々子は訳が分からないと言った顔をして私とトオルさんを見比べていたが,何も言わないトオルさんに火が付いたような目を向けている。




「ちょっと冗談きついよ~。まさかトオルさんがこんなにも美女を射止めるのが得意だなんて。ところで,どっちがほんとの彼女なの?」


 この場においても,最初に口火を切ったのは夏妃だった。ただ,彼女も冷静ではない。状況を鎮めようと躍起になっているのだろうが,とてもこの場が落ち着くとは思えない。いや,夏妃の顔を見ると,僅かに頬がゆるんでいる。彼女はこの状況を楽しんでいるのだ。恋人がいるのに合コンに参加した人間が六人のうちに三人もおり,さらにその人たちが仲間割れをしている状況を心底興味深くみている。

 私も何だか楽しくなってきた。ただ,奈々子には何とか幸せになってほしいという思いもある。私の中では,もう身を引く気になっていた。

 トオルさんへの気持ちが,死をが引いていくように冷めていくのを感じながら,最後に意地悪な言葉だけはかけてやりたいと思った。


「奈々子,かわいいもんね。どういう順番だか知らないけど,奈々子は本当にいい子だから気付つけてほしくなかった。これからは大切にしてね」


 私の言葉を注意深く聞いていた奈々子は,最後まで私の言葉を聞いて顔が明るくなった。ひまわりのような子だ。ただ,その隣では対照的に青いバラのような不気味な表情を浮かべた夏妃が,私の想いをくみ取ったのかさらに追い打ちをかけた。


「つまり,トオルさんだっけ? あなたは二人の女を気付つけたのね。罪な人。もちろん奈々子もだけど,私にとっては二人ともとても大切な友達なの。これに凝りて,もう二度と彼女の前に姿を見せないでね」


 トオルさんの顔がみるみる青ざめていく。その両隣にいる男たちもドギマギしてどうしたものかとあわあわしている。

 このまま踵を返してあとくされなく店を去る。トオルさんのデータも連絡先も消去して綺麗さっっぱりごみくずのように記憶から捨ててしまおう,そう思ってかばんを持った時,意外な言葉が返ってきた。


「待ってくれ! ぼくが本当に愛しているのは,きみなんだ!」


 奈々子が手にしていたグラスを落とした。いよいよ事態は収拾がつかないな。そう思って,私はテーブルをちらと見渡した。たった一人,夏妃だけは笑いをこらえていた。

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