それからのこと〜新しい人〜

 今日は彼と会う日だ。彼というのは,5歳年上のしがない営業マン。稼ぎが最優先事項ではないことは以前の結婚生活で痛いほど感じた。

 確認すべきことは,相手の家族の雰囲気,生活習慣,酒癖,交友関係,それから夜の相性だ。

 気取りすぎないような服装ではありながら,年相応の清潔感とワンポイントで気品を漂わせるアクセサリーを身に付けて家を出た。家から電車で30分。そこから歩いてすぐの駅の近くのホテルでディナーをすることになっていた。


「お疲れさま。今日は来てくれてありがとう」


 五分前に待ち合わせ場所のロビーにたどり着くと,すでに彼はそこにいた。スーツのようにカチッとはしていないけれど,控えめのカジュアルさのなかに安っぽさを感じさせない形がきれいなシャツの上には生地から高級感を感じさせるグレーのジャケットを羽織っていた。ジャケットの色にあわされた細身のパンツからは筋肉質な下半身を想像させられた。

 このパンツを脱ぐとどんな下着を身に付けているのだろう。そしてその下に隠された野生と理性の入り混じった本能はいかに。

 思考が竜巻のようにぐるぐるとかき乱されていると,「そんなに見られると恥ずかしいな」と言われた。自分が考えていたことが見透かされたようで動揺しかけたが,そんな人間などるはずもない。すぐに平静を取り戻して「お腹が空いちゃった」と言ってレストランへと促した。彼は笑顔で私をエスコートした。ドアマンの待つエレベーターへと向かいながら,今日は素敵な夜になりそうだと思った。


 あの日の甘くて素敵な夜について話す前に,彼との出会いについて。

 彼との出会いは唐突だった。特に出会いを求めていたわけではないが,私は月に一回ほど定期的に開かれる独身の友達が集う合コンに参加していた。その中でもバツイチは私だけだが。

 ある日,キャリアウーマンとしてばりばりに働いていた同級生から誘いがあった。いつも合コンと言えば初めましての集団で飲み始めて,お酒が回ると楽しくなってきて,そこで良い感じの人がいるとそのあともあるし,一夜限りということもある。今回も何の気なしにその飲み会に参加すると彼がいたという訳だ。

 半個室の部屋に入ると,そこにはあか抜けて落ち着いた雰囲気の男性陣が迎え入れてくれた。合コンにいくらか参加すると,いくつかのパターンに分かれてくることが分かった。経験の薄い会に浮足立っている連中,出会いを求めて手当たり次第に相性も考えずに手を出してくる男ども,一夜限りのワンナイトしか頭にないお盛んなサルたち。その日は間違いなく当たりの日だった。とりわけ,時間を持て余して約束の時間が来るのを待っている友人と明るく話していた彼は始めから好印象だった。



 雰囲気の良い個室で私たちはみんなと同じビールを頼んだ。ここが大切なところで,どうでも良いような男どもと飲むときには一杯目から焼酎を頼んだりもする。良い女を演出する必要がないと感じるとお酒を楽しむことを優先させるのだ。その場が楽しくないのかと言えば全くそんなことはない。愉快なのが,勘違いした男たちはそのまま飲ませ続けてお持ち帰りしようとすることだ。大概の場合はそのまま伸びて酒豪の美人につぶされて情けない醜態をさらすだけなのだが。

 この日はビールの日だった。確かにレベルの高い男たちが揃った日ではあった。どれぐらいレベルが高かったかと言えば,この酒好きの女集団の中でもとりわけ酒豪のキャビンアテンダントの女がかわいらしい守られるべき女性を演じるがためにカシスオレンジを注文しようとしたというエピソードがあるくらいだ。ちなみに彼女は着やせするタイプであり,温泉旅行なんかに行って裸体を見るとボート部で国体選手に選出されただけあってレスラーのような体つきをしている。

 私の友達について話をしてもしょうがない。彼についてだ。


 その日の彼といえば,私たちと同じようにビールを飲んでいた。お酒のペースは速い方だが,顔色一つ変わらない。飲むと笑い上戸になる人や泣き上戸,愚痴っぽくなったりスケベになったりといろいろに人に出会ってきたが,お酒を嗜んでも雰囲気が変わらないというのはそれだけで好印象だし,安心感も感じられる。

 男3人女3人の合コンは個室の焼き肉屋で開かれた。お店は主催者のキャビンアテンダントをしている夏妃が見つけた場所で,ずっと行きたいと思っていた場所らしい。夏妃は仕事柄海外へもよく出かけているが,交友関係が広くて繁華街の美味しいお店もたくさん知っている。夏妃が選ぶ店はだいたい外さないから,合コンで外れくじを引いても満足せずに帰れないことはめったにない。相手の男性も紳士的で話も上手いうえに聞き上手で,申し分ない一日となった。

 彼と言えば,女性陣の好みを聞きながらもオーダーを取ってくれた。一品モノやおつまみから始まり,初めて聞くような名前のお肉もたくさんオーダーしていたが,どれもおいしかった。あまりにも慣れたオーダーに「この店にはよく来られるんですか?」と問いかけたが私たちと同じように初めてらしい。ただ,彼はグルメで中でも焼肉や海鮮がおいしいお店を探しては行くのが趣味らしく,そのうちお肉の部位にも詳しくなったらしい。

 二軒目をみんなで回った後に珍しく三軒目と続き,その中の私たちは今度二人で彼の知っている美味しい焼き肉屋に連れて行ってもらう約束を取り付けた。

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