それからのこと〜私はいつだって幸せ〜

 あれから半年。様々な手続きを経て私は自由な時間を謳歌している。離婚って楽じゃない。書類だって楽じゃなかった。裁判の調停こそなかったものの,考えることや妥協した点はたくさんあった。財産分与や慰謝料に関しても詰めるだけ詰めてしっかりぶんどってやることだってできたのかもしれないけど,私にも後ろめたさとわずかばかりの良心が残っていたらしく,あの男の幸せを祈って無茶はしないことにした。

 面倒だったのはあいつがメインの通帳を二刀流でやりくりしていたことだ。基本的には生活費は二人の稼ぎから賄っていたが,厳密に計算をしたり,一つの口座に貯金をしたりということはしていなかった。買い物に行ったときに二人のうちどちらかが日によって払ったり,外食をした時も「今日は出してあげるよ」っていう感じでそれぞれが自分の稼ぎのなかで生活している感覚だった。誰もが知る大手のハウスメーカーでなかなかの成績を残していたらしいあの人は,十分に稼ぎがあったはずでいつも羽振りが良かった。私はというとあの人ほどではないのかもしれないが,会社員としてフルタイムで働いていたため,パートや事務職のようにホワイトではあるがお金の管理をきちんとしていかなければ貯金に回らないというほどではなかった。だからそれなりにぜいたくをしてお互いにきめ細やかに取り決めをしていなくても,ルーズなお金の管理でも貯金はできていた。しかし、共同生活をしていた戸籍上夫婦である二人が別れるとなると,財産は二等分にできることを調べて知った。貯金するほどの余裕があったとはいえ,安くはない家賃やガスや水道や電気代,通信費はお互いが折半していた。必要以上にお金をもぎ取ってやろうというつもりは無いが,ほとんど貯金もない状態で必要な家具は私の貯金を切りくずした訳だし,こんな別れになったとはいえ一つ屋根の下で二人が生活してそうしてできたお互いの貯金はとんとんにするべきだろう。ギャンブル依存症でもなく,キャバクラにはまっているわけでもなかったので貯金が出来ていないのが不思議なくらいだ。趣味に使うお金や飲みに行くお金の上限を定めれば面白いようにお金がたまっているはずだ。二人で生活するとなると必然的に飲みにったり遊びに行く回数も節度のあるものになる。貯金できた理由は二人の力と言っても神様は許してくれるはずだ。

 雲行きが怪しくなったのは,貯金を折半しようと言う話になってからだ。

 もともと嘘をつけないタイプの男が,「おれ,悪いけどあんまり貯金してないんだ」などと指をこねくり回すようにもじもじしながら話すのを聞くと誰だって嘘だと思うはずだ。実際には指をくるくる回す少女漫画の性欲おばけの女狐のような振る舞いをしたわけではないが,私の信頼を天へと昇華させ,怒りを爆発させる起爆剤となるには十分な言い方としぐさであった。

 それからというもの,徹底的にお金や買ったもの,カードローンについて追及した。幸運なことに,カードでローンを組んだり私が知らない大きな買い物はなかった。貯金は私が考えていた二倍はゆうにあったし,通帳の残高とは別に株までいくらか買っていた。それらをすべて白状させて,清算して分割するまでに一か月近くかかった。今思えば,少なくはない額だったがあの男とストレスを感じてまで細かく交渉を重ねる毎日が有意義なものだったかと言われると,よく分からない。それは,カレー味のうんことうんこ味のカレーのうんこを食べるのとどちらが正しいかと言われるぐらい答えが分からない。分かるのならこの質問に対する答えを持っている人がいるというならぜひ正解をお聞かせ願いたい。

 唯一の救いといえば,子どもがいなかったことだ。あの男との遺伝子が存在すると想像するだけでも身の毛がよだつ。その子どもを育てるべきか日々葛藤していたはずだ。もちろん生まれてきた子どもに罪はない。しかし,あの男の血を継いでいる生命に嫌悪感を抱く生物がいたとしてもそこに罪は認められないはずだ。

 とにかく,もし私とあの男との間に子どもがいたとするならば,悩めることがいくつかある。ひとつはどちらが育てるかという問題である。お腹を痛めて産んだ子をみすみす手放すことはできない。きっと私の子どもはかわいくて,愛嬌があって,少しおてんばのところがあるかもしれないかもしれないけど,きっとみんなに愛される。それを,性欲に溢れて,だれかれかまわず手を出してしまう男に預けてしまうわけにはいかない。きっとネグレクトかDV,最悪の場合心を傷つける行動をとるかもしれない。

 次に,養育費の問題である。離婚をするとなると,どちらかが子どもを育てることとなる。子どもが何かを始めたいだとか,何不自由なく暮らしていくためにはやはりお金がいる。愛情だけでは経験させてやれないことや叶えてやれないことがあるのだ。私には一人で子どもをなに不自由なくさせてやるだけの財力があるわけではないので,金銭面では頼る必要がある。ここに問題がある。世の養育費をもらっている人たちはどうしているのだろうか。お金を援助してもらうということに抵抗があるわけではない。ただ,我が子が離婚相手と会うことでさえ気分が悪くなるのに,お金をもらうということによってつながりを感じざるを得ない状況を生み出してしまうことに耐えられたものではない。想像しただけで鳥肌が全身を埋め尽くしてイボイボ人間になってしまう。

 いずれにせよ,そんなことに頭を悩ます必要がないというのが私の幸せな所だ。二人の遺伝子を引き継いだ生き物はこの世に存在しないのだから考える必要のないことに頭を抱えるのはよそう。私はいつだって幸せなのだ。

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